この強き物の名は?

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 我家の ほったらかしガルデン に、毎年この時期に咲く花があります。
 ピンク色の霞んだような色で、見た目は悪い花なのですが、ほったらかして いても、必ず咲くのです。

 確か昨年も随分と株を鋸などで切ったはずなのですが、今年もやっぱり花が出てきました。
 少々煩いぐらい花が次から次と出て、真夏を過ぎて秋口にも咲いていた記憶があります。

 「うーん、この花は強いな・・・・。 切られても、抜かれても、全然めげずに花を咲かせる」
 「この花は、チョコット一株植えただけで、ドンドンと広がったのよ」
 「なんという名前の花だい?」
 「たしか・・・、ゼラニューム だったと思うけど・・・」

 憎まれ者、世にはばかる とまで言うと可哀そうですが、とにかくこの花は強い。
 そうか、ゼラニュームだったか・・・。

 綺麗な花を枯らさないように育てておられるケースも聞きますが、我家のほったらかしガルデンの花は、少々のことでは ヘコタリませんね・・・・・。 立派と言えば立派なもんです。
# by takeshi_kanazaw | 2018-05-22 13:18 | 我家探訪 | Comments(6)
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 我家の庭の南天に、何やら白いブツブツのようなものが出てきました。
 
 南天というと、冬に赤い実をつけて、お正月の飾りとしてよく使われますね。
 まー、実が成るということは、その前には花も咲くのでしょうから、これは南天の花じゃないか と。

 写真では少し見難いですが、白い部分に僅かに黄色いものがくっついています。
 多分、白い部分が開いて、黄色い雌しべか雄しべが姿を現すのだと思いますが・・・。

 南天の木というと、庭などに品よく植えられていますが、我家の南天は野性味豊。
 毎年ドンドンと新芽が出てきて、花をつけて、赤い実が成ります。

 また今年も赤い実が成った頃に、チョキチョキやらないと、何処までも伸びていきます。
# by takeshi_kanazaw | 2018-05-21 09:40 | 我家探訪 | Comments(4)

 一升餅ってなんだ?

 一升餅なんて聞いたことがなかったですね。

 長男の嫁が 「一升餅」 の祝いをやると連絡が。
 子供の一歳の誕生祝に、一升のもち米で作った餅を、赤ん坊に背負わせる、誕生祝だそうです。

 「ふーん、こんなの聞いたことがない。 これは名古屋の風習かい?」
 「そうじゃないと思う。 最近若い親たちで流行ってるんじゃない?」
 どうですかね・・・。 皆さんの周辺ではどうでしょうか。

 赤ん坊の両親、それぞれの祖父・祖母が集合して、主役の赤ん坊が登場。
 一升餅。 結構大きいですね・・・。 一升というとほぼ2キロの重さがありますね。
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 こんな大きな餅を赤ん坊に背負わせる?
 誰がこんなことを考えたのでしょうかね・・・・・。


 大きな餅を突然背負わされた本人はえらい迷惑な話ですね。
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 大声を出さないまでも、半べそ状態ですね。


 それでも目の前に並べられた、変な物? に興味を示し、何とか触ろうと近づく。
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 「何を並べてんだ?」
 「これは子供の将来の職業選択で、ペンは作家、ボールはスポーツ選手、お金は金融マン、楽器は音楽家、それと・・・・・」

 これはまさしく親の遊び?

 昔から子供の一歳の誕生日にはお祝いをしたに違いない。 お祝いとなればお餅、というのが日本の古くからの習慣ですから、その辺からこの誕生餅というか、「一升餅」 というイベントが出来たのかも。

 「まー、子供は元気なのが一番。 こんな重い餅を背負って、結構長い距離をハイハイしたのだから、まー良しということや。 子供がスクスク育っている証拠や」
# by takeshi_kanazaw | 2018-05-20 09:42 | Comments(8)

 コチョコチョ絵

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 この絵、何に見えますかね・・・・。

 月に2回のペースでお絵かき教室に通っている。
 しかししかし、私はこの教室では殆ど絵が描けない・・・・。

 教室では題材がその日に置かれて、どう描くかな~ と考えているうちに時間が過ぎていく。
 そして、タバコを吸いに席を離れ、戻ってきてもなかなか描く気が起きない。
 皆の描いている絵を見て、みんな上手いな~ と感心する。

 そんな状態だから、本気で?絵を描くのは全部自宅で黙々と。
 「アンタは何しに教室に来てるんや?」 キッと他のメンバーはそう思っている。

 前回はそんな状態を打破?するために、珍しく教室で絵を描いた。
 1時間余でコチョコチョと。 それが冒頭の絵ですが・・・・。 

 本来水彩画は、1時間余でサラサラとスピード感を持って描くものらしい。
 色の上に色を塗ったり、ポイント以外は手直しはしないのだそうです。

 「うーん、描いてはみたが、変な構図だな・・・・。 余白ばっかりや・・・・」
 この魚、イワシの丸干しですが、そう見えますかね・・・。
 「もう一匹描くのもシンドイ。 余白には川柳でも書き入れるか・・・・」

 コチョコチョと描くのは、逆に絵の上手下手がハッキリするもんですね・・・。
 これからも時々は、お絵かき教室で、コチョコチョと描いてみますかね。
 意外と水彩画が上手くなるかもしれない・・・・。
# by takeshi_kanazaw | 2018-05-19 10:53 | お絵描き | Comments(4)

 古代の渡来人の話

 突然ですが、今回は日本の古代史の話です。
 
 このブログは時々話題が飛んで、全く違う世界の話が出てきますが悪しからず。

 私は 以前から 「日本は東アジアの合衆国だ!」 と主張しています。 
 弥生時代から、南や北、そして大陸から、海を渡って日本列島に沢山の渡来人が何度も来て出来上がった国が 日本という国だ と思っているのですが、あまり賛同者は多くない。

 私の主張の根拠は、卑弥呼の時代から古墳時代になると、急に「漢字」が使われる。 表音文字は早く普及しますが、表意文字の 「漢字」 は、そんなに簡単に使えるものではない。 
 「これは漢字を使っている人間が、大勢日本に来て支配層になったということでは?」
 では漢字を使うから中国人? そうとは限らないのがまた面白いところですが・・・。

 さて、昨年から日本の古代史セミナーを受講していますが、今回は引き続き 「渡来人」 がテーマ。
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 「東漢(やまとのあや)」 なんて、聞いたことがある人は少ないでしょうね。
 有名な坂上田村麻呂は、この東漢の流れを汲む渡来人の子孫だというと、少しは興味が湧くかも。

 今回の渡来人の話は、1~2回目のセミナーの冒頭部分になります。

 余談ですが、日本古代史の先生方の多くは、日本書紀と古事記 という 奈良時代に完成した官制書?を中心に分析される。 まー、歴史学というのは文献主義は致し方ないのでしょうが、私の東アジア合衆国説とは相いれないものになります。 しかし、まー、専門家の云うことも聞いておかないと・・・・。

 講師の方の話を中心に始めると・・・・。
 「渡来人は大陸の進んだ農業技術や武器などを古代日本にもたらし、大きな影響を与えて国家形成の基礎を作った」 というのですが・・・・。 これはかなりうなずける・・・。

 それではその渡来人は何処から来たのか・・・・。
 このセミナーでは日本書紀や古事記を元に分析されているから、沖縄や北海道に来た渡来人の話は出てこない。もっぱら朝鮮半島からやってきた渡来人が中心の話題になります。

 当時の朝鮮半島情勢は・・・・。
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 絵の右、三韓の時代から、中央の三国時代、そして左の新羅の統一へと変化していきますが、その間に中国・漢帝国の占領地の楽浪郡もなくなり、その地に住んでいた中国系住民は離散、更に小国集団の伽耶国も滅亡、そして日本と関係の深いとされる百済も滅亡します。

 この半島の混乱に伴って、多くの朝鮮半島に住んでいた人が日本列島にやってきたというのです。ご存じのように朝鮮半島は早くから中国文化圏にあって、漢字は共通語のようなもの。 楽浪郡に居た中国系、中国文化を身に付けた朝鮮系の人が、日本列島に逃れてきたというわけです。 この分析には異論はないですが、このセミナーではそもそも弥生人なるものは何かという分析にまでは踏み込みません。 弥生時代の渡来人の話は文献がないから歴史学として成り立たない?

 まー、講師の云うことを聞くために参加しているので、質問もせずにジーと聞いています。

 飛鳥時代の前後に蘇我氏の勢力が伸びますが、武力や技術でその中心勢力は東漢氏だったらしい。 この東漢氏は一つの氏族ではなく、大陸から来た渡来人のグループの総称的な意味合いなんだそうです。面白いのは東漢氏の祖先は中国・漢の皇帝だというのですが・・・。 東漢氏の流れを受け継いだのが坂上氏で、後に坂上田村麻呂が出てくる。

 「な~んだ、蘇我氏は渡来人で支えられていたのか・・・・」

 しかし、少し冷静になって考えてみると、蘇我氏は言葉も習慣も違う渡来人を使うことが出来る能力は凄い。しかも武力も技術も優れていて、システムも中国式のやり方を知っている渡来集団を使いこなすのですからね。 明治時代のお抱え外国人の比ではないですね。

 「どうもオカシイんじゃない? 蘇我氏そのものも渡来人じゃないの? いやいや、多くの有力豪族も渡来系の氏族で、東漢氏なんてのは新しく日本へ来た渡来人ということだろ? それでないと、簡単に渡来人を統率できるわけがない」 私はそう思うのですが・・・・。
 このセミナーの講師は、蘇我氏が渡来人という説を否定されてますが・・・。

 これまで古代の渡来人についてはあまり注目されてきませんでした。
 最近、この東漢氏が本拠地とした奈良県明日香村の西に、真弓鑵子塚(まゆみかんすづか)古墳という大きな大陸式の古墳が発掘されています。 この地区ではこれからも多くの渡来系の氏族の古墳が出てくる可能性があるそうで、日本の古代史の概念が変化するかもしれません。
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 明日香村の西の生駒山の山裾から吉野への街道筋にあたりますかね・・・。

 日本の古代史。 私は文献だけじゃなくて、衣・食・住 と言った人間生活の基本や、それを支えた技術、それに喋った言葉や文字、運搬手段などなど、違う分野の分析手法が導入されれば、案外これまでの古代史とは違う事実が沢山出てくるように思うのですが・・・・。 日本書紀や古事記ばかりではオカシイ?

 セミナーはまだ続きます。
 異論を唱えるには、これまでの歴史学の話も聞いておく必要があります。
 質問や議論は差し控え、これからも講師の話をジーと聞いてみます。
# by takeshi_kanazaw | 2018-05-18 08:22 | まほろば紀行 | Comments(4)

海外や国内の適当に撮った写真の記録


by takeshi_kanazaw