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 梅雨入りが近いですね・・・・。

 梅雨時期と言えば 紫陽花。
 ところが、我家の庭の紫陽花に異変? 今年は全然花が咲かない・・・・・。

 昨日、カメラを持って観察したところ、2~3個の蕾みたいなものがあるのみ。

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 「オカシイな・・・・。 なんで今年は咲かんのや・・・・」

 昨年は枯れた紫陽花を採取したくて、花の剪定をせずにズーと放置していた。
 そうそう、こんな紫陽花の写真を載せたことがありました。

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 2年間の紫陽花の花を集めて面白がっていましたね・・・・。 
 同じ株の花を、時期を変えて切って乾燥させ、コラージュ風にして。

 「今年はなんだか変やな・・・。 剪定しなかったせいかな。 そんなら野生の紫陽花は花がさかないはず」
 「葉っぱがチャンと出てるから、そのうち花も咲くでしょう・・」 と妻殿。

 我家はホッタラカシですが、花を愛でて育てている方々にとって、毎年花が咲くかどうか、気になる気分が少し判りますね。
by takeshi_kanazaw | 2018-05-31 10:57 | 我家探訪 | Comments(6)

 苔むすまで

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 奥越前の平泉寺白山神社。 その一角に小さな庵みたいなものがある。 古びた門柱を入ると、狭い前庭のような感じの空間があり、ポツンと手洗いの石が。 当然ののようにその手洗いにも苔が生えている。

 その突き当りに古びた社務所みたいな建物。 人のいる気配もないが、どうも昔の玄成院の跡らしい。全く修理の手が入っている感じがなく、柱の木などは少し枯れた感じさえする。

 「ナニナニ、” お庭を拝観する方は50円を入れてください ” ? 50円というのは面白い。 これじゃ料金を取るというより、少し気分を改めて観てくださいという意味かもしれんな」 

 余談ですが、司馬遼太郎の街道をゆく の18巻 越前の諸道 の中にも、この院を見た話が載っている。その中にも拝観料が50円という話が載っている。 18巻の初版は1987年だから、少なくとも30年以上前も50円、以来ズーとそのままで現在も50円なのだ。
 「ここは全体が苔むしているけれど、料金まで苔むしている・・・」

 料金が50円なのだが、この庭はなんと450年前に有名な造園家が作った国の名勝だという。
 小さなくぐり戸を入って行くと、緑で一杯の空間が広がっていた。

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 一面が苔に覆われている。それほど広い空間ではない。昔は回遊できる広さがあったのかもしれないが、現在は僅か数十メーターで廻ることが出来る。 それにしても苔が深い。
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 よく見ると、苔の種類も一様ではない。
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 「うーん、この庭の作者は苔が広がる庭を想定して作ったのだろうか・・・」
 造園技術の事は全く知らないけれど、数十年後、いや数百年後に庭一杯に苔が生えることを意識して庭を作れるものだろうか? 何とも気の長い話ではある。 苔というのはそんなに簡単にコントロールできる植物とも思えないのだが・・・。

 この庭には池もなく、水も流れていない。 いわゆる枯山水風である。
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 「ひょっとしたら現在の優雅な姿は、造園者の意志ではなくて、この場所の自然が長い年月を掛けて作り出した自然の美じゃないのだろうか・・・・」

 苔は日本庭園の象徴的なものだと思うけれど、それが人間の技術じゃなくて ” 日本の風土が作り出す美である ” という方がなんとなくカッコイイ と思うのだが・・・。 

 君が代の最後が ~ 苔のむすまで ~ とある様に、長く続くことを願う心情を表現するには まさに苔のむすまで なのであろう。 まー ” 苔の生えた老人の戯言 ” かもしれませんが・・・。

 「苔の話はこの辺でよかろうかい」

 次回は何処のどんな話にしようかな・・・・。
by takeshi_kanazaw | 2018-05-30 08:50 | 国内旅行記 | Comments(6)

 青葉滴る菩提林

 奥越前、平泉寺白山神社の参道をプラプラ。

 この参道は結構長く続いている。 そして、周囲は大きな木に囲まれ、全く人の気配がない。

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 司馬遼太郎の街道をゆく によれば、彼はこの一帯の森を 平泉寺白山神社の歴史的象徴というべき 菩提林 と言っている。 前回のこのブログで16世紀に平泉寺白山神社は越前の一向宗徒によって焼き払われた話を載せた。恐らく菩提林も焼かれたものと思われるから、現在の木々はその後の復興によるものであろう。

 それにしても周囲には人が休憩する建物もなければ、もちろん茶屋などは全くない。
 そもそも神というのは恐ろしいものであり、簡単に人が近づけない領域。この菩提林からは聖域という感覚なのかもしれない。 白山神社もきっとそうなのだろう。

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 全てが聖域だからかもしれないが、この菩提林には簡単なロープが張られているが、特に苔や木を保存するための囲いなどは見当たらない。 周囲の苔の上に座り込むことも可能だが、なんとなく苔を踏むのを憚られるという感じである。 やはり聖域というムードが我々訪問者をそうさせるのかもしれない。

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 それにしても見事な青い木々と苔である。 恐らくこの菩提林は聖域視されて、周囲の農民も薪を切りに入ることをためらい(いや入ると罰せられたのかも) 自然のままの姿を保って現代に至ったのだろう。

 「うーん、これはこの地域の気候が幸いしてるんじゃないかな・・・・。聖域だけの理由かな・・・」
 この地域は意外と豪雪地帯である。 日本海からの北風が山に当たり、多量の雪を降らせる。 夏になると、また雨が多い地域でもある。 私は若い頃にこの奥越前の北、山中温泉に10日ぐらい滞在したことがある。 山中温泉では” 弁当忘れても傘を忘れるな ” と言われ、滞在中にも晴れた日にも急に雨が降った記憶がある。 自然のもたらす水の恩恵がこの菩提林を育て、苔を育んだに違いない。

 苔も見事だが、木々の青さも素晴らしい。

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 杉の木立にカエデ類の緑の葉が見事である。 その日はまさに五月晴れ。 陽光が燦々と降り注いでいたが、薄暗い木立にカエデの緑の葉が光って見える。

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 この菩提林に囲まれた参道周辺には全く花がない。 お寺には結構花が植えられているケースが多いけれど、神社というものには花は似合わないものらしい。 そういえば伊勢神宮にも花はないし、熱田神宮にも花は殆ど見当たらなかった。 神は逆らうと禍をもたらす 恐ろしいものなのである。花は要らない・・・。

 いやいや、花が見つかった と思ったのだが・・・。

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 恐らく杉の新芽が出てきたのだろう。 緑の新芽がまるで花のようであった。

 「この平泉寺白山神社は梅雨時に来る方が良かったな・・・。 この青々とした木々や、ふっくらした苔の素晴らしさは、明るい陽光の元では上手く写真にならないわ・・・・」 私は自分の写真技術の未熟さを棚に上げて、五月晴れの明るい日差しのせいにしている。

 たまたま京都から来た人に会ったが、彼らは京都・西芳寺の苔より、この平泉寺白山神社の苔の方が数倍も素晴らしいという噂を聞いてやって来たという。 少し話し込んでみると、この京都人二人も 白州正子さんの本などを読んで、来たものらしい。

 確かにこの平泉寺白山神社は京都の苔寺より数倍の広さと静寂さがあり、噂にたがわず素晴らしい。 ただし出来れば梅雨時か、曇った日に訪ねることをお勧めする。 苔の美しさと輝く陽光をカメラ上にマッチングさせるのはかなり難しい。
by takeshi_kanazaw | 2018-05-29 08:44 | 国内旅行記 | Comments(4)
 奥越前 平泉寺(白山神社)の話であるが、 これは寺なのか、神社なのか・・・。

 勝山市と2~3キロ離れた場所に、こんもりと大木に囲まれた広い場所。 面積は15万平方メータというから半端な広さではない。 名古屋の熱田神宮の数倍はある大きさ。

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 参道とおぼしき道の両脇は、大きな杉の大木に覆われている。 杉の大木の下は苔に覆われ、長い歴史を感じさせる場所であるのだが・・・
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 一般的には大きなお寺では、参道には山門がつきものであるが、全くそんな気配がない。
 参道を進むと、なんと鳥居がデンと鎮座している。

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 「これはお寺じゃないぞ、平泉寺というけれど、これは神社だよ」

 何やら由来を書いた立札が・・・。要約すると・・・
 <創業は養老元年(717年)、泰澄大師の開いた白山信仰の中心地である。 中世には社領9万石、6千坊と呼ばれ、戦国時代には朝倉氏とともに越前の一大勢力であった。 明治の神仏分離により長年の神仏習合の姿を脱し、本来の白山社に戻り、現在に至る>

 「サッパリ判らん。 何処にも平泉寺の名前が出てこん・・・・」

 その辺の事情が、私の愛読書である、司馬遼太郎の街道をゆく 18巻 「越前の諸道」 に詳しく記されている。
 さっそく読み返してみたが、話が長くなるので要点だけ述べる。

 平安時代には山岳信仰などの日本古来の神と、大陸から来た仏教の融合が起きる。 神仏習合、本地垂迹説で、平泉寺が出来て白山信仰もなんと白山大権現などと称されることに。 そうした宗教団体は律令制の外に置かれ、平泉寺は比叡山延暦寺の傘下に入り、周囲の農民から集める多くの寺領の年貢を免除。

 司馬遼太郎によれば、平泉寺に行けば食える と名ばかりの僧侶が集まり、武装化したという。宗教活動というより、食うため、勢力拡大のための武力行使が目立っていたらしい。 ご存じのように織田信長は僧侶の武装化に腹を立て、比叡山の焼き討ちをした話は有名だが、ほぼ同時期にこの平泉寺は農民の一向宗徒に焼き討ちにされたという。

 その戦いに勝った農民が、自らの陣地を勝山と呼び、その名が現在の勝山市の由来だとか。平泉寺その後再建されたが、規模も小さく、大名の庇護のもとに余命を保ったらしい。 どうも平泉寺という寺は周囲の農民からは愛されず、収奪をする武装集団という感じだったらしい。 これは司馬遼太郎の受け売りである。

 現在は白山神社と称しており、平安時代から明治まで続いた平泉寺の面影は全くない。 平泉寺というのは昔の大寺の名前なので、一応 「平泉寺白山神社」 と呼ばれているというのが実態らしい。

 参道の傍に、開祖の泰澄大師が見つけた林泉なる小さな池がある。 当時のままかどうか判らないが、この白山神社の変遷を知ってか知らずか、静かなたたずまいを見せている。 説明看板にある様に、本来の白山神社の姿に戻ったということかもしれない。

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 この白山神社の歴史に興味がある方は 司馬遼太郎の街道をゆく 18巻 を読んでいただくといい。 越前の平泉寺や永平寺などを題材に、日本の宗教観の変遷や宗教団体の実態が如実に書かれているので、なかなか面白い。 何時の世も宗教というのは一筋縄ではいかないもので、教団の性格は世の動きによって変化していくようである。



 
by takeshi_kanazaw | 2018-05-28 08:59 | 国内旅行記 | Comments(4)
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 妻殿が突然 苔の綺麗な寺があるから行こう とのたまった。
 どうもテレビの白州正子さんの関連番組で、綺麗な苔に覆われた寺の情景に惹かれたらしい。

 そのお寺は平泉寺(へいせんじ)というそうなのだが、そんなお寺は聞いたことがない。
 調べてみると、なんと福井県の九頭竜川沿いの勝山市にある。 名古屋からは随分遠い。

 暇な夫婦である。 
 名古屋から越前福井へ走り、そして九頭竜川沿いに入って行く。 この福井から九頭竜川沿いの大野盆地辺りを 奥越前 と呼ぶのだそうである。 越前の国は古くから開けた地域で、古代では継体天皇の出身地とされ、奥越前も水田が広がる豊かな場所。 

 北の山越しに雪を頂いた 白山 が見える。 この奥越前は白山信仰の場所でもあるというのだが、平泉寺は別名白山神社と呼ばれる。 その話は次回以降にするとして・・・。

 平泉寺の苔の話。

 「うーん、確かに綺麗な苔だわ・・・・」
 お寺の小さな院のような場所。 小さな枯山水の庭に、マッコト柔らかくて綺麗な苔があった。
 五月のキツイ日差しのなか、まるでスポットライトを浴びたように光っていた苔。

 「ファファとしているわね・・・。 こんな苔は初めて見たわ・・・」
 我々以外に見物する人もいない。 静寂のなか、苔が見事に息づいている。

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 妻殿によると、白州正子さんは、この平泉寺の苔は京都の苔寺より素晴らしい と言ったとか。

 この平泉寺、予想以上に大きなお寺なのだが、伽藍がない。 いや、あるのは神社風の鳥居なのである。
 「これはお寺なの? それとも神社なの?」

 その話も面白いので、次回以降に・・・。
by takeshi_kanazaw | 2018-05-27 07:08 | 国内旅行記 | Comments(6)
 ハイにするか、ローにするか、なんて変な表現かもしれません。
 単に写真を撮る時に、明るく撮るか、暗く撮るか ということで、写真の専門用語がよく判らないので。

 私の手元には妻殿の使い古しの一眼レフがあります。
 一応、明るさや絞り調節が出来る機能が付いていますが、私は殆ど自動オンリーですが・・・。

 ブロ友さんの写真を見せてもらうと、それぞれ工夫して撮られているようです。
 「そうか、見習って少しは勉強しなくちゃ・・・」 と言っても本も読まず、写真教室にも行く気もない。

 今回は明るさ調整機能なるものを試してみることに。

 南天の写真を載せましたが、その後花が開き始めました。 まずはこれを題材に。
 明るさ調整をプラスにしてパチリ。
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 次にマイナスにしてパチリ。
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 「なんとなく出来上がった写真の感じが違うな・・・。 どちらも肉眼とは違うような・・・」

 雨上がりに今度は ゼラニュームで再挑戦。
 まずはプラスにしてパチリ。
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 マイナスでパチリ。
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 「両方ともなんだか現物と感じが違う・・・・」 それではプラスマイナスゼロでパチリ。
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 「これでいいのかな・・・。 でもなんだか平凡な写真やな・・・」

 ところが、ご近所のピカピカ光っている矢車草みたいな花にカメラを向けると
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 「明るいところと、暗いところ。 どっちに合わせりゃいいんや! どうにもならん・・・」

 全く写真のお上手な方から見れば、まさに初歩的な話なんでしょうが・・・。
 フォトブックなどの写真本では、 「肉眼を超える写真技術」 なんてうたい文句が踊っていますが、私などはまずは肉眼で見えるように撮れるかどうかが問題ですね・・・。 

 どうもカメラというのは、肉眼より光に敏感に反応するような気がしてなりません・・・。
by takeshi_kanazaw | 2018-05-26 09:03 | 花撮り等 | Comments(8)
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 小さな蝋燭に火がついて・・・。

 これは確か何処かお稲荷さんに行った時かと思う。
 手渡された蝋燭に火をつけて、その小さな炎がユラユラしているのを眺めていた。
 日頃は灯りは電燈だし、火はガスを付けるだけで、炎なんて見ることがない。

 そんなに長い間の話でもない、いや、むしろ瞬間ほどの短い時間。
 ただただ、ユラユラ揺れる炎を、ボンヤリ眺めていたのだが。

 どういうわけか、この炎を撮った写真が捨てられずに残っている。

 人類が火を使いだしてからどのくらい経つのか知らないが、私のようにボヤーと炎を見つめていた人類がこれまでも多く居たに違いない。 フトそんなことを思ってしまった。
by takeshi_kanazaw | 2018-05-25 10:07 | Comments(2)
 昨日・本日のニュースのトップ記事は、「日大アメフト部事件」 と 「安倍内閣の森・加計問題」

 日大アメフト部の危険タックル問題は、選手の記者会見でどうも真実が見えてきた気がしましたが、昨日夜の監督・コーチの記者会見は、何とも言い訳ばかりで・・・。
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 アメフトはやったことがないし、あまり見たことがない。 まさに門外漢ですが、テレビで記者会見の様子を生で見ると、発言内容だけでなく、発言者の表情、眼の動き、言葉の強さ、など、その人の人間性や裏にある事実を感じ取れるような気がします。
 「どうも日大のアメフト部は変な体質やな・・・。 その原因は監督さんのお人柄にあるみたいやな・・・」
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 直接指示したかどうかの問題ではなく、そういう組織を作った責任を自覚されてないみたい。

 同日国会で問題になったのは、財務省から森友関連の破棄された文章が出てきた話。
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 安倍首相、財務省の事ばかり言っておられますが、財務省の職員は誰のためにそんなことをしたのか? 日大アメフト部の選手が危険タックルをしたこととよく似てる。
 「どうも安倍内閣は変な体質やな・・・。 その原因はトップの安倍首相のお人柄にあるみたいや・・・」
 加計問題、いくら国会で議論しても、次から次と真実?と思われる物が出てきます。
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 愛媛県知事は抑え気味の発言ですが、「地方をバカにしている!」 と怒っておられますね。

 アメフト問題と安倍内閣。 全く次元が異なる話ですが、一般大衆の臭覚からすると、奇妙に同じ臭いを感じ取ってしまいます。 匂いというのは習慣性があって、溶剤などを扱う職場の公害が起きる大きな原因となります。 アメフト競技や政治の世界に居る方は、その世界に慣れてしまって変な臭いにも鈍感になってしまっているのかもしれません。

 「そうやな・・・。 同じ臭いがする原因は共通してる体質のせいかな・・・」
 1、結果至上主義
   大学スポーツの本質とかけ離れた勝利第一主義と 国民奉仕を無視した選挙勝利第一政治。
 2、トップの強権主義
   監督は王様見たな絶対者、首相官邸中心の強権政治。
 3、トップの方のお人柄
   あくまでも俺の指示じゃないという監督、私と家族は全く関与していないことを強調する首相。

 この二つの組織では、トップのせいで多くの関連者の方々に犠牲者が続出していますが、トップは依然として自覚症状がないままのような気がしますね。 私などは外野席から見ている観衆みたいなもんですが、観衆にまでその腐ったような臭いが漂ってきますが、どうでしょうか・・・。
by takeshi_kanazaw | 2018-05-24 08:24 | 時事放談 | Comments(8)

 隣の花は綺麗に見える

 何処かの諺で、「 隣の芝生は青く見える 」 というのがありました。
 同じものでも他人さんの物はよく見える ということなんでしょう。

 我家のお隣に咲いている花。
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 「隣の花は実に見事や。 諺じゃなくて、ホントに我家とは大違いや・・・・」
 多分この花は 以前にブロ友さんの写真で見た スカシユリ のような気がする。
 隣の奥さんはもうご高齢なのに、立派な花を咲かせています。

 そのまた隣の家の花。
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 これは・・・。 なんだかタイで見たような・・・・。 ランの一種ですかね・・・。

 ついでにプラプラ歩くと、こんな花も見つけました。
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 ホットリップスですね。 これもブロ友さんの写真で・・・。
 私のような花音痴でも、ブログのお蔭で少しずつ、花にレンズを向けるようになって来ました。

 「しかし、我家の庭はやっぱり ほったらかしガルデンやな・・・。 まー、イイか・・・」



 
by takeshi_kanazaw | 2018-05-23 14:38 | 花撮り等 | Comments(2)

 この強き物の名は?

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 我家の ほったらかしガルデン に、毎年この時期に咲く花があります。
 ピンク色の霞んだような色で、見た目は悪い花なのですが、ほったらかして いても、必ず咲くのです。

 確か昨年も随分と株を鋸などで切ったはずなのですが、今年もやっぱり花が出てきました。
 少々煩いぐらい花が次から次と出て、真夏を過ぎて秋口にも咲いていた記憶があります。

 「うーん、この花は強いな・・・・。 切られても、抜かれても、全然めげずに花を咲かせる」
 「この花は、チョコット一株植えただけで、ドンドンと広がったのよ」
 「なんという名前の花だい?」
 「たしか・・・、ゼラニューム だったと思うけど・・・」

 憎まれ者、世にはばかる とまで言うと可哀そうですが、とにかくこの花は強い。
 そうか、ゼラニュームだったか・・・。

 綺麗な花を枯らさないように育てておられるケースも聞きますが、我家のほったらかしガルデンの花は、少々のことでは ヘコタリませんね・・・・・。 立派と言えば立派なもんです。
by takeshi_kanazaw | 2018-05-22 13:18 | 我家探訪 | Comments(6)

海外や国内の適当に撮った写真の記録


by takeshi_kanazaw