カテゴリ:タイ追憶( 19 )

 タイ、メーホンソンの山の中に、こんなものがありました。

d0140806_14383335.jpg


 第二次大戦、旧日本軍がビルマで行った 「インパール作戦」 をご存じでしょうか。
 インドへの侵攻を企てた作戦ですが、10万人を超える大部隊にもかかわらず、食料や武器の補給も考えず、多くの兵が病気と空腹で死んでいった、史上最悪の作戦と言われています。

 英国・インドの反撃で、熱帯の森林の中を撤退。 その撤退した道には日本兵の死骸が累々と残り 「白骨街道」 と呼ばれたそうです。 なんとも悲惨な歴史の跡です。

 ビルマ(ミャンマー)のマンダレーから、山を越えてタイのチェンマイへ撤退した部隊が、このメーホンソンの山の中にしばらく暮らしていたらしく、その兵舎跡が残されています。

 「うーん、60年ぐらい前に、徴兵された日本の若者がこの場所で死んでいったのか・・・・・」

 私のような軟弱な人間は、恐らく熱帯の暑さと食糧不足ですぐ病気になり、熱帯林の中で死んでしまったでしょうね。考えるだけでもゾッとしますね・・・・。

 兵舎跡の記念館の中には、当時の鉄兜や銃剣が残っているし、外には放置されたジープもあります。

d0140806_1503129.jpg


 このメーホンソンに一緒に旅した面々は、全てが仕事でタイに長期駐在している 「企業戦士?」
 戦争当時はこのメーホンソンに日本の兵隊が、そして60年後にはバンコクから日本の 企業戦士? が観光でプラプラとやってきたということになります。

 この兵舎跡では旅仲間の全員がシンミリした気分に陥っていました。
 赤紙一枚で日本からこの熱帯の場所に送られた兵士、企業の辞令一枚でタイに派遣された企業戦士。

 全員がお金を集めて、僅かですがその記念館に寸志を置いてきました。

d0140806_15171732.jpg
by takeshi_kanazaw | 2018-11-13 08:00 | タイ追憶 | Comments(2)
 首長族に会いに行ったメーホンソン、なかなか良い所でお気に入りの場所です。
 当時の写真を探していると、少しずつ記憶が甦ってきましたね・・・。

 チェンマイからプロペラ機に乗って、山を越えると現れたメーホンソン。

d0140806_16362985.jpg

 山間の小さな町でした。 そうですね、日本でいえば信州か東北のような感じですかね・・・。

 同行してくれたチェンマイ在住の現地ガイドさん。日本語が堪能で、JICA事業の通訳もやる優れもの。
 「バンコクなんて人の住むところじゃないよ」 と言い切っていましたね・・・・。
 用事でバンコクに行っても、すぐに帰ってくるそうです。 ビルの立ち並ぶバンコクは、息が詰まるそうです。
 タイ人でもそう感じるんですね・・・・。 人間の暮らす場所は、自然が残るところがいいですよね・・・。
 
 メーホンソンは人口数万の小さな町で、観光化が進んできたチェンマイより田舎ムード。 といっても、チャンとホテルはあるし、街にはバーもある、外国人でも暮らせそうな場所です。
 「住むならチェンマイよりメーホンソンがいいんじゃないか?」 そう思いましたね。

 気に入ったメーホンソン、少し思い出した情景を載せていきます。

 「おいおいあの子たち、まだ中学生ぐらいだろう。オートバイの3人乗りなんかやっちゃって・・」
d0140806_1734938.jpg

 「あれはオートバイじゃなくて、自転車バイクじゃないのかな・・・。 まーいいんじゃない。」
 メーホンソンの町中は、バンコクのように硬いことは言わない? ノンビリいきましょう?
 
 「うーん、お寺はバンコクとも違うし、チェンマイとも違う。 ビルマ風やな・・・・」

d0140806_174129.jpg

 タイのお寺は大きな屋根の建物が殆どですが、此処では丸いパゴダです。このスタイルはビルマ(ミャンマー)のお寺とほぼ同じ形をしています。

 北部タイは幾度となくビルマの侵入を受けています、というより、ビルマとタイの勢力が交錯する場所なんですね。今の国境が出来たのはそう古いことはないですし、ランナー王国のチェンマイがタイ王国に編入されたのは、日本の明治時代ぐらいですから・・・。

 余談ですが、タイの寸劇で登場する悪者はビルマ人というのが多いそうです。なんといってもタイの発祥の地スコタイもビルマの侵攻を受けましたし、アユタヤもビルマに攻撃されたそうです。現在のバンコク王朝は、そんなビルマの圧力を跳ね返して生まれた王朝なんだそうですから。

 余談はさておき、現在のメーホンソンの観光の売り物は 山一杯に咲く ヒマワリ です。

d0140806_1724503.jpg

 時期は11月の下旬。 タイではヒマワリはこの時期に咲くんですね・・・。

 「どうしてこんな山にヒマワリなの?」
 「これはね、少し訳ありなんだよ。 昔はこの辺一帯はケシの栽培地だった。そう麻薬になるケシ。少数民族はそのケシの栽培で生計を立てていた。 そこでタイ政府はケシ畑をヒマワリ畑に変えてしまったわけ」
 
 南米などでは麻薬を握る集団と政府の抗争が続いていますが、タイでも少し前まではそんな時代があったのでしょうか。タイ警察はかなりの麻薬団を引っ捕まえた歴史があるそうです。

 メーホンソンも観光に力を入れ始めたのか、何か観光客向けのイベントをやってました。 そこにいた可愛い娘さんが凄く印象的でした。 男の子もいたのですが・・・・。

d0140806_1716127.jpg

 小学生ぐらいですかね・・・。 イベントでかり出され、民族衣装を着せられ・・・・。
 しかし、可愛いですね・・・。 少しタイ人とは顔が違いますね・・・・・。

 数年後にミャンマー(ビルマ)を観光したのですが、メーホンソンの山を越えたミャンマー領に、そっくりの顔立ちの娘さん達を見たのです。ミャンマーでは シャン族 と言っていましたが、このメーホンソンの娘の顔がすぐ浮かびました。 恐らく昔は国境など関係なく、似たような少数民族が暮らす場所だったということでしょうか。

 追憶というのは、どうも順序立てて浮かぶことがなく、話がバラバラになってしまいますね。
 今回は、余談話が多すぎましたかね・・・。


d0140806_17444436.jpg
 

 
by takeshi_kanazaw | 2018-11-12 08:00 | タイ追憶 | Comments(2)
 10年以上前に長期滞在したタイの想いで。 17回目になりましたが、今回は首長族の話。

 (このタイ追憶は不定期の掲載なので申し訳ないですが、カテゴリ最下段 「タイ追憶」 をクリックして頂くと連続して読んでいただけます。 これからどのくらい続くのか・・・書いている本人も判りません・・・。多分かなり多くなるかも・・・。)

 12年ぐらい前、タイで黄色いシャツを着た一団と、赤いシャツを着た一団が衝突して、大きな混乱が続き、とうとう空港がデモ隊に占拠された出来事がありました。 その空港閉鎖の1週間ぐらい前に、私はバンコクに長期滞在中の旅仲間とメーホンソンまで飛んで、首長族に会いに行っていました。 少し時期がずれていたら、辺境の地で取り残されていたかも・・・・。 忘れられない思い出です。

 首長族の暮らす部落は、ミャンマー国境のメーホンソンの山の中です。(下の地図を参照してください)
 バンコクからチェンマイに飛行機で飛び、チェンマイから更にメーホンソンヘプロペラ機で山越え、そして車でパイ川の岸辺まで走り、パイ川を船で遡る・・・・。 首長族に会うのは何とも大変なのです。

 パイ川は、ミャンマーからタイのメーホンソンの盆地へ流れ込む川。 

d0140806_15533567.jpg

 首長族の部落に通じる道路はないようですから、このパイ川を船で行くしかない。 まー、タイに長期滞在していた頃は、アッチコッチの辺境に行きましたから、そんなに驚くような行程でもないですが、野趣一杯ですね。

 30分ぐらい船で走ったでしょうか、首長族の部落にトウチャコ。

d0140806_15591040.jpg

 川に面して数十軒の小屋風の家屋があります。 
 船から降りて部落に入ると・・・・・。

d0140806_1603137.jpg

 イヤイヤ、ビックリしましたね。 突然出くわした娘さん。 確かに首に何か金属のワッパをはめて・・・。
 「うーん・・・・・・・。 首長族か・・・・・・・・」  一瞬、見とれてしまいました。

 首長族というのは民族の名称ではないようで、本当は カヤン族 というだそうですが、その風貌が特異なので、一般には 首長族 の名称が。 この真鍮のリンクで首を長くするのは女性だけで、男性はやらないそうです。

 部落の中は小さな土産物売り場の小屋が多い。

d0140806_1695147.jpg

 この女性、娘さんより更に真鍮のリンクの数が増えて、更に首が長くなっていますね。

 この首長族、真鍮のリンクで首を長くしているように見えますが、レントゲン検査などで医学的に調査した結果、首を引っ張るのでなく、肩の骨を下に押し下げ、あごの骨を扁平にしている という。 小さい頃から少しずつ真鍮のリンク数を増やして行くのだそうです。

 「噂に聞いていたけど、確かに首長族はいたんだな・・・。 この眼でシッカリと見たからな・・・」

 この首長族は、民族紛争が続くミャンマーから、山を越えてタイへ逃れて来たんだそうです。 部落の中ほど小屋では、タイ語の初等教育を行うため(多分臨時の小学校?) 壁にタイ語の いろは が貼られていました。

 この首長族、ミャンマーにも帰られず、タイ社会でも暮らすのが大変。
 観光客相手の土産物を売って、細々と生活しているように見えました。

d0140806_16234064.jpg
                         □はバンコク、〇がメーホンソン。
by takeshi_kanazaw | 2018-11-11 08:00 | タイ追憶 | Comments(2)
d0140806_12385960.jpg

 これがドリアンの花ですが・・・・。 果物のドリアンとはイメージが全く異なる花です。
 ラヨンの海水浴場に行った時、果物農場に立ち寄った時に撮ったものと思われます。

 永らくタイに在住していた女性が、このドリアンの花の写真を見て、「これは珍しい!」 との声が。
 撮った本人は一向にピンとこないのですが・・・・。 彼女の意見だけが頭に残っています。
 写真が残っていたので、少しずつドリアンの花のことを想い出して・・・。

 そう言えば、このドリアンの花を見に行く時、この見学会を企画した旅行社の女社長が云っていました。
 「ドリアンの花は咲いている時期が短くて、咲いてもすぐに落ちてしまう。 うちのスタッフを前もって農園に行かせて、咲いているタイミングを考えて時期を選んだのよ」
 私なんかは 「またあの社長、大げさに・・・・」 と思ってました。

 ドリアンは 果物の王様 なんていわれてますが、大きくて棘があるようなゴツゴツした姿。そして、その匂いたるや臭くて、ホテルなどは持ち込み禁止と言われるシロモノです。見たことがない? 農園に樹にぶら下がっていたドリアンの写真がありましたので、載せます。

d0140806_12525759.jpg

 写真の男性は農園主のオジサン。 右の変な物が ドリアン です。 人間の顔ぐらい大きい。

 この農場主さんも、ドリアンの花は指で触っても落ちてしまうし、風が強く吹いても落ちる。 だから沢山の花が咲いていても、残るのはほんのわずかで、その残った花に大きな実が成る との説明でした。

 「しかし、果物からイメージする花とは全然違って、小さくて可憐な花やな・・・・」
 花の大きさは、人間の指先ぐらいで、マッコト小さい。 想像外の花でしたね・・・。

 タイ追憶、変なことばかり想い出しますね・・・・。
 まー、老人の過去への追憶なんて、こんなもんかもしれませんね・・・。

 それはそうと、現代の日本では紅葉が始まっています。
 過去の追憶ばかりに浸っていては時代に遅れる?  追憶は中断して、現代に帰還します。



d0140806_137836.jpg
by takeshi_kanazaw | 2018-11-04 08:37 | タイ追憶 | Comments(8)
 朝晩が少し寒くなって来ましたね。 まさに日本の秋ですね・・・。

 今回のタイ追憶は、確か1月下旬ごろ、バンコクの東南200キロぐらいの海岸(下の地図参照)に、バンコクに駐在する日本人の旅仲間と行った話。 タイのシャム湾はバンコク近くはマングローブと泥で覆われています。 200キロぐらい南に行かないと砂浜が現れません。

d0140806_1717492.jpg

 「ふーん・・・。 1月というのに海水浴か・・・。 さすが熱帯の国やな・・・・」
 この場所は ラヨン。 南にはタイでは有名な観光地 パタヤ があります。恐らく遠くに見えるビルは、パタヤのホテルかもしれません。  その時の気温は30度を超え、海に少し足を入れてみましたが、日本の夏の海水浴シーズンぐらいの水温でしたから、寒い中を泳いでいる訳ではない。

 余談ですが、タイでは4月が一番暑くて、気温は日中40度超。 一番涼しいのは11月~12月ごろ、最高気温は28度ぐらいですが、一月に入るとジワジワと気温が上がり、30度を超える日が増え、2月にはもうスッカリ夏ムードになります。 日本で雪が降っている頃に、タイでは海水浴というパターン。

 「いいな~君は。 日本は真冬なのに、タイは温かくて・・・」 と云った知人がいましたが、真冬の日本から一日で真夏のタイへ移動するのは大変です。 赴任当初はちょうど1月でしたが、体調不良で1週間ぐらいダウンしました・・・・。

 そうでした、ラヨンの海岸の話でした。
 日本人の年寄りが揃って海水浴? そんな元気はなくて、魚を食いに行ったのです。
 日本でも海岸で新鮮な魚を食べさせてくれる食堂があるでしょう? ほぼ同じです。

 前回のマングローブの小屋の話では、食べたものの写真がなかった。 
 この時にはチャンと撮ってました。 いや写真が残ってましたという感じ。

d0140806_17422665.jpg

 エビや貝やイカなど、自分たちで選んで料理してもらって食べるスタイル。
 といっても、日本のような刺身などの活造り風とはいかない。 そのまま焼いてしまうんですね。

d0140806_1745968.jpg

 これは足長エビを焼いているところ。 わざわざ調理場へノコノコと行ってパチリ。
 焼けたまだ熱いエビや貝が、ドンドンとテーブルへ運ばれます。

 「醤油はないだろうな・・・。 塩はあるだろう? 塩だよ、塩!」
 タイでは、タイ風の少しピリ辛のタレに付けて食べるのですが、我々はせっかくのご馳走なので、少しこだわって日本風に食べようと、ワガママを言うことに。 さすがに塩はありましたね・・・。
 エビも美味かったし、大きなハマグリも絶品でしたね・・・・。

 全員が脇目も振らずに? 一生懸命食べていたのですが・・・。 突然、大きな物が顔を出して・・・。

d0140806_1754072.jpg

 一瞬、ギョ としましたね。 象ですね・・・。 なんでこんな所に象が・・・・。
 恐らく、観光客を象に乗せて砂浜を歩かせ、幾ばくかの金を稼ごうという感じですね。
 我々長期滞在者は象なんかは何度も乗っている。 そんな時間があれば、もっと食べるぞ。 ともっぱら食べる方に専念してましたね。

 「あ~食べた 食べた・・・・・。 少々眠くなってきたな・・・・」
 お店の傍の木陰で、全員が長椅子とハンモックで昼寝タイム。 一時間ぐらいウトウトしてました。

 その間、あの象さん。 どうもお客が居なくて、海岸を歩き続けていたようです。

d0140806_1815524.jpg


 このパタヤ方面は、バンコクからの道路事情もいいので、3時間弱で来ることが出来ます。 プーケットは遠いし、パタヤの方が来やすいのではないかと思いましたね。 それにしても、どうして有名なパタヤへ行かなかったか・・・。 よく行く旅行会社の旅仲間、みんな有名な観光地は苦手で、出来るだけ日本人の行かないような場所ばかりを訪ねていました。 


d0140806_18184321.jpg
by takeshi_kanazaw | 2018-11-03 08:09 | タイ追憶 | Comments(3)
d0140806_10441679.jpg


 マングローブですね・・・。

 私はタイに長期滞在するまでは、マングローブという樹が生えているのだと思ってました。 どうも違うようで、マングローブとは、熱帯 - 亜熱帯地域の河口汽水域の塩性湿地に成立する森林のことなんだそうです。

 タイのシャム湾にはチャオプラヤなどの大河が流れ込み、シャム湾沿いはこのマングローブに覆われています。 どこかで読んだのですが、ポルトガル人かスペイン人が東南アジアに海からやってきた時、このマングローブに行き手を阻まれ、暑い中必死にボートを漕いでも陸に到着出来ず、もう二度と来たくないと云ったとか。

 「しかし、タイ人は、このマングローブの林を切り開いてバンコクのような街を作ったんだな・・・。 凄いことやな・・・。」 東京も大阪もアシの生える海岸を埋め立てて出来た街ですが、大陸国家のタイはマングローブの規模が大きくて、現在の海岸線の50キロも上流の川まで塩水が混じるとか。 かなり内陸の川べりにまでマングローブの林を見ることが出来ます。

 さて、私たちはわざわざマングローブを観に出かけたわけではなく、美味い新鮮な魚介類を食べに海沿いのレストラン、と言っても掘立小屋風ですが、そんなマングローブの生える場所にノコノコと出掛けたこともありました。 いわゆるタイ料理ではなく、日本でいえば漁師の料理みたいな感じの食べ物を求めて・・・。

 「あ~、猿が出てきたな・・・。 みんな猿に荷物を取られないように気をつけて・・・・」

d0140806_10594641.jpg

 掘立小屋のレストランは、マングローブとそれに続く林で覆われています。猿の生息域ですから、当然猿も出てきますね・・・。マングローブの下は泥で埋まっています。 人間はそんな泥の中にまで踏み込んでいけない。 おそらく猿は泥の中の小さなカニか、ひょっとしたら落ちた木の実を食べているのかも。

 タイでは彼方此方に猿がいます。さすがにビル街では見ませんが、少し郊外へ行くと日常的に猿に出くわします。 私の見た感じでは、猿と人間が一緒に暮らしているような雰囲気です。 別にペットで飼っているわけでなく、裏山の猿がよく住まいの近くまで出てくるけれど、それを駆除しようなんてしない。

 ところで、このマングローブの林の中のレストランで何を食べたのか・・・・。 記憶にありません。
 街中でいつも食べている物ではなく、新鮮な魚介類だったのですが、写真も残っていない・・・。
 日頃は実に貧しい食生活を送っていた私、食べるのに忙しくて写真を撮る余裕もなかったのでしょう。

 覚えているのはシャム湾に落ちる夕日が、やけに赤くて綺麗だったこと。

d0140806_11183046.jpg

 多分タイの雨季だったのかもしれませんが、湿気の関係か、タイの夕日は濃い赤色をしていました。

 記憶の糸を辿りながらのタイ追憶。 
 話が彼方此方に飛んで、どうも旅行記のようにはいきませんね・・・・。
by takeshi_kanazaw | 2018-11-02 08:42 | タイ追憶 | Comments(4)
 タイに長期滞在中、彼方此方にプラプラ。
 私はゴルフはやれないし酒も飲まない。 バンコクに滞在する日本人社会にはそんな人種もいるのですが。

 「バンコク近くの漁村へ魚を食べに行くわよ」 と何時も旅行社の女社長の呼びかけに、暇な十名ぐらいの滞在者がノコノコと出掛けることに。 こんなケースがよくありました。

 今回は有名な観光地でもない(タイでは結構有名ですが・・・)マハチャイという漁村を目指して行った、小旅行の話を載せてみましょう。 ただし、10年以上前の話なので、記憶があいまいですが。

 バンコクの王宮近くのトンブリから、電車に乗って・・・・。

d0140806_1301415.jpg

 マハチャイ線というのですが、何ともノンビリムード。 バンコクは大都会ですが近郊電車はあまり発達していないようです。一時間ぐらい椰子の木が生えるような田舎をコトコト。

 終着のマハチャイ駅、というか、何とも商店街の中に電車が突っ込んでいくような・・・。

d0140806_1372326.jpg

 後で聞くと、このマハチャイはバンコク近郊では最大の漁港なんだそうで、駅からズラーと魚市場が軒を連ねていました。 並べてある魚は流石に日本とは相当違いますね。

d0140806_1310980.jpg

 カブトガニ?ですかね。 他にも海のナマズとか足長エビとか、エイ、ハタなどなど・・・。 外にはイカやイワシの干し物や、出汁にする魚の粉末など一杯。 結構豊かな魚介類がありました。

 それから何にか艀に乗って、川を渡り、次にはマクロンという町を目指して更に電車に乗るはずだったのですが、その電車が一向に姿を現さない。

d0140806_13173069.jpg

 この電車の軌道は、まるで部落の道みたいな感じですね・・・・。
 タイ在住のブロともさんの記事で、今になってやっと判ったのですが、このマクロン線(多分)では、線路の上に商店が一杯並ぶのだそうです。これもタイではよく知られた観光名物?らしい。

 10年数前の我々、電車が来ないのでズーと待っていたら
 「電車が故障して、今日は運行中止だって」  マイペンライ、マイペンライ・・・・。

 面白かったのはその後の話。 しからばと急遽付近の人に交渉して、ピックアップトラックに乗せてもらった。 日本人が10名ぐらい、田舎のピックアップトラックの荷台にギュウギュウ詰めに乗って、エンコラと運ばれた・・・。
 「俺たちはこれから何処へ行くんだ???」

 追憶というのは、変なことばかり覚えているもんですね・・・。
 ちなみに、そのピックアップトラックの人、マイペンライ、マイペンライと、お礼を受け取りませんでした。 
by takeshi_kanazaw | 2018-11-01 07:52 | タイ追憶 | Comments(4)
 タイ追憶の再開です。
 若者は未来を語り、年寄りは過去に想いを馳せる とか申しますが、確かにその通りですね。
 まー、年寄りらしく、過去の思い出話をシリーズで続けています。

d0140806_1002518.jpg

 10数年前のことですが、私はバンコク滞在中、毎日の通勤はバスでした。

 バンコクの路面バスには、どうも時刻表なるものがないようです。 少なくとも、私はバス停で時刻表なるものを一度も見たこともなかった。 本当はどうなのか、いまだに判りませんが・・・。

 最初の頃は、ランダムに?やってくるバスに、少々イライラ。 でも時間が経つにつれて、イライラしてもショウガナイ という心境に。 この間の葛藤?は長く続いたのですが・・・。

  「何時かは来るさ」  そう悟った?


 バンコクのバスは、お世辞にも立派とは言えない。 料金は6~7バーツ(約20円)

d0140806_1014509.jpg

 バンコクの渋滞は一種の名物? バスは急停車と急発進、そして長い渋滞待ち。

 タイの人は心得ていて、渋滞が始まると勝手にバスから降りてしまう。 車掌さんもそれを止めたりしないし、バスのドアーは開けっ放しにしてあるケースが殆ど。 バスは目的地に何時着くか判らないのです。

 まー、私の職場はそんなに時間に厳しくないのですが、それでもイライラしましたね・・・・。

 「何時かは着くさ」  そう悟るしかない?

 このバス通勤の経験は、タイの人と一緒に仕事をする上で、すごく役立ちました。

 「計画通りやってよ、どうして出来ないんだよ!」 日本人は時間に厳格だし、おまけに几帳面。
 「タイではいろいろあってさ・・・・。 そう気にしないで・・・ マイペンライ、マイペンライ」

 タイは微笑の国なんて言われてますが、ノンビリしたルーズな国 という一面もあると感じましたね。 その象徴が ” マイペンライ ” という言葉。  「問題ない、問題ない。気にしないで、気にしないで。マイペンライ、マイペンライ」  頭初は 郷に居れば郷に従え だったのですが、そのうちにこのマイペンライにイライラすることも。

 しかし、バス通勤の経験を重ねると、不思議とマイペンライに慣れてきて・・・

 バスの運転手だって時間通り走りたいけど、凄い渋滞で走れない。 渋滞を解消しろと政府に文句を言ってもラチが開かない。そんなことは乗客は判っているから、運転手に文句を言う前に、勝手にバスを降りて歩くという手段を選択するわけですね。

 「そうだな・・・。イライラするより、マイペンライと笑い飛ばす方が正解かもしれんな・・・」

 タイの人が ニコニコ顔で マイペンライ という裏には、多くの意味が隠されているのに気づき始めた。
 一見ルーズに見える行動には、それなりの理由があるのかもしれん・・・・。 曖昧さの中にあるものを感じ取るのは難しいけれど、とにかくマイペンライにはイライラしないように・・・。

 余談ですが、タイの人は計画通り準備するのは苦手ですが、本番になると凄く強い。日本人とは真逆です。プレゼンテーションなどはマッコト見事にこなしますから、ちょっとラテン系の感じがしますね。

 なお、マイペンライ という言葉を日本語にするのは少々難しい。
 マイはタイ語では否定語。 ペンライは 問題ありとか大事件 という感じ。 だから、マイペンライは 問題ないよ とか 気にしないで になるのですが、” 本当はそうでもない、隠された感情がある ” という感じですね。

 しかし、今でも マイペンライ ばかりでは、タイの発展には問題あり とは感じてますが。
by takeshi_kanazaw | 2018-10-31 07:58 | タイ追憶 | Comments(4)
 タイのチェンマイ、密林の中で象に乗っていた時の話。

 象に乗っていた途中だったか、その前後だったか記憶があやふやですが、確か筏で川下りしたり、密林の中の少数民族の部落に寄った覚えがあります。

d0140806_11361560.jpg

 まさに筏の川下り。 象に乗ったり、筏で川を下ったり、なかなか風情のある旅でした。

 密林の中の部落。 確かリス族の部落と言っていたような・・・・。

d0140806_11402195.jpg

 東南アジアの山奥には多くの 少数民族 と呼ばれる人が住んでいます。 でも少数民族というのも変な呼び名で、タイ族も中国では少数民族と呼ばれているんですがね・・・。 現実は多勢に無勢なので、少数民族と呼ばれる人々は、ドンドンと住みにくい状態が出ているのかも。

 このリス族の部落も、我々のような変な人間が大勢やってくるため、部落の中に土産物の店を作ったり、生活環境が変化していってしまうんでしょうね。

 この部落でたまたま出会った美女。 実に綺麗な顔立ちの女性でした。
 あまりの美顔に胸が高まり、なんと撮った写真までブレブレ・・・・・。

d0140806_11505015.jpg

 残念、無念、口惜しい・・・・。 いやいや本当に無垢な、実に美しい顔立ちの美女だった。惜しかった・・・。
 美女に会いに、またチェンマイの密林に行くまでの元気はないですが・・・。
 
 チェンマイの山を越えたミャンマーの山の中にも、リス族に似た顔立ちの種族もいましたし、密林の中には絶世の美女が居るんですね・・・・。 化粧で整えた美女もいいでしょうが、天然の美人は違いますね。

 「幾ら美人だと言われても、この写真じゃあね・・・」
 そうなんですね・・・。私は若いころから写真を撮る習慣がなかった。 タイに長期滞在する頃になって、やっと写真なるものを撮り始めたので、撮るのも下手だし、撮った写真を処理・保存する技術も幼稚。

 しかし、不思議と子供の写真は何とかブレずに撮れていました。

d0140806_124831.jpg

 さて、ここで問題です。 この写真の中に1人だけ日本人の子供がいます。 それは誰でしょう?
 回答はしないでおきましょうか・・・・。

 中国や東南アジアの山の中で、日本人そっくりの少数民族は多いですよ。 
 日本人の起源はどうもアジアの山の中?

 このままタイ追憶を続けると、ズーとその記事ばかりになりそう・・・。
 次回は現代の日本に帰って、タイ追憶は少し時をおいてまた再開しましょうか。


d0140806_1291515.jpg
by takeshi_kanazaw | 2018-10-25 08:31 | タイ追憶 | Comments(2)
d0140806_15574928.jpg

 チェンマイの山奥、熱帯林の中に入って、象に乗る。
 まさに象が暮らしている場所で、象に乗るという感じ。

 熱帯林の中を約1時間。大きな熱帯林の間を、草を踏みながらのユッタリと進む。
 すぐ近くで大きな象の叫び。 野生の象を馴らすため、足を鎖で大木に括り付けているらしい。 野生の象は怖くて、荒れている時は人は近寄れない。2~3日して象が腹をすかせ、弱ってくるのを待つという。

 密林が切れた場所に川が現れた。
 象に乗ったまま、その川をドンドンと下って行く。

d0140806_1655321.jpg

 この写真は一度目だったか、二度目だったか・・・。 私は2度か3度この川下りを経験している。
 この川下り、一時間弱も延々と続く。 象に乗って川下りなどの観光は、山の中でしか出来ないこと。

 一仕事終えた象たちに水浴びをさせる象使い。 結構乱暴に見えるが、農耕馬を扱うのと似ている。

d0140806_1611863.jpg

 象はほぼ人間と同じくらいの寿命らしく、少年と小象が一生付き合うというケースも多かったとか。
 象は貴重な動力源、大事に育ててきたらしい。 また、象は戦争時は重要な武器になるので、象を沢山持っている国は、周囲の国を制して大国になって行ったとか。 百万匹の象の国 なんて自慢していたのはラオスだったか・・・。 とにかく象は国の力を示す象徴だったらしい。

 
 とにかく、タイは昔から象を凄く大事にしてきた国なんだそうです。
 象の記事は、またこのタイ追憶の別の場所で登場するかもしれません。


d0140806_16183475.jpg
by takeshi_kanazaw | 2018-10-24 07:55 | タイ追憶 | Comments(6)

海外や国内の適当に撮った写真の記録


by takeshi_kanazaw