カテゴリ:ラオスの旅( 28 )

 ラオスの首都ビエンチャンから、中国・雲南省の省都昆明に帰って来ました。
 この昆明には一晩泊まり、翌日はスグに上海へ飛び、そしてやっと日本へ。

 「うーん、ノンビリとラオスを廻ったせいか、この昆明はラオスとは全然ムードが違うな・・・・」
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 夜自分の部屋から見た情景ですが、これが田舎町だった昆明とはとても思えない。
 中国の南西にある雲南省。 そうラオ人の故郷でもあり、北京や上海と遠く離れた場所で、昔は蛮族の跋扈していたとされる地方です。 

 翌朝、早くに昆明空港へ。 上海への飛行機待ちですが国内線待合室は大勢の人。
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 田舎の昆明空港だから、精々上海、北京、広州ぐらいへ飛ぶ飛行機だけだろうと思ったのですが・・。
 驚くなかれ、出発予定のインフォメーションを見ると、一時間に10本以上飛び、それも中国全土へ。
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 「いやいや、中部国際空港よりズーと便数が多いや・・・。 ビックリしたな・・・・」
 これだけ国内便が多いということは、ちゃんと人が動いているということ。 もう昆明は田舎町と言えない。

 「そうか、この空港は確か中国で4番目に大きな飛行場になったと言っていたな・・・。」
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 全くの私ごとですが、偶然にこの昆明で引率ガイドをしてくれたS君。 
 「何処かで見たような・・・・。 前に雲南の菜の花や棚田を見たツアーのガイドに似ている・・・」
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 彼とは旅行中に中国の株式投資や不動産投資の話ばかりしていましたが・・・・。
 「思い出しました、あれは4年前でしたね・・・。 お客さんのことはよく覚えていますよ」
 「君も随分髪が白くなったな~・・・。 違う人かと思ったぐらいだよ」
 「イヤイヤお客さんも更に髪が白くなって・・・」 まー、お互い様ということでしょうか。

 4年間の月日は2人の髪を白くしていましたが、昆明の変化はそれ以上に激しい。
 「うーん、中国は年ごとに変わっていく・・・。 まるで違う都市に来たみたいだ・・・」

 3時間以上のフライトで上海へ。
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 名古屋への飛行機は5時間後・・・・。 面白いのは中国の航空会社は待ち時間が4時間以上だと、無料のランチサービスがあるという。 空港でボンヤリ待つのももったいないと、空港から市街地への リニアに乗るらしい。
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 空港からお上りさんのようにゾロゾロと。

 日本ではリニアの工事の談合で話題になっていますが、中国では2002年からリニアを走らせています。
 と云っても、距離は僅か30キロ。 どうも実用ベースとは言いにくいのですが・・・。
 「ふーん、乗車するのに荷物検査があるのか・・・・」
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 まー、中国では新幹線や地下鉄に乗る時も荷物検査がありますが・・・。
 車内はこんな感じでした。
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 最高速度は300キロ、実験では430キロ出るそうです。 僅か7分弱で上海市街地に到着。
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 上海の中心地外灘とは離れた、郊外に近い場所で終着。
 「なんやこれは・・・。 全然利用価値がないじゃん・・・・」

 乗ってみるとなんだか遊園地風なんですが、、常設商業磁気浮上式鉄道としては世界唯一のモノだそうです。 まー、日本のリニアとは速度も走行距離も比べものにならないぐらいでしょうが、日本はまだ建設中ですが、中国は既に営業運転を15年も続けています。 侮ってはイケナイ。

 空港にバックしてきましたが、何気なく見ていると、上海の地下鉄網のマップが目に入りました。
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 「うーんこれは・・・・。 東京と比べても遜色ないぐらいの地下鉄網が出来ているんだな・・・」

 私は古い上海は好きですが、外灘にテレビ塔が出来てからは大嫌いになって、その後は上海の街中をあまり歩いていない。 中国の田舎ばかり廻って、もう10年ぐらい上海は素通りを決め込んでいます。
 「昆明と言い、上海と言い、チョット見ないうちにスッカリ変わってしまった・・・・」

 そうなんですよね、日本が東京オリンピックや大阪万博で町が変わり、高度成長していった時代がありましたね・・・。 中国は日本の10倍の人口ですから、同じような変化が起きているのですから、これはもう予想以上の出来事が起きても不思議はないですね・・・。

 やっと上海から名古屋へ。
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 ラオスの旅もこれにて 完。
 最後までお付き合いして頂いた皆様、お疲れ様でした・・・・。
by takeshi_kanazaw | 2018-03-24 09:05 | ラオスの旅 | Comments(2)
 ラオスの旅の7日目、首都ビエンチャンの街巡りで、チョット面白い情景に遭遇。
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 場所はビエンチャンで一番大きいお寺 タートルアン の大きなパゴダの傍の寺院。 何やら家族らしき人が集まっている。 日本ではお寺に家族が集まるのは、お葬式や回忌法要と相場が決まっていますが、どうもそうではないようです。

 「あれあれ、記念写真まで撮っているジャン」
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 どう見ても何か お祝いごと のようなムードです。

 「ある年齢になったら短期間僧籍に入る儀式ですね。 こんな場面に会うのは珍しい」 とガイドのT君。
 「日本では厄年になったらお祓いをする習慣があるけど、そんなもんか」
 「そうそう、そんな感じですね」

 お祝い事ならそんなに遠慮することもないだろうと、すぐ近くの床に座り込んでしばし観察。
 何気なく天井に眼をやると、凄く極彩色で煌びやか。
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 抹香くさい日本のお寺とはムードも違いますね。 この国は確か社会主義国家でした。革命時にお寺を破壊してしまわなかったのか、最近改修したのか、詳しくは判らない。

 ジーと待つこと十数分。 厳かにお坊さんが入場してきました。
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 仏教国ではお坊さんを写真に撮ることは失礼なのですが、撮ってしまった・・・・。

 それからは何やら静かになって、儀式が延々と続きます。
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 日本では僧籍に入るなんて大変なことで、それ以降はズーとお坊さんになるわけですが、この国では短期間(1っか月ぐらい?)頭を丸めて修行することが日常的に行われているようです。 ガイドのT君も10代に5か月お坊さんの修業をしたそうで、多くの若者が一度は仏教の修業をするのが一般的。 そのままお坊さんになってもいいし、社会に復帰してもいいそうです。

 余談ですが、タイで仕事をしていた時、突然若い仲間が丸坊主で現れました。 結婚が決まったので、その前の1か月、僧籍に入るためだったらしい。 こんな話は一杯あって、タクシーの運転手が毎朝エライお坊さんの説教のテープを聞いているとか、バスに乗るとお坊さん専用のシートがあるとか、大学の開校式にお坊さんが大勢来て、長々とお経を唱えるとか。 日常の生活と仏教が密着している。 日本では想像できないですね・・・。

 儀式の途中で抜け出して外へ出ました。 なんとお寺の普請をお坊さんがやっていました。
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 おそらくこの人は世俗では建築関係の仕事人で、短期間僧籍に入っている人かもしれません。
 この時はチャンと写真を撮ってもいいか聞いてからパチリでしたが。

 さてさて、我々はビエンチャンの観光中でした。 次に行ったのはこんな場所。
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 フランス植民地時代の凱旋門風の建物ですね・・・。 フランスの植民地だった国でよく見られるパターン。
 さすがに建物の天井はラオス風でしたが。
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 上に登れるようになっています。 上からビエンチャンの街の様子が見られます。
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 凱旋門を中心に、道路がロータリー方式に展開していますね。 これもパリ風なんでしょうか。
 少し位置を変えてみると、ビエンチャンらしい情景も見えてきました。
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 「長閑な雰囲気が残っているわい。 あんまり高層ビルが立ち並ぶ姿は似合わないよな・・・・」

 ラオスに入ってから古都ルアンパパンや南部の長閑な田舎町や滝を見てきました。 この首都ビエンチャンが最後の見学先なんですが、ラオスはもっとゆっくりと時間を過ごすとよりその良さが出てくる国ですね・・。
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 ラオスから中国・昆明へ移動です。
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 眼下に見えるビエンチャンの町。 長いようで短い旅でしたね。

 我々の飛行機はドンドンと北上していきます。
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 普通の海外旅行では、そのまま日本へ帰るのですが、この旅ではやっと昆明へ向かっているのです。
 「うーん、まだ日本へ帰れないのか・・・・」



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by takeshi_kanazaw | 2018-03-23 10:17 | ラオスの旅 | Comments(4)
 ラオスの旅の7日目。 ビエンチャンを見学した後に、中国昆明に飛びます。

 前日のスコールの影響が残っていて、まだ小雨がパラパラ。
 バスに乗ってアッチコッチに行きましたが、何処をどう走ったのかサッパリ。
 始めはどうもビエンチャンの中心街を走っている感じです。
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 もう車とオートバイが一杯ですね・・・。 東アジアの都市の情景らしい雰囲気です。
 後ろの建物は ビエンチャンの凱旋門(バトーサイ)。 後で此処にやってきます。

 この通りに変なものがあります。
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 2007年に日本の支援で作られた道と表記してあります。 多分この国の1号線なんでしょうか。

 私の不勉強もありますが、1990年代からラオスへの最大援助国は日本なんだそうです。
 ベトナム戦争終了後に、日本はアメリカに替わってカンボジアやラオスなど、この地域の支援に力を入れたということなんですが、あまり覚えていませんね・・・。 

 「ラオス人は日本びいきですよ。フランスは嫌い、アメリカも。 日本はラオスとあまり関係がないのに支援してくれたから、日本支援の施設にちゃんと標識を作って判る様にしてあります。まー、アメリカに替わって支援したのでしょうけど・・」 とガイドのT君。 彼は日本語を日本のJICAのボランティアさんから習ったし、日本にも数回行ったので、日本通であることもありますが。

 そう言えば、前日ラオスータイの国境の橋で、変なバスを見ました。
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 何処かで見たようなバスだな~ とよくよく見ると・・・。 そう京都の市バスですね。 京都市の紋章はそのままですし、まだシッカリと現役で走っていますね。 なんだか嬉しい気分になりますね。

 余談ですが、東アジアでは日本の国鉄時代の車両がまだ使われている姿を見ましたね。 タイの郊外を走る電車もそうでしたし、ミャンマーでも、バングラディッシュでも見たような・・・。 鉄道マニアの方は詳しいでしょうが、昔の姿をした日本の車両に乗ると、なんだか望郷の念に駆られますね。 ラオスでは鉄道は殆どないから、見ませんが・・・。

 さて、ビエンチャンの街巡りですが、さすが首都なので立派な建物があります。
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 これは首相官邸? 詳しくは判りません。 まだいろんな政府の建物がありましたが・・・。

 「これがビエンチャンで一番古いお寺です」
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 ラオスの最初の首都は我々が最初に訪問した古都ルアンパパン。 16世紀にビエンチャンに遷都されたのですが、その後に3国に分裂したこともあって、このお寺も19世紀初頭の建物らしい。 ルアンパパンのお寺に比べると、少し見劣りがしますね。
 ここは撮影禁止なので、写真はなし。 写真がないと印象も甦りませんね・・・・。

 次に訪れた場所は、大きなパゴダのあるお寺。
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 名前は・・・・。 タートルアンだそうです。 ラオス最大の仏教施設だそうです。
 パゴダというのはお釈迦様の骨が収められている場所。 南伝仏教(小乗仏教)では、このパゴダが信仰の中心とされて、スリランカでもミャンマーでも大きなパゴダが一杯あります。 ミャンマーの仏教遺跡のパガンでは約3000のパゴダがありますが、お寺はありませんでした。

 勝手な私の解釈ですが、原始仏教ではパゴダのみがあって、今のお寺は補完的な事務所みたいなものだったのかも。 始めは仏像もないし、僧侶の住まいもなかったのでは。(一説によると、最初は仏教も偶像禁止だったとか) そんな馬鹿な、と思われるかもしれませんが、一度南伝仏教の地を廻ってみてください。

 このパゴダの前にはこんな情景が。
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 お供え物販売所? お花をバナナの葉っぱに包んで、素朴ですがいいですね・・・。
 簡単なものから、結構手間をかけたものもありました。

 そして、このお寺の周囲には立派な塔みたいなものが取り囲んでいましたが・・・。
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 「これは信者のお墓ですよ。 故人の写真があるでしょう?」 とT君。
 初めて見ましたね。 これがお墓ですか・・・・。


 余談が多くて、なかなか進みませんね・・・・・。
 このお寺で見た面白い光景は、次回へ。




 
by takeshi_kanazaw | 2018-03-22 12:09 | ラオスの旅 | Comments(4)
 ビエンチャンの夕暮れ、突然の雷鳴と雨。
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 熱帯地方のスコールはお馴染みですが、2月のラオスは乾季。 この時期にスコールはまっこと珍しい。
 「この数年天候が変なんです。 乾季に雨は降らないものですが、最近は時々大雨になるんです」
 地元ガイドのT君もこのスコールには戸惑い気味。

 スコールが少し小降りになった頃に、やおらホテルから街のディナーの場所へ。
 「今夜の食事はフランス料理です!」 と、何処かウキウキした声で添乗のK嬢。

 ラオスでフランス料理? と思われるかもしれません。
 ラオスは元フランスの植民地。 ベトナムでもそうですが、元フランス領の国ではフランス料理のレストランへ行くケースが多々見られます。 まー、旅行社の何時ものパターンとも言えますね・・・。 現地の日本料理店へ行くよりはいいですね。

 昔の植民地時代の建物とおぼしき、落ち着いたホテルのレストラン。
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 私は日本でもフランス料理などは食さない。(高いから行けない) ですからフランス料理と言われても、何がフランス料理で、何がイタリア料理か、はたまたスペイン料理か一向に判らない。 少し改まった雰囲気を醸し出して、大きなグラスやスプーンやナイフ、フォークが並べられています。
 「フフフ・・・。 ビエンチャンで ” おふらんす ”  やな・・・・。 どこかおもろいな・・・」

 まずはスープが出てくる。
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 中身は・・、味は・・・。 なにかドロドロした豆のすりつぶしの感じで、美味くも不味くもない。
 フランス料理など食べないから、出てきたものを評価することは無理。

 次はメインディッシュ。
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 多分、鴨のような鳥肉の焼いたもの。 柔らかくて、なかなか美味かった。
 ただ、ワインとバターで作られたソースが、ひつこくて全くダメ。 

 「うーん、ソースを止めて、塩だけで味付けした方が絶対美味いわ・・・」
 皆の前ではそんなことは言いません。 心の中でつぶやいただけです。
 ソースこそ おふらんす の特徴なんでしょう? 私は塩だけの方がいいと思いましたが・・・。

 後のデザートは、プリンのような・・・・。
 私はとにかくパカパカと食べて、サッサとタバコタイム。 皆さんと会話を楽しむという習慣がない。
 席ではタバコは吸えないし、何処かでタバコを・・。

 「タバコが吸いたい」 というと(一応英語で、フランス語は知らない) なんと、ウエイターの一人がシズシズと私を中庭にご案内。 中庭の小さなバーからやおら灰皿を取り出してくる。そして、私がタバコを吸っている間も、ジーとバーのカウンターの中に立ったまま。 
 「えらく丁寧なサービスやな・・・・。 なんといってもフランスレストランやからな・・・???」

 少々窮屈なタバコタイムでした。 ところが、この中庭の情景が綺麗でしたね・・・。
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 この中庭は気に入りました。 雨上がりの空に月も見えましたが・・・。
 「このホテルでは室内はタバコが吸えるのかい?」
 「いえ、タバコが吸えるのはこの中庭だけです」
 「そうか、それじゃこのホテルに泊まると息が詰まるな・・・」
 このホテルは私のような庶民派にはマッチしない場所のようですね・・・・。

 焼いた鳥の肉は美味かったですが、ビールを頼んだ人がビックリするぐらい値段が高く、サービス料を20%も取られるので、市価の10倍ぐらいのお値段だったようです。 まー、このフランスレストラン、日本のレストランとほぼ同じような値段だったのでは。 パック旅行ですから値段は知らないですが・・。

 街はもうスッカリ夜の雰囲気ですね。
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 バスの窓から見える屋台の灯り。 屋台の小さな椅子に腰を掛け、タバコを吸いながらラオスの食べ物を腹いっぱい食べるのも楽しいかもしれません。 まー、駆け足の観光旅行では無理でしょうか。

 ホテルの自分の部屋に戻って、熱いコーヒーを入れ、ゆっくりとタバコを吸って・・・。
 そうなんです、あのパクセーの全館禁煙の暴力的全体主義のホテルでは、深夜の戸外でタバコを吸わざるを得なくなって、殆ど2日間は寝ていない。 なんだか牢獄の囚人のような扱いを受けましたからね・・・。

 スコールが来たせいでしょうか、ホテルの前のメコン沿いの屋外レストランは、殆どが開店せず。 メコンの上の船上レストランだけが営業しているようです。
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 対岸はタイですね、確かウドンタニという町ではないかと思います。
 フランスの植民地以降、メコンが国境になったのですが、 昔からこの両岸の地域は同じような経済圏で生活してきたのだろうと思いますね。タイ語もラオ語も相互に判るぐらい近いですし・・・。

 「あ~、ビエンチャンのホテルでやっと生き返ったような気分だ・・・・。 パクセーなんて二度と行かないぞ!」
 私はパック旅行ではお荷物のお客なのかもしれん・・・。 そろそろ海外旅行を止めるしかないかな~・・・。
 何ともシャクな時勢になったもんだ・・・。



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by takeshi_kanazaw | 2018-03-21 07:43 | ラオスの旅 | Comments(6)
 ラオスの首都ビエンチャン、人口は70万人でラオス最大の町。
 
 町の様子はメイン道路はもう車が一杯という感じ。
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 「ビエンチャンの中心にある百貨店に行ってみましょうか・・・」
 このツアーの旅行社は土産物店には寄らない主義のようです。 その代りというわけでもないのですが、その町の百貨店やスーパーに立ち寄る。 まー、観光地廻りより、その町の実情が判って面白い。

 この大型店の駐車場にも車が一杯です。
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 これまで古都ルアンパパンや、南ラオスの田舎を廻っていましたが、首都のビエンチャンはだいぶ様子が違います。 この百貨店というか、大きな建物ですが、その中も日本の百貨店のイメージとだいぶ違う。

 玄関のすぐ横にはこんなお店。
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 そう、日本の化粧品会社のお店なんですが・・・。 誰もお客さんは入っていない。
 この百貨店、どうも各小間にテナントが入っているようなスタイル。 2階は綺麗に見えます。
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 ところが、お客さんが一杯いるのは、1階のゴミゴミした小間ばかり。
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 ラオスの消費動向はよく判りませんが、高級な感じの小間には殆ど人がなく、多くの客は安い雑貨類の場所。
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 チャンとラオスの生地なども売っている場所がありましたが、ここでは店員さんが暇の様子。
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 この建物は百貨店というのか、市場というのか、どうも区分できない感じ。
 一番賑やかなのは、建物の外にあるこんな露店。
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 このトラックに品物を載せて、道路上で商売中の人は逞しそうです。
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 昔の上海の百貨店が始まった頃、そして少し以前のタイのバンコクもそうでしたが、百貨店で高級品を並べても客が集まらず、むしろ建物を取り巻く様に小さな露店が集まって来て、その店の方が賑やかという現象が見られました。 まー、時が経てば変わって行くのでしょうが・・・。

 「ふー、何とも人が多くて疲れる・・・・」
 外の椅子でボーとしていました。  何気なくタバコを吸いながら見ていたのですが、こんな女性が。
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 ラオスらしからぬ?雰囲気の人。 スマホ片手に車でも呼んでいるのでしょうか・・・。
 「そうか、こんな雰囲気の人がいるということは、ラオスにも都会人が増えてきたということかな・・・」

 まさにビエンチャンは変貌過程の町という感じですかね・・・。
 「なんとなく、リトルバンコクというイメージを持ったな・・。」
 
 でも少し気になることが。
 外の露店のお店で売られていたものは地元産ですが、建物の中の商品は殆どが中国製とタイの商品という感じ。日本の商品もありましたが、どうも高嶺の花のイメージでした。
 「ラオスの商品がまだ育ってないのに、外国品がドンドンと入ってくる。 いいのかな・・・」




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by takeshi_kanazaw | 2018-03-20 08:57 | ラオスの旅 | Comments(4)
 ラオスの旅も6日目。 
 滝のあった南ラオスから、首都のビエンチャンへ飛ぶ。
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 飛行機から見えるビエンチャンの町。 高いビルは少ない。

 さっそくビエンチャンのレストランへ。
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 街中の少し落ち着いたお店。 パック旅行だから、全く何を食べるのか判らない。

 店に入って目にはいってきたのが、壁にあったこの写真。
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 何処かで見たような人ですね・・・・。 元気なころの小泉さん。
 その他にも、野田さん、安倍さんなど、歴代のラオスを訪れた首相たち。
 そうそう、こんな人も。
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 どうもこの店は 日本大使館ご用達の店? かもしれませんね・・・。
 店は数十人で満席という、そんなに大きな店でもない。
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 ところで、出てきた料理ですが・・・・。
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 これがラオス料理の正式スタイル? 多分小泉さん達も同じものを食べたかも。
 さすがにカオニャオを、直接手で丸めたかどうかは判りませんが・・・。
 料理の中身は説明できませんが、もうラオスに一週間居た我々。違和感なく全部完食。

 余談ですが、タイに滞在していたころに、宮廷のタイ料理を食べたことがあります。
 バナナの葉っぱのような物の上に、このラオス料理と同じく、チョコチョコと食べ物が乗っていました。
 感じがよく似ていましたね・・・。 ただしタイのケースは器はなし。直接食べ物は葉っぱの上でした。

 またまた余談ですが、このレストランで若い日本人のグループからシャッターの依頼。
 どうも観光客じゃなくて、仕事でラオスに来ているグループ。 
 「IT関係の仕事で来てますが、明日は日本へ帰るんですよ」
 詳しくは聞きませんでしたが、商売というより日本からのラオス支援プロジェクトチームの感じ。

 多分日本大使館推薦のこのお店で、最後のラオスのお昼を楽しんだ様子です。
 なんだかイキイキした若い人の顔が見られて、気分が若返りました。
 この5人の方の写真も撮らせてもらいましたが、まー、載せるのは止めましょう。

 「海外で仕事するのはシンドイけれど、後から思えば結構楽しい思い出になるやろ・・・・」


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by takeshi_kanazaw | 2018-03-19 08:48 | ラオスの旅 | Comments(0)
 ラオスの旅の5日目。 前日のワット・プーの遺跡の更に南、カンボジア国境に近いメコン川へ。
 
 ” メコン川の下流に大きな滝がある ”
 これまで何処かでそんな話を聞いたことがあるような・・・。 皆さんはご存知でしたか?

 メコン川は東南アジア最大の川なんですが、中流から下流域に入るラオスとカンボジアの国境近くで、その姿が変貌します。 標高差が小さくなるためか、川の中に多くの島(中州)が出来て、川幅が10キロを超えるほど広がってしまうのです。
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 中流域のルアンパパーンのメコンとは、その様子もかなり変わってきます。 この多くの島が一種の観光名物にもなっているらしく、その島の間を流れるメコン川が各所で滝を作っているらしい。
 まずは小さな船で島へ向かいます。
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 船からの眺めはこんな感じ。 実に長閑な情景が続きます。
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 綺麗な写真はありませんが(何時もの通り)、周囲の情景をドンドンと載せていきましょうか。
 何やら変なものが見えてきました。
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 この島に上陸。 また変なものが・・・。
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 小さな蒸気機関車ですね・・・。
 このブログでラオスがフランスの植民地になった話をしましたが、フランスはラオス北部の木材をメコン川を利用して海洋まで運び出そうと計画。 しかし、滝があるために一部陸送、一部川流しを画策したようです。 結果は失敗。この変なものはその時代の遺物だそうです。

 現在の島の状況は、まさにノンビリしたラオスの田舎です。
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 思いのほか西洋系の観光客が多いですね。ラオスでは2月に太陽が一杯で、西洋の夏みたいですからね。
 島内の移動はもっぱらトラック。 タイではソンテウ、ラオスではどういうのか・・・。
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 フランス時代に作ったとおぼしき橋の傍にやってきました。
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 ここで昼食ですね。
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 何を食べたのか・・・。 忘れました。 その時はパクセーの宿泊ホテルが全館禁煙だったことに腹を立てて、気分がイマイチでしたから・・・。 すぐに外へ出てタバコタイム。
 「いいな~・・・。こんなログハウスに泊まればいいんだよ」
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 おそらく西洋系の観光客はこんな所でノンビリ。 テラスで日光浴やタバコをユックリと吸えて・・・
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 ログハウスの傍にはプールまでありましたね。
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 どうして日本の旅行社は都会の大きなホテルばかり泊まらせるんでしょうか。
 まー、女性客が多いし、豪華な4つ星ホテル なんて聞こえがいいからな・・・。

 島の彼方此方に、海水着で自転車に乗っている人を見ましたね。
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 この写真は最初の帰国報告のブログにも載せましたかね・・・。
 そんな姿を見ながら、最初の滝見物です。 滝がある場所はこんな竹林。牛もユッタリと歩いていました。
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 竹林を抜けると、滝が現れました。
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 「うーん、滝と言えば滝、川瀬と言えばそんな感じも・・・」 落差は数メーターでしょうか。
 川幅(メコンの一部の流れ)一杯に滝ですね。
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 下流の方に目を向けると・・・
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 「確かにこの流れ方だと、とてもじゃないが船でメコンを上下することは無理だわ」

 沢山あるメコン川の中にある島。その島の間を流れる多くのメコン川に、全て滝のような急流が存在するということでしょうね・・・。 おそらくこの一帯には硬い岩盤地層があるためなんでしょうか・・。
 更に滝巡りが続きます。 船に乗って違う島へ行きます。
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 あれあれ、お坊さんに引率されて観光でしょうか・・・。
 この川でも漁師が漁をしてますね。
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 さて、新しい島に到着。 何やら看板が立っています。
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 世界の滝10傑?  フンフン・・・。 何?メコン川の滝が世界一?
 よくよく見ると、滝の幅が10キロ以上で、世界一だ というのです。
 そう言われれば・・・。 川幅が10キロを超える川は殆どないし、そこに滝があるのは・・・。
 でも、メコンは川の中に多くの島があるじゃないか!
 まー、些細なことは言わぬが花。

 滝までの道が公園風になっている場所をノンビリと。 熱帯の花でも眺めながら・・・
 私の好きな白い花。
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 こちらはご存じ プリメイラ。
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 睡蓮は至る所で見ますね・・。
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 また滝にやってきました。 前の滝より少し迫力があります。
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 乾季ですから、木も流れないですが、雨季の時はどうなんでしょう。 ここは落差が少し大きい。
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 一番落差の大きそうな場所をパチリ。
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 「そうか、メコンの滝を目の前にすると、確かにベトナムからラオスまでメコンを遡ることは無理だと判る。 この滝は、水運から見放されたラオスの歴史を左右する、運命の滝 でもあるな・・・・」
 もしこの滝がなければ、東南アジアの歴史も、ラオスの現在の姿も大きく変わっていたでしょうね・・・。


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by takeshi_kanazaw | 2018-03-18 08:49 | ラオスの旅 | Comments(2)
 ラオスの旅の話、少々長くなりすぎているキライがあります。
 私の旅行記は書くときの気分で、長くなったり、簡単になったり・・・・。 ノンビリとお付き合いのほどを。

 さて、南ラオスの遺跡 ワット・プー なんですが、どうもクメールの遺跡だと見える。
 帰国後に、少しその歴史を探訪していました。

 西洋史や中国史は詳しく情報がありますが、東南アジア史についてはサッパリ。 勘所が掴めないというか流れが全然イメージ出来ません。 どうもミャンマーやタイ、ラオス、ベトナムといった、現在の東南アジア諸国の主要民族は、全て現中国の南部から南下してきた種族という点はハッキリしている。 そして、その前に住んでいた種族の代表がクメール人という点も動かしがたい。 じゃー、その頃の歴史は?


 私の歴史探訪の手掛かりになったのは、現地にあった一枚の看板。
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 黒枠は私がつけたものですが、左(西)から、アンコールワット、 中央は探訪中のワット・プー、右はチャンパ王国の遺跡である ミーソン です。 私は既にアンコールワットもミーソンも行ったことがあるので、これで偶然3つの遺跡の現場を見たことなったのですが・・・・。

 問題はその距離感。 ミーソンからアンコールワットは約500キロ弱。 東京ー大阪間ぐらいの距離です。周囲は熱帯林といっても、熱帯雨林のようなジャングルではないし、雪を頂くほどの高い山もないので、象の軍隊が1か月もあれば行き来できる距離にあると言えます。
 「ワット・プーのある場所なんて、何度も種族間の抗争があってもおかしくない場所やな・・・」

 この場所の歴史は・・・・。 なかなかピンとくる資料がない・・・。
 クメールの歴史を見ると、クメール発祥の経緯は真臘( しんろう)が初期のクメール人の王国とされ、その版図は以下のような部分だったとか。
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 ベトナム南部の王国扶南の支配を脱して国を作ったという。 すぐ東には同じく扶南から独立したチャンパ王国。 この二つの王国はそれからもズーと抗争を繰り返していたようです。

 真臘は8世紀頃に南の水真臘と北の陸真臘に別れ、この陸真臘の中心地が現在のワット・プーの遺跡がある、ラオス国のチャンパーサック県ということらしい。 一方、真臘を作ったクメール族はチャオプラヤ流域(現タイ)からメコン流域のこの地にやってきたとの説があり、ワット・プーの遺跡のあるこの場所が真臘の中心地だったとは言い切れないようである。

 現在クメール王朝の誕生は、802年に現在のアンコールワット遺跡の近くで建国したということになっているのだが、その王朝とワット・プー遺跡の王朝の関係がイマイチよく判らない。どちらもクメール人の王朝であることには違いないようではある。

 さてさて、少々頭が痛くなってきた人もあるかも。 書いている私もよく判っていないのですから・・・。

 ところで、ワット・プーの建設はどうも11世紀に作られたものらしい。 ちなみにアンコールワットの建設は12世紀とされている。その間にクメール王国は、チャンパ王国の激しい攻撃にさらされ、遷都を余儀なくされたという記録もあり、ワット・プーの建物はチャンパ王国による攻撃を受けたことが十分推測される。

ワット・プーを作ったとされる王朝は200年ぐらいで滅んだそうですが、その後ラオ人がこの建物を上座部仏教風に改装したと言われています。その間の細かい経緯は探ることが出来ませんでした。

 「な~ンだ、結局 何にも判らないじゃないか!」

 そうなんですよね、これ以上はもう旅行記の範疇を越えて、学術探訪でもしないと無理ですね・・・。


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by takeshi_kanazaw | 2018-03-17 08:15 | ラオスの旅 | Comments(0)
 ワット・プーの本殿とおぼしき建物。

 グルグルと周りを廻ってみました。
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 「これはお寺じゃない、どう見ても宮殿というか、ヒンズーの神殿の匂いがする・・・」
 反対側に廻って・・・。
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 今度は再度正面に立って・・・。
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 「これは明らかにヒンズーだ。 このレリーフはヒンズーの神だ・・・・」

 このワット・プーの本殿はどう見ても、ヒンズーの神殿ですね・・・・。

 更にこの建物の柱に刻まれたレリーフを調べると・・・。
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 「これはクメールだ! このレリーフはクメール人が作ったレリーフに間違いない!」
 このレリーフを見た瞬間に確信しましたね。 クメールに間違いない!

 なんだか私が一人で力んでいるようで申し訳ないですが・・・・。
 有名なクメールのアンコールワットのレリーフの写真を載せますから、見比べてください。
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 誰が見たって、この二つの像の文明は共通していると思いますよね・・・・。

 「なにを云ってるんだ。 チャンと観光案内や本などに、ワット・プーはクメール遺跡と書いてあるぞ」
 そんな声がありそうですが、私は自分の眼で見た実感の方を重視しますので・・・。
 それにタバコを吸いたいので、ガイドの説明を殆ど聞かないし・・・。

 「しかし、なんだか変だな・・・・。 中に変なものがあるぞ・・・」
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 どうも仏像のようなものが見えます。 更に入って行くと・・・。
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 これは明らかに後で作ったラオ人のための仏像ですね・・・・。
 「そうか、古代遺跡の中に、後で部落のラオ人が仏像を安置して、山寺としてお祈りしたのか・・・」
 遺跡を破壊してしまわなかったのは、仏教徒のラオ人の優しさかも。

 建物の後ろに廻ると、こんな感じです。
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 もう半分は崩壊しています。 屋根の部分はありませんね・・・。

 この建物の左右は広い平らな平地になっていて、ラオ人が作った休憩所みたいなものが。
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 「この平らな部分にも、昔は建物があったはず。 掘ってみると面白いだろうな・・・・」
 ちなみに、アンコールワットの本殿はこんな格好をしてましたね。
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 このイメージから想像して、ワット・プーにも、左右に建物が存在した可能性は大と思いますが・・・。

 しかし、どうしてワット・プーを支えた勢力はいなくなってしまったのだろう・・・・。
 ラオ人がこの地を浸食した結果だろうが、単純にそれだけだろうか・・・。
 いやいや、このワット・プーのイメージはアンコールワットより少し素朴。
 ひょっとして、クメールはこの場所からアンコールワットのあるシェムリアップに移動した?

 「うーん、クメール遺跡というと、みんなワーとアンコールワットにばかり注目するけれど、ひょっとしたらこのワット・プーの方がクメールの初期の重要な遺跡の可能性があるかも・・・・」

 私の探訪癖に拍車がかかりますね・・・。


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by takeshi_kanazaw | 2018-03-16 08:41 | ラオスの旅 | Comments(6)
 ラオスの旅の4日目、南ラオスのパクセーからバスでエンコラと田舎道を。
 世界遺産の ワット・プー を見にやって来ましたが・・・。

 ワットというのは、確か寺という意味でしたね・・・。 プーというのは山という意味だそうです。
 ということは ワット・プー というのは、山寺? まー、見ないうちに変な予見はなしにして・・・。

 遺跡の前には何やら地図が。
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 右に流れるのはメコン川、左に小高い山がある地形ですね。 その山裾にあるのがワット・プーらしい。
 現在は殆ど町などない田舎ですが、昔はおそらくメコン川の川べりに大きな町があったに違いない。
 そう思える地形ですね・・・。 全くの自分の勝手な想像ですが・・・。

 遺跡全体の図らしきものが。
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 「あれ? 山寺という感じじゃないぞ。 これは相当大がかりな施設の跡のような気がする」
 この間、ガイドのT君が説明をしてくれていたようですが、私は殆どタバコばかり吸って聞いていない。

 ワット・プー が見えてきました。
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 「ウム? これは・・・。 どうもお寺じゃないような・・・。 なんだか王宮か宮殿風に感じる・・」
 中央とおぼしき道がかなり長い。 それもチャンとした直線で、スッキリと山に向かっている。
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 どう見てもお寺の参道風ではない。 整いすぎている。
 その周囲に変なものがゴロゴロしていました。
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 「これは遺跡の一部じゃないの? 龍の像だから、何か建物の一部だったような気がするが・・・」
 このワット・プーという遺跡は、どうも整備された遺跡じゃなくて、いわく因縁のありそうな・・・。

 やっと山裾に到着しましたが、それからが大変。
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 石段の始まりです。 最初の石段は登るのが禁止みたいで回り道。
 上から来た道を振り返ると、かなり大規模で整った構えを持った遺跡跡であることが判ります。
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 両脇の木はプリメイラ、花はまだ咲いていない。 遠くに見えるのは大きな池です。

 ここからの階段は、石が浪うって、意図的に登りに難くしてある石の階段に見えます。
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 「これはお寺の階段じゃないや。 むしろ登ってくる人を制限する意図で作られている」
 フーフー言いながら、やっと少し開けた場所に。 上からの展望で、遺跡の全容が少し見渡せます。
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 「これは宮殿跡だ! それもかなり大がかりな宮殿で、恐らく下に大きな町が広がっていたに違いない」
 それに道や階段の両脇は今は原っぱですが、昔は一杯建物があったような気がします。 
 根拠はなく、あくまでも私の直感です。

 そして振り返ると、本殿とおぼしき建物が。
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 ラオスの観光本などで写真が載っている、ワット・プー の本殿ですね・・・・。

 「待てよ、この建物の様式は何処かで見たような・・・・・」
 ルアンパパンで見てきたラオスのお寺の感覚と全く違う、別の文明の匂いがしますね・・・。

 気になると意外と凝るのが私の困った性格。 私の直感の赴くままに、ワット・プー の探訪開始です。


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by takeshi_kanazaw | 2018-03-15 08:04 | ラオスの旅 | Comments(5)

海外や国内の適当に撮った写真の記録


by takeshi_kanazaw