五丈原に立つ  三国志紀行22   7.17

 三国志の古戦場、 五丈原 にたどりつきました。

 この三国志の旅のハイライト、五丈原に立つ ことがこの旅の目的という、ツアーメンバーの方も多かったようです。
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1800年前、この地で、蜀の孔明と魏の仲達の 五丈原の戦いがあったわけですね。 今は何もない小高い丘ですが・・・。

 「そうか、五丈原の眼の前に 渭水(いすい) が流れているのか・・・・」
 写真では見難いですが、平原の右の方に渭水が流れています。

 五丈原は、我々が9時間もかけて越えてきた 秦嶺山脈 が、渭水が流れる関中盆地に落ち込む場所にあるんですね・・・。広い草原だと思ってましたが・・・。

 「うーん、この場に立って、やっと五丈原の戦いの重要性が判ったわ。渭水の流れを制すれば、漢の古都 長安を制することが出来るじゃん!」 渭水を100キロ超下れば、長安です。

 渭水という川は長安には特別の川。西への旅人をこの渭水の畔で送る詩が有名。
 そんな話をしていると前に進みません。 とにかく五丈原は渭水を望む丘にあるんです。

 五丈原で我々を迎えてくれたのは、この可愛い女の子。
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 家族に連れられて来たのか、この土地の子供か・・・。 我々を覗き見る、あどけない顔がいいでしょう?

 五丈原には戦いの後を祭る お寺?のような建物が一杯ありました。
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 しかし、古今東西、古戦場というものは、ただただ、往時を偲ぶしかないもんですね。
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 現場に立って見て直感したのですが、孔明の度重なる北伐は少々無理がある。それは戦う兵士の食糧の確保です。 五丈原の戦いでは蜀は10万人の大軍と言われています。

 我々がバスで出発した 漢中盆地 は小江南と言われる豊かな場所で、蜀軍の兵站基地の能力があります。 しかし、あの秦嶺山脈を越えて食料を運ぶのは無理ですね。

 五丈原の戦いでは蜀軍と魏軍は100日も対峙していたそうです。 10万の兵の食料を100日も維持するのは並大抵じゃない。 私が魏の将軍だったら、絶対持久戦に持ち込みますね。 孔明の戦略なんて無視して、蜀軍の自滅を待ちますね。

 戦いの歴史は戦略と戦術の結果を賑やかに書いていますが、本当は兵士を食わせることが出来るかどうかの戦いではなかったんでしょうか。

 恐らく五丈原の付近は、蜀の兵士が食糧を得るために作った畑が広がっていたかも。
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今はただ白い花が咲く荒れ地が広がっていますが・・・。

 五丈原に夕闇が迫ってきそうです。
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 足早にその日の泊まりの西安へ向かいます。 
by takeshi_kanazaw | 2013-07-17 10:32 | 中国・三国志紀行 | Comments(0)

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