三峡起始点  三国志紀行 12   7.7

 荊州(けいしゅう)から宜昌(ぎしょう)へやってきました。

 宜昌は昔から、楚の国と巴の国(現在重慶市)の境の地、三峡の入り口の町です。
 「ここでは張飛の擂鼓台を見学します」 とガイドの劉さん。
 宜昌の街を素通りして、長江の見える高台へ。

 川(長江)が見える場所へエンコラ。 何やら中国らしい雰囲気の建物が。
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 「この先に張飛の擂鼓台がありますよ」 
 目の前が広がってきました。
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 眼下に見えたのが長江ですね。 手前の像がどうも張飛の像のようです。
 像の正面へ廻ってみました。
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 張飛さんが鼓を打っていますね。

 チョット補足説明。
 三国志演義では、張飛は無類の豪傑ですが、酒好きで乱暴者ということになっています。 しかし、張飛は肉屋さんでお金持ち、最初は劉備を金銭的にも支援していた人物らしい。
 蜀の国が成立以降、張飛はここ宜昌を守る太守となり、兵に鼓を打つ練習をさせて鼓舞したとか。 単なる乱暴者ではなかったようです。

 張飛の像のすぐそばに、何やら石柱が立っていました。
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 「そうなんだ、此処は三峡の入り口なんだ」 遠くに宜昌の船着き場に停泊しているクルーズ船が見えますね。

 宜昌から重慶の間にある 三峡。
 三峡のクルーズは世界的にも有名ですが、乗られた方も多いかと。
 
 この三峡クルーズ。ほぼ4~5日もかかる長旅です。 劉備が死んだ白帝城とか、三国志にも登場する遺跡があります。 今回はクルーズをせずに飛行機なんですが・・・。

 私も20年ぐらい前に、三峡ダムが出来る前にクルーズ船に乗りました。
 三峡というと、日本人は渓谷をイメージしますが、大河長江ですから、川幅が数百メーターから1キロと広くて、一見ゆったりと流れている感じでした。

 高台から上流をが望めます。 
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 「さー、それじゃ 蜀への古道風の道を歩いてバスまで帰りますか」
 蜀の国(現在四川省)は周囲を険しい山に囲まれていますから、 蜀への道は大変で、天に昇るより難しいなんて言葉があるくらいです。

 「えー? あんなところを下って行くの?」 
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 まー、崖をくり抜いた感じの道ですね。 後で対岸から撮った写真の方が判りやすいかも。
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 しかし、崖沿いの道も、歩いている時は見た目ほどではないんですね。
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 鬱蒼とした竹林が綺麗でしたね。
 場所によってはこんな所も。
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 実は蜀の周囲の古道は 北にも南にもあります。
 南はチベットへの茶古道、北の西安方面への古道は後日この旅でも通ります。

 「張飛の擂鼓台と言うより、三峡起始点という方がいいんじゃないかね」 と私。
 「でも、この旅の企画は 三国志の場所を訪ねるというのがテーマですから」 と添乗員のM嬢。えらく優等生的な意見ですな~・・・。

 さー、この旅も湖北省にオサラバして、宜昌から飛行機で四川省の成都へ飛ぶことに。
 ところがそう簡単に成都に行けないことになりまして・・・・

 
 その話は次回へ。
Commented by odamaki719 at 2013-07-07 10:27
おはようございます!
 1枚目がいい感じですね。
中国も樹木の緑が綺麗でいい風景になっていますね。
Commented by takeshi_kanazaw at 2013-07-07 17:58
そうですね、緑のある風景はいいですね。
しかし、 なかなかいい写真が撮れてませんね。
旅行中、時折一眼レフでトライしているんですが。
まー、旅行記ということで楽しんでください。
by takeshi_kanazaw | 2013-07-07 09:25 | 中国・三国志紀行 | Comments(2)

海外や国内の適当に撮った写真の記録


by takeshi_kanazaw