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 タイ追憶が続きます。 今回は コウモリ の話です。

 このタイ追憶の話で、ランパン(タイ北部、チェンマイの近く)で見た、ゲテモノの食べ物の話を載せました。
 その時に出場?したのが、 コウモリの干物。
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 中華料理では高級スープだし、タイ人は昔よくコウモリを食べていたという話を書きました。
 
 今回は食べるコウモリの話ではありません。

 「フルーツ コウモリ を見に行かない?」 と何時も行く旅行社の女社長。
 「タイでは昔は沢山コウモリがいたらしいんだけど、殆ど食べちゃったんでいないのよ。 フルーツばかり食べてるコウモリが、お寺の境内に残っているから、それを見に行きましょう」

 バンコクから東へ数十キロ、専用のバスに乗ったり、川を船で走ったり・・・。
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 やっと面会?出来たのが、このコウモリ。
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 金色のフサフサした毛が生えて、なかなか立派な?コウモリです。
 「このコウモリはお寺の境内に居たから助かったのね。 そうでないと食べられていたわね」 と女社長。

 彼女は少し大げさな説明をする癖があり、同行のコラート出身の助手のオバサンに聞くと、
 「私の小さい頃はコラートにも沢山コウモリがいたけど、全部食べちゃったわ」 とのこと。
 コラート出身のオバサンの云う事なら信用出来そう?

 お寺の境内の樹に、一杯のコウモリがいました。
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 タイの習慣はよく判りませんが、お寺の前の川や池には沢山の魚がいますが、その魚は釣ったり食べたりしませんね。 このコウモリもお寺の境内に住んでいたから助かったのかもしれません。

 やっぱりコウモリの話は、食べる話と連なってしまいますね・・・・。
 食べることから離れたコウモリの話を。 チョット昔の滞在時のタイの写真を探してみましょう。

 
# by takeshi_kanazaw | 2019-05-22 11:40 | タイ追憶 | Comments(0)
 前回はバンコクの運河の話が、テレビで放映されていたことを載せました。

 その記事を読まれたブロ友さんからのコメントを見ると、なかなか面白い。
 日本の方は異国情緒を感じられたようですが、まー当然と思います。 私もバンコクの運河は興味津々という感じで、特に最初に船で走った時は珍しさでビックリでしたね。 一方バンコクに住んでおられるブロともさんは、運河近くにいると落ち着くとのこと。私も長期滞在でバンコクのビル街に居ると、運河近くの方がいいな~と感じるようになって来ましたね・・・。

 「なんとなくバンコクの運河について、私の記事はどうも説明不足というか、足らない所があるような・・・」
 チョットそんな気分がしましたので、追加記事を載せることに。

 一般に運河と云うと、大地を掘って川の水を引いて水運に利用する というイメージがあります。 しかし、バンコクの運河というのは、全然違うような気がします。そもそもシッカリした大地なるものがなかったのではないかと思います。 私の勝手な推測かもしれませんが・・・・。

 さて、そんな話をしたいのですが、まずはテレビ放映の画像ですが、運河沿いに建っているお家。
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 こんなお家を一杯見ましたね・・・・。 なんとなく貧しそうな家と思われる方も。
 しかし、実態は全然違うんですね。 テレビではチャンと家の中まで写していました。 4LDKの立派なお家でした。この家には小舟が見当たりませんが、殆どの家には運河に小舟が繋いであります。
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 バンコクは熱いのですが、川風が吹く場所は涼しくて、私が住んでいた街中のアパートから見ると、この運河沿いの家は実に羨ましい。 なかなか判ってもらえないかもしれませんが・・・・。

 そして、次の映像とコメントが面白い。
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 <10分歩かないと大きな道路に出られない>
 ” なんて不便な所に住んでいるのか、可哀そう ” という感じが出ているのですが、この映像とコメントが一番の面白い所。 タイの人が見られたら、愉快だろうと思います。

 そもそも、最初は道路なんてなかったし、運河を船で移動するのが当然の世界だったのですから。 全て運河を主体に出来ていた社会が、道路が作られ、車社会へ変わっていったことで、 ” 大きな道路に出られない ” という話になった。

 まだあまりピンとこないかもしれませんね・・・・。

 実はバンコクという町はそう古い町ではなく、バンコク王朝が始まった18世紀頃から発展した町です。東京が江戸時代に出来た頃よりも新しい。 前の王朝のアユタヤはバンコクの北約60キロぐらいの所にありますが、その海抜は数メーター。 バンコクやアユタヤは大河チャオプラヤの川口に広がる、大きな河川平野にあります。 この平野には、全く山はないし、丘もありません。

 この河川平野というか、海と川の入り混じった場所というか・・・、 今でもそんな状況が見られます。
 バンコクの東20キロぐらいの小さな川の姿はこんな感じ。
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 逆にバンコクの西南50キロぐらいのシャム湾近くはこんな感じ。
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 このように、昔はきっと周囲は殆どマングローブの樹が生えている、川とも海とも判らないような、水と泥の交じった場所が広がっていたのではないでしょうか。 例えが変ですが、関東平野全部がマングローブの樹と水と泥の世界を想像してもらうといいかもしれません。 
 余談ですが、旅で訪れたバングラディッシュ。 現在でもガンジス川の河口付近は、数十キロの幅でマングローブの樹と泥に埋まっていまして、道路などはないし、土地と呼べるものはありませんでした。

 多分昔の面影を残しているのだと思いますが、バンコク近郊の田舎へ行くと、こんな風景が一杯です。
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 私が長期滞在中に住んでいた場所は、テレビで映った運河(タリンチャン地区)と反対のバンコクの中心地から10キロ東の住宅地でした。そのアパートの近くの情景はこんな姿でした。
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 運河の名残のような水路、細い道路。 テレビで映ったタリンチャンと似てると思いませんか?

 多分、いや恐らく、最初の頃はバンコクの町は、マングローブの生い茂る、水と泥の交じった場所に、運河を作り、その運河の傍に高床式の家を建て、運河を小舟で移動していたと思います。そう、タンチャリンの運河のある情景のような感じ。 そして、運河を作った泥で土地を作り、その上に寺院を立てたのではないかと。さすがにお寺さんはチャンと大地の上のしか建てられませんね。

 そして、バンコクがドンドンと近代化が進み、私の住んでいたアパートの前はもう大通りに変貌して、新しい空港への路に変わってしまいました。
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 多分、東京も大阪も、最初は大地を掘って運河を作り、その運河の傍に問屋の倉庫や店が出来たのではないでしょうか。 ただ東京も大阪も台地があって、チャンと畑も家も出来ましたが、バンコクは土地そのものをエンコラと作り上げたのではないかと推測しているのですが・・・・。

 バンコク運河の話、少々込み入った書き方をしてしまったかもしれませんが、どうも他の国の運河とは違うんですよね・・・。
# by takeshi_kanazaw | 2019-05-21 14:37 | タイ追憶 | Comments(4)
 タイ追憶、10~15年前に長期滞在したタイの思い出話ですが、ひょんなことから再開です。

 「アレ? このタイの運河の風景は見たことがあるぞ・・・。 確か運河を船で行った時に・・・・」
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 テレビ画像の写真ですが・・・・。

 NHKテレビで世界各国の運河の生活を写した過去のテレビ番組。 ロンドン、オランダ、タイの状況を編集したらしいのですが、一応ビデオを取って置いた。 そのタイ・バンコクの運河に現れた映像を見ていると、殆どが見たことがある映像の連続。

 「ちょっと待てよ、あの時に撮った写真が残っているはずだが・・・・」
 上のテレビの映像とほぼ同じ場所で撮った写真が出てきました。
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 この写真の右手を進むと、テレビが撮った映像のアングルになります。水の上に建つ電柱まで同じですね。

 テレビで取り上げられる海外の映像は、多くが世界遺産や有名な観光地の姿が中心です。 最近になって、街歩き なんて感じの庶民の生活に近い状況を伝える物が出てきましたが・・・。 この番組は15年ぐらい前のもので、ちょうど私がタイに長期滞在していた頃と一致してます。 だから電柱の位置まで一緒なんですね。
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 「確か俺たちが船で行った時は、お寺近くの水上マーケットに寄ったはずだが・・・・」
 テレビでもチャンンと水上マーケットが出てきました。
 「そうだそうだ、あの時に行った同じ場所だ!」
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 テレビ画像では、そのマーケットの名前まで出ますね。 私は・・・名前なんて記憶にない・・・。
 この同じ場所を撮った私の下手な写真は・・・・・、探すとチャンと残っていました。
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 しかし、私の写真は・・・下手ですね・・・・。

 だんだんとその時の記憶が甦ってきましたね。
 テレビではこの水上マーケットでは、船で押し寄せた住民が、観光客に食べ物を料理して食べさせる様が写っています。 水上屋台みたいな感じですね。 ところが、私たちバンコク滞在の日本人仲間達を案内した旅行社の女社長さん、こんな汚い場所で日本人に屋台の食事なんてさせられないという主義の人で・・・。

 私なんかはタイに滞在していた時は、毎日の昼ごはんは30バーツ(約100円)の屋台みたいな店で食べていた。 この水上マーケットの料理は私には高級料理だったのですがね・・・。 確か、この日は船に乗って別の場所の洒落たレストランに連れて行かれたような記憶が・・・・。

 話は変わりますが、先日受けた高齢者の認知症検査。 まだ記憶・認知に問題なし という結果でしたので、10年以上前の記憶を辿りながら、タイの思い出話を少し続けてもいいでしょう・・・。
# by takeshi_kanazaw | 2019-05-19 11:00 | タイ追憶 | Comments(6)

 テントウムシ見つけた

 もうとっくに春は過ぎ、スッカリ初夏の感じになってきました。

 我家の狭い庭は、ドンドンと雑草が増えてきます。
 最近多くくなってきたのは どうもアザミ系の葉っぱにギザギザのある草類。

 そのギザギザの葉っぱの中に、数ミリの変な物が取りついている・・・・。
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 テントウムシ? 背中に黒い点がありますから、やっぱりテントウムシでしょうか。
 点のようなものが7つあるから、ナナホシテントウムシ かもしれません。
 これは肉食でアブラムシなどを食べるらしい。

 その草の横に、綿毛のある茎が風にフラフラ。
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 タンポポの綿毛とはチョット違う感じ。 アザミ類も綿毛が出来るんでしょうか?

 「ワー、変な物が一杯茂って来たぞ・・・・」
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 ギザギザの葉っぱを持つ不気味な植物。
 一週間前は全然気づかなかったのに、アッという間に数十センチに成長。
 「これもアザミの一種じゃない? 」 と妻殿。

 綺麗な花を撮っておればいいのですが、どうも変な植物にばかり目が行くようです。
 「うーん、このままにしておくと、雑草に埋もれてしまいそうやな・・・・」

 夏になると、恐らくまだまだいろんな草が増えてきて、我家の ホッタラカシガルデン も雑草に埋もれてしまうことになりそうです。 そのうち妻殿の草刈指令が出て、棘とげの草を刈ることになりますね。
# by takeshi_kanazaw | 2019-05-18 12:52 | 我家探訪 | Comments(4)
 私は生まれつき 怠け者 なのであります。
 特に仕事を止めてからは、全く気が向くままの時間を過ごすのが大好きな 老人 というスタイル。
 生活するために働いている人も多いのに、年金者はもっと社会に感謝しろ! そうですね・・・、確かに。

 妻殿が知人から戴いた花が窓辺に飾ってあるのを、まさにボケーと見ている。
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 桜の時期も過ぎて、色んな花が一杯咲き初めたようですが、わざわざ撮りに行く気も起きない。
 庭に自分で花を植えたらどう?  ・・・・そんなメンドクサイことが出来るか!

 老人には、 教育・教養が必要なんだそうです。
 教育・・・・ 今日行くところがある。 教養・・・・・ 今日やるべき用事がある。
 私は教育・教養はないですね。 よく言われるボケ防止なんて大嫌い。 社会貢献活動なんて出来る人間じゃないし、地域の人と交流なんてメンドクサイことは苦手。 そういえば、毎年のように出かけていた海外旅行も、禁煙ホテルが多くなったので、それに腹を立てて行かなくなった・・・・。ボケに向かってまっしぐら?


 最近老人が起こす痛ましい自動車事故のニュースが多いですね・・・。
 これはイケマセンね・・・。 ボケるのは勝手だけれど、交通事故で人に迷惑を掛けるのはダメですね。
 
 ところで、75歳になると、高齢者のドライバーにお国が強制的に認知機能検査なるものをやる。 この話は既にこのブログで載せたのですが、先日その結果が郵送されてきました。

 「うん? 96点???。 オカシイな・・・、70点ぐらいだろうと思ったのに・・・・」
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 自分の点が把握できないというのは、そもそもボケの始まりだと思うけど・・・・。

 車の運転は認知機能だけじゃなくて、運動神経の衰えも重要だから、この検査はそんなに有効かどうか判らないですね。 まー、この認知機能検査結果、私は現在の所は 滅茶苦茶にボケてはいないですよ ぐらいなところでしょうか。 とにかく車の運転には注意しなきゃ・・・。

 老人大国日本。 いよいよ国も対策会議を始めたようです。
 昔は武士も町人も農民も、歳を取ると家督を譲って隠居したものです。 チャンと能力の衰えを考え、社会システムとして隠居するのが良いとしたのでしょうか。 最近は世の中が核家族化して隠居できなくなった老人が増え、オレおれ詐欺に引っかかったり、高齢ドライバー事故を起こしたり・・・。

 隠居制度。
 隠居すると財産管理は後継者に引き継がれますから、老人が詐欺に引っかかることもない。(生前の財産分与の税法改正が必要になりますが・・・)
 自動車の運転のような危険な行為は禁止。 高齢者ドライバー事故は起きない。
 その代り、隠居者の面倒は全て後継者が見るから、国の社会保障費は要らない。 

 我家は?  やっぱり核家族化して老人夫婦は隠居してませんね・・・・。 今の所、事件は起きていませんが、将来は判りませんね・・・。

 隠居制度、これが一番の老人対策かもしれません。
 まだ政界や実業界で 老害 をまき散らしている方も見られますし、そろそろ日本では再度、隠居制度 を復活?してはどうでしょうか。 隠居すると全権を後継者に譲り、その指示に従わねばなりませんから、老人は教育・教養より、隠居の心得を勉強しないといけないことになりますが。 もちろん後継者は隠居者に敬老精神で接してもらう必要もあります。

 老人大国日本、身近な重要課題には違いないですね・・・・。
# by takeshi_kanazaw | 2019-05-17 10:30 | 時事放談 | Comments(6)

海外や国内の適当に撮った写真の記録


by takeshi_kanazaw