武稜源の岩山見物に堪能した我々5人組(日本人4、中国人1)は、次の目的地の貴州省の凱理というミャオ族が多く住む地方に旅を進めます。

「この切符は中国人用の切符で、硬臥車の寝台だよ」と旅を企画したM氏。
「じゃー我々は中国語を喋らないといけないの?」
「まさか。たんに安く切符を買ったということさ」

 私は既に中国3千キロの列車の旅は経験しているし、昨年はチベットへの天空列車も乗っているので、硬臥車の寝台がどんなものかは予想がつく。
「俺は中国の寝台列車で眠れたためしがないよ。寝台の幅は狭いし、横に低いパイプの落下止めがあるだけだからなー」

 寝台列車の中では、この旅を企画したM氏はぐっすり。
 私は寝るのを諦めて、数時間ごとにデッキでタバコを吸っていました。
d0140806_22385916.jpg

 中国の寝台列車は登るのに一苦労。とにかく張家界から凱理の8時間を、寝台に上ったり、タバコを吸うために下ったりして過ごしました。

 NHKの「中国3万キロの列車の旅」をした関口智弘さんは苦労したろうね。なんてたって3ヶ月以上中国の列車に乗り尽くめだったんだから。私は一晩でも疲れましたね。
 これを読んでおられる方で、中国の列車の旅に興味のある方。出来れば寝台列車だけは止めたほうがいい。駅のベンチでも何処でも寝ることが出来る方は別ですが・・。
 そういえば、同行したM氏も何処でも眠れるタイプでしたね。

 午前4時30分、やっと目的地の凱理駅に到着。
 不自由な環境から開放されて、車掌の娘の顔が可愛く見えましたね。
d0140806_2244027.jpg

 駅はまったくの真夜中。
 ご承知のように中国は全て北京時間。凱理は北京の西1000キロ以上あるから、4時半といっても、実際は真夜中の3時ごろの感覚。
d0140806_2246203.jpg


「朝飯はどうするの?」
「さー、どうなってるのかなー・・・・」
 パックツアーと違って、スケジュール表などは存在しない。
「腹が減ったなー」
「真夜中に食堂なんて開いてないよ」

 そうするうちに同行した中国人のS君が、ちゃんと車を手配してくれました。
 そしてその運転手が真夜中の凱理の街を走り、明かりがついている飯屋を探してくれました。
「真夜中でもやってるところがあるんだ」
「日本でも、トラックの運転手やタクシーのために、夜中に営業してるところがあるさ」

 連れて行ってくれた店はまさに中国庶民の店。
 暗闇の中に一軒だけ煌々と明かりがついて、周囲は真っ暗。
「あの肉はなんだい?」 店の前に何か不思議な肉が並べてある。
「どうもいろんな内臓みたいだなー」
d0140806_2258016.jpg


 並べてあったどの肉が入っているのか、はたまた違うものが入っているのか。
 とにかく出された麺はちょうど”きしめん”みたいな感じ。
「辛いね。朝から辛いのはどうも・・・」
「貴陽はもっと辛いよ」と、昨年もこの地方にきたY氏が平気な顔をして食べる。
d0140806_2314224.jpg


 まー、タイで辛いのには慣れている私でしたが、夜行寝台で寝れずに、早朝から辛いのは少々堪えましたね。

 とにかく真夜中の朝食が終わって、凱理の街からミャオ族の暮らす山の中へと車を飛ばしました。ミャオ族の部落の話は次回ということに。
# by takeshi_kanazaw | 2008-05-24 02:21 | 中国貴州省 | Comments(0)
 夜行列車で着いた凱理の街から、朝霧の中をひたすらミャオ族の村へ。

 ミャオ族という呼び名は勝手に中国人がつけた名前らしく、いわゆる蔑名のようです。本当はどいういう名前なんでしょうか・・・。モン族という呼び方もあるらしいのですが、タイではまったく別の少数民族でモン族があったし・・・。
 まー、日本ではミャオ族が一般的なのでミャオ族でいきましょう。

 この種族はどうも紀元前から中国華南にいたらしくて、ご多分にもれず漢民族との抗争で現在の山岳地方に住居を移したようです。全体で8百万人ぐらい、貴州省にその半分が生活しているらしい。
 後で判ったのですが、ミャオ族の村といっても彼方此方に散在しているわけで、何と言っても数百万の民族なんですから、我々が訪れたのはホンの一部ということになります。

 とあるミャオ族の部落に着いたのは、やっと辺りが明るくなった頃。まだ朝霧で周囲の山は霞んでいました。
d0140806_2037394.jpg

 綺麗な川、そこに架かる橋、彼方に霞む山。
「静でいいところだなー」
d0140806_20385834.jpg

 あまりに早く着きすぎたので、部落の外れの高台でしばし時を過ごす。
d0140806_20402529.jpg

 そのうちに部落の住民が動き出しました。
 どの国でも農民の朝は早い。農家の主婦らしき人が何かを運んでいる。
d0140806_20423446.jpg

 部落のお店屋さんの娘も朝の身支度。
d0140806_20432396.jpg


 やっと周囲が明るくなり始めました。
 部落の中をプラプラと散策。何か日本の信濃の山里に居るような気分。
d0140806_20464781.jpg

d0140806_2047548.jpg

d0140806_2047367.jpg


「チョット待てよ。この風景は何処かで見たような・・・・」とM氏。
「そうだ! NHKの中国列車の旅3万キロで関口智弘が来たところと似てるぞ」
「そういえば、この川原でミャオ族のおじいさんと話していたんだ!」

 この発見は意外と面白い展開を見せます。
 部落の人が我々に何処から来たのかと問いかけられ、拙い中国語で「リーベン(日本)」と答えたら、部落の人は「ズーベンライダ」(日本来了だと思うけど・・・)

 テレビで関口さんが、ミャオ族のおじいさんと同じような会話をしたのを覚えていませんか?
 その時そのおじいさんがやっぱり「ズーベンライダ」と言ってましたね。
「やっぱり、ズーベンライダなんだ」
 結構我々もミーハー。

 この部落では住民の表情がとてもよかった。
 上の子が学校へ行ってしまって、遊び相手が居なくなった子供。
(学校が離れているためか、小学生は早朝に登校していた)
d0140806_2135273.jpg

 そのうち一段落すると、主婦達の道端会議が始まる。
d0140806_2144972.jpg

 水牛を連れて農作業に向うおじいさん。
d0140806_2154240.jpg


「日本の源風景みたいだなー」
「此処は日本人の源流だよ、きっと」とO氏。
「俺はミャオ族と同じように背が低いし、きっと俺の源流地だよ」と力説。
 確かに棚田に稲が栽培され、顔つきも何処か昔の日本人と似ている。
「漢民族に追われて、一部は日本へ、一部は此処に逃れたんだ」
 O氏の話はしばらく続き、この地の雰囲気は、彼の日本人の故郷説もあるかなーと思わせるような感じでした。
# by takeshi_kanazaw | 2008-05-24 01:18 | 中国貴州省 | Comments(0)
 ミャオ族の部落探訪はもう一箇所。

「こりゃなんだ!」
 小さな丘に一杯の家、家、家。
d0140806_22284649.jpg

 この風景は意外と有名らしい。
「此処は世界文化遺産に指定されていて、此処から見る景色がPRでよく使われます」とS君の説明。
「それにしても、変な部落だね」
d0140806_22312055.jpg

 その時はスッキリは晴れていなくて、どうも巧い写真が撮れなかった。残念!

 しかし、部落の中は世界遺産の指定の催しがあるために、文化遺産らしくないコンクリートなどの建物の取り壊し中でした。
「多分変な文化遺産が出来ちゃうんじゃないかなー・・・」

 そんな部落の喧騒の中で、子供は忘れられた存在みたい。
 汚れてしまった川べりで遊んでいました。
d0140806_2236268.jpg

d0140806_22364510.jpg


 ミャオ族の子供は何処か懐かしさを感じますね。
 昼ごはんを食べた民宿の家族は、我々の接待と子供の世話に追われてました。
d0140806_22391235.jpg

d0140806_22393023.jpg

d0140806_22394699.jpg


 この民宿での昼食はミャオ族の風習だからといって、駆けつけ三杯とばかり、最初に酒を飲まないと飯を食べられない。全員にもち米で作った結構強い酒が、大きな杯に並々と注がれる。
 同行の運ちゃんも平気で飲んでいる。
”大丈夫かな・・・・。酔っ払い運転じゃないか。いくら日本人の源流地かも知れないけど、此処で永眠するのはどうもなー”

「この運転手は酒に強いから大丈夫!」というS君の言葉で、山道を帰りました。
 道中は棚田が一杯。”耕して山頂に至る”という感じでしたね。
d0140806_224943100.jpg


 ミャオ族の部落を探訪してから、長距離バスで凱理から貴州省の省都である「貴陽市」へ。
 貴陽市は人口が350万人の大都会。ちっとも田舎じゃない。
 M氏の知人が出迎えてくれて、夜は宴会。そんなに大きな店ではなかったけれど、料理は私が食べた中国料理では第一級。やはり地元の人が選んだ店が一番ですね。
 宴会がおわると、「カラオケに行くぞ!」 とM氏とY氏が頑張っている。
”俺は昨夜の夜行列車でよく寝ていないんだけどなー”

 結局、日本の歌が殆どなくて、中国人の美声を聞くためのカラオケ大会になりました。
 M氏はカラオケ店のマネジャーを呼んで、もっと日本の歌を揃えるように指導?
 「貴州には日本人なんかこないぞ」と私。

 4泊5日の貴州省の旅はここ貴陽で終わりました。
 私にとってこの旅は、1990年代の中国旅行の雰囲気が味わえましたね。
 でも少々お疲れの旅でした。
# by takeshi_kanazaw | 2008-05-23 23:12 | 中国貴州省 | Comments(0)

鶴舞公園のバラ

 先日鶴舞公園のバラが綺麗だったけれど、陽光が強くて上手く撮れなかった。
 雨上がりなら下手な私でも何とかなるかも、と再度の挑戦。

 公園は一杯の人、人、ひと。結構世の中にはカメラ好きは多いんですねー。
 私の再チャレンジの写真はどうでしょうかねー・・・・。

 
d0140806_21581123.jpg

d0140806_21582889.jpg

d0140806_2158457.jpg

 バラを拡大すると、チョット植物図鑑みたいですが。
d0140806_21595650.jpg

d0140806_220152.jpg

d0140806_2203265.jpg

d0140806_220466.jpg

d0140806_221025.jpg
d0140806_222338.jpg


 ついでに雨上がりの公園を散策。
 これは我妻殿は「こでまり」だと言うのですが・・・。
 
d0140806_2242482.jpg

 これはあやめ? かきつばた?
d0140806_2244588.jpg


 面白い画像だとは思いますが、蜘蛛の糸に水滴が光っていました。
d0140806_225337.jpg

d0140806_2254878.jpg

d0140806_226554.jpg


 今回はまさに「写録番外編」らしく、写真を載せました。
 次回は??
# by takeshi_kanazaw | 2008-05-11 22:10 | 花撮り等 | Comments(0)

この花は?

 連休が過ぎて、気がつくと桜は既に濃い緑色になっています。
 もう初夏の雰囲気ですね。
 なんとなく慌しく季節が移り変わっていきます。

 この時期名古屋市内の鶴舞公園はバラが綺麗に咲いています。
 バラっていうのは一般的には5月に咲くの? よく判りません。
 花音痴という言葉があるかどうか知りませんが、花のことはサッパリ。

 そんな私が写真を撮ると、何でもかんでもシャッターを押して、後で自分が撮った花はいったいなんと言う花?ということになります。
 花クイズではありませんが、何時も我妻殿に見せて聞かないと名前がわかりません。

 このは「ナンジャモンジャ」と言うらしいのですが、変な名前。
 実物は新緑の中に、真っ白な花がで印象的だったですよ。
d0140806_9362192.jpg

 少し拡大してみると、花弁が長くて小さな布切れみたいです。
 それにしても、どうして「ナンジャモンジャ」という名前なんでしょうね・・・。
d0140806_9391293.jpg

d0140806_9393297.jpg


 「いずれがアヤメかカキツバタ・・・・」 といわれますが・・・・・。
 この季節になると、何時もこの言葉を思い出します。
 さてさて、下の花はどちらなのか・・・。
d0140806_9442539.jpg

d0140806_9444347.jpg


 結局撮ろうと思ったバラは、日光が強すぎて上手く撮れませんでした。
 バラは目には鮮やかで綺麗だったのですがね・・・・・。

  
# by takeshi_kanazaw | 2008-05-10 09:49 | 花撮り等 | Comments(2)

海外や国内の適当に撮った写真の記録


by takeshi_kanazaw