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 「ちょっとヨーロッパに行ってみるか」
 
 特に何処を見たいとか、何をしたいということはないのですが、しばらくアジアを廻ることが多くて、ヨーロッパはご無沙汰でした。
 イタリアやスペイン、東欧へ行ったのは10年近く前だったかも・・・。とにかくヨーロッパは遠くて飛行時間が長い(禁煙時間が長いことになる)し、旅行代金が高い。どうしても億劫になっていました。
 
 私の海外旅行は殆どがパック旅行に乗るだけ。お金を振り込み、集合時間に空港へ行けば、後は金魚のフンみたいに添乗員の後をついて行けばいい。こんなに楽な旅行はない。自分で計画を立てるのは至難の業だし、現地でもスケジュールどおりいくとは限らないし。パック旅行大好き!

 3月末ごろか4月初旬に新聞広告。「ヨーロッパ3カ国で20万円!」
 「よし、久し振りにヨーロッパへ行くか」 中味の確認もいい加減のまま、電話で申し込み。

 フランスースイスー南ドイツを1週間でぐるりと回るツアーでした。
 下の地図の黒丸で囲んだ場所へ行きましたが、毎日バスで5百キロ前後を走り抜けるまさに「駆け足旅」でした。
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 パリから400キロ離れたノルマンディの先へ往復、パリからジュネーブまで列車、スイスで登山電車に乗った後、南ドイツへ。スイス国境からロマンチック街道を北上というコースでした。

 本当は一カ国をじっくり回る方がいいのですが、値段が安くて色々の場所を見るスタイルの方が人気があるようです。

 現在は帰国後まだ時差ボケ状態です。これから、少しずつ撮った写真を整理しながら「ヨーロッパ駆け足旅」のブログを続けていきます。
by takeshi_kanazaw | 2009-05-21 19:20 | 西欧旅行記 | Comments(0)
 パリに着いた翌日は、スグにノルマンディ地方へバスの長旅。片道370キロと半端じゃない。
 ちなみに、ノルマンディという名前は、昔この地域にノールウエイのバイキングが大勢きて、一時国を作った経緯がある。

 「どうしてそんなに時間をかけて行くんだい? 何があるの?」 と私。
 「モン・サン=ミッシェルですよ、モン・サン=ミッシェル!」と添乗員。
 「そのモンサン…というのは何んなの?」
 添乗員はあきれ顔で、
 「世界遺産の修道院で、最近の凄い人気スポットですよ!」
 「フーン・・・」 何か私はいけない質問をしてしまったようです。

 パリから大型の観光バスでノルマンディ高速道路をひたすら西北西へ。
 ノルマンディ地方は第二次世界大戦で連合軍が上陸作戦を展開した場所ですが、モンサンミッシェルは上陸作戦の場所より半島をはさんで南側にある。

 「フランスは農業大国だね~」
 道の両側は畑が広がっています。車中撮影が多いので、あまりいい写真はありませんが・・。
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 飛行機から見た風景も、道路から見た風景も畑ばかり。それもかなり手入れがきっちりされた畑ばかりで、フランスが農業大国だと実感されましたね。

 ゆうに5時間近くバスに乗ったでしょうか。
 「そろそろモンサンミッシェルが見え始めましたよ」
 遠くに何やら建物がうっすらと見えます。
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 「この地方では高い建物は禁止です。遠くからでもモンサンミッシェルが見えるように」
 
 近くの民家風のレストランで昼飯。少しゆっくりとモンサンミッシェルを写してみました。
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 「そう言えば何処かでこの城の写真を見たような気がするな~」
 「有名なんですよ、ここは。シーズンになると凄い観光客でいっぱいになりますよ」

 周囲はのどかな農村地帯が広がっています。サイクリングのオジサン達も・・・。
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 「モンサンミッシェルは昔は島だったんですよ。それに道路をつけたので、誰でも行かれるようになった。」
 近くにいい撮影ポイントがあるというので、バスを違法駐車?
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 「確かにこの写真は見たことがあるわ」
 どうも今回の旅では、撮影ポイントで「撮らされる」写真が多くなりましたが・・・。

 「そうだね、この風景を見に400キロも走ってきたわけか・・・・・」
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 近くに行くと、かなり大きな砦みたいな感じですね。
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 「この建物は11世紀に5キロ離れた修道院の人にお告げがあって、この島に修道院を建てよということで始まり、多くの巡礼者が訪れるように・・・・」
 まー、詳しい話は書くとキリがありません。

 「さー、修道院の中に入りますよ」
 中の様子は次回ということに・・・・。
 
by takeshi_kanazaw | 2009-05-20 03:34 | 西欧旅行記 | Comments(2)
 モンサンミッシェルの修道院はまるでお城のようです。

 この修道院が建てられたのは11世紀。中世ですよね。日本で言えば平安時代。
 建物は大きな石で組まれた城壁で囲われて、まるで中世のお城のようです。
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 入口には大きなつり橋が残っていました。
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 「こりゃお城だね、中世の城みたいだよ」と私。
 「英仏戦争など多くの戦乱がありましたからね・・・」と添乗員。
 ちなみに今回のパック旅行の添乗員は、背の高い美人。なかなかの教養人。

 この島の中には小さな部落があります。殆ど土産物を売るお店で埋まっています。
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 さてさて、修道院の中ですが、意外と?その形が古いのです。厚い石の壁、小さな窓、全然きらびやかさがない。
 「この形式をロマネスクといいます」と添乗員。
 確かに塔が高いバロックや、装飾に飾られたロココ様式とは大分異なります。
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 「天井が面白いね。まるで船の底みたいだね」
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 「そうなんです。これはノルマン人バイキングの造船技術の応用ですね」

 この修道院にはチョット変わった場所があります。中央に中庭があるんですね。
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 この中庭の様子を見て、どこかで見た風景だと思われませんか?
 そうなんです。スペインでよく見られるイスラムの様式ですよね。
 11世紀のスペインは殆どがイスラムの世界で、中世ヨーロッパより進んだ先進地域。
 その様式が入っていても不思議じゃないですよね。
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 我々はヨーロッパのお城というと、中央ヨーロッパのゴツゴツしたゴシック様式や、パリやウイーンの華やかなロココ様式をイメージしますが、中世も11世紀は案外素朴な感じだったのですね。伝統のローマ時代の建築方や、他の技法を取り入れて建築されていたんですね。

 この修道院は海の中に建てられています。
 周囲には砂浜が広がり、なんとものどかな状況です。
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 しかし、この砂浜が大きな問題なんだそうです。
 もともとは海の中にあったのですが、後に道路を作って修道院へ車で行けるようにしたらしい。便利になったのはいいのですが、海流の流れを遮ったためにドンドン砂が溜まって、陸続きのようになってしまった。このままいくと、海上の修道院じゃなくて原っぱに立つ修道院になってしまう。

 「フランス政府は道路を取り除いて橋を作り、海流を流したいらしいのですが、地元の反対が多くて工事は中断しています」と添乗員。
 そう言えば新たに出来た原っぱには多くの羊が放牧されていましたね・・・・。

 モンサンミッシェルの観光の後は、また5時間ぐらい高速道路走ってパリに帰ります。
by takeshi_kanazaw | 2009-05-18 11:03 | 西欧旅行記 | Comments(0)
 モンサンミッシェルからパリへ。

 私はこれまでパリに来たことがない。
 これまで西洋史によく出てくるし、映画や音楽、ファッション、芸術、料理などなど、パリは花の都なんだそうですが、どうも私の肌に合わないというか・・・・。
 特に興味もなかったし、どうしても行きたいという気もなし。
 
 「これが有名な××で、あそこに見えるのがご承知の〇〇で、・・・・」
 ところが私には素直に耳に入ってこない。
 「そう? 有名なの? 何で?」

 少々私は天邪鬼なのですが、あんまり世間で言われる評価は信じない。自分の目で見た感じを優先するので、パリ通の方からは怒られそうですが・・・。
 
 「パリって凄い車渋滞の街だね」
 これが私の第一印象。
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 そもそもパリに限らずヨーロッパの多くの町は外壁に守られた構造。その構造が町の発展に従って足かせになっているようです。ウイーンもそうでしたが、外壁を取っ払って環状道路にしたのですが、それでも車の増加に追いつかない。

 「パリって古い建物ばかりだね」
 これが私の第二印象。
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 現在のパリの街の形が出来たのは、確かナポレオン三世の頃の都市改造。放射線の道路、高さがそろった建物、それはそれなりに美しいのですが・・・。
 凱旋門の近くの道路は、これで商業活動が出来るかな~という感じ。
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 パリの町は確かに街の外観は整っていますが、ほぼ150年前の状態を維持しているというのはどうなんでしょうか。日本で言えば幕末の町をそのまま残して生活しているということになりますが・・・。

 イタリアに行った時にも感じたのですが、確かにヨーロッパの町は建物の高さや外観が統一されて綺麗ですが、それがそんなに素晴らしいことなのかどうか? 
 街の美観を研究している方からはお叱りを受けそうですが、古いアパルトメントに住んで、車の駐車に苦労して、自由に住居が建てられない世界は厭ですね。

 せっかくパリに来たのですから、少しはパリのいいところも・・・・。
 よく知らなかったのですが、凱旋門からシャンゼリゼ通りを下って行くところはいいですね。
 プラーと道端のカフェでお茶を飲むのに適していますね。

 シャンゼリゼ通りの有名ブランド店は全く興味がありませんが、そんなに看板やネオンがないので、散歩するにはいいところです。

 セーヌ川は取り立ててどういう川ではないですが、遊覧船の明かりがチョットよかったかな。
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 それからエッフェル塔。エッフェル塔はパリにはマッチしないかもね。
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 あー、そうそう。ディナーにはエスカルゴも出ましたよ。
 別に普通の貝と同じような味でしたが・・・・。
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 パリに憧れを持った方やパリ好きな方には、なんとも味気ないコメントばかりですみません。
 この街は一か月ぐらいノンビリ住んでみないと良さが判らないのかも知れませんね。

 パリでちょっと気になることがありました。
 パリは凄い移民の街ですね。アフリカ系、スラブ系の人がやたら多い。
 街の道路清掃員は殆ど移民系の人だし、食堂の店員、バスの運転手などなど・・・。

 「純粋のフランス人は文句ばっかりで働かない。移民の人の方が親切ですよ」と添乗員。
 ヨーロッパはEUの発足で経済活動の交流が進んでいますが、おのずと人の交流も進みます。
 「EUの拡大は新しい民族大移動になるな、きっと」 と私。
 そんな大きな流れの中で、パリは移民と車渋滞の中に埋没していくかも知れませんね。
by takeshi_kanazaw | 2009-05-17 15:17 | 西欧旅行記 | Comments(2)
 有名な?ベルサイユ宮殿がパリの何処にあるのか知りませんでした。

 10年前にウイーンに行った時に、何やら宮殿(多分シエンプール宮殿)がパリのベルサイユ宮殿を真似たものだという説明があり、それなら本家も訪ねなくちゃとオプションツアーで行きました。

 前のブログでさんざんパリの悪口?を書きましたが、パリの郊外の森は悪くないですね。
 昔の王様の狩り場らしいのですが深い緑が残っていて、ベルサイユ宮殿はそのパリ郊外にありました。

 ベルサイユ宮殿は早朝から見物人でごったかえしていましたね。
 「うーん・・・。えらい金ぴかやなー、まるで成金趣味やないか」
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 宮殿の中は人、人、人。
 礼拝堂の入り口には写真を撮る人が一杯。(この宮殿内はフラッシュさえ使わなければ撮影はOK)
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 「なんかごてごてした絵が多いな。まるで厚化粧の中年女性みたいやな~」
 変な表現で申し訳ありませんが、美的感覚が違うというか・・・・・。

 どの部屋も同じような絵の氾濫でしたね。
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 これは「ロココ調」の絵画なんですが、要するに王様や宮廷の人がいわゆる宮廷画家に描かせたものでしょうね。ルイ15世の妾が宮廷のマドンナになってる頃が「ロココ」の最盛期らしい。
 下は鏡の間ですね。
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 「何でこんなもん作らないかんの? 王さんや妾の趣味かいな」

 ご承知のようにルイ14世は「太陽王」といわれ、王権神授説を唱えたご仁。
 どうもベルサイユ宮殿は、王様のための道楽ですね。愚行ですね。

 ところがこの愚行が旧跡として残って、観光客を集めて金を稼ぐのは皮肉ですね。インドのタージマハルも王様の嫁さんのために作った墓だし、多くの遺跡は決して庶民のためのものではない。この辺が面白いといえば面白い。だいたい芸術なんてものはそんなもんかも。パトロンが必要なんでしょうね。

 宮殿の外には広い庭(と言っても雨でよく見えない)
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 「これがベルサイユ宮殿ですか・・・・。確かにウイーンの宮殿と雰囲気はよく似てるわ」

 この宮殿が建てられた後、ルイ16世と妻のマリーアントアネットはフランス革命でギロチンにかけられるのですが、「皆から金を絞り取って宮殿で喜んでいたんだから、しょうがないわさ」という感じですかね。
 確かタージマハルを作った王様は浪費がたたって息子に幽閉されるし、ウイーンのハプスブルグ家もその後は転落の一途でしたね。

 最近観光で立派な宮殿を見て思うのですが、「ロイヤルっていったい何なの?」 「どうして庶民は王様を欲しがるの?」 と不思議な感じがします。

 ご存じのようにフランス革命は「自由、博愛、平等」をうたい文句に王政を倒すのですが、実際は庶民の暴力と略奪の嵐だったのかも知れません。そしてフランスはまた王政へ。

 ロココのあでやかな絵画を見ながら、変なことばかり考えてました。
 多分フランス文化を愛する人には「素人は黙ってろ!」と言われそうですが・・・。
by takeshi_kanazaw | 2009-05-16 00:26 | 西欧旅行記 | Comments(4)
 パリからスイスのジュネーブまでTGV(フランス新幹線)で移動。
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 TGVは日本の新幹線より少し小型ですね。速度はほぼおなじですかね~。
 ただ、結構山の中をエンコラと走りますので、イメージとしては従来線と新幹線の中間ぐらいの感じがする電車ですね。

 「ジュネーブはスイスですから、パスポートの提示が必要です」
 「そうか、スイスはEUに入ってないんだった」

 多分国際列車なので、列車の中でパスポートチェックをすると思ったのですが・・・。
 「ジュネーブのプラットホームの場所はフランス領で、改札口の入口部分からスイス領なんです。ジュネーブ空港も滑走路の半分以上がフランス領です」と添乗員。

 ジュネーブでは駅を通過するときにパスポートを手に持つだけで、チェックなし。
 「ジュネーブはまるでフランスの一都市みたいな感じだね・・・・」

 ご承知のようにスイスはドイツ語圏とフランス語圏、イタリア語圏の3つにわかれる。上流のスイス人は3つの言葉を覚えるし、加えて英語も上手いらしい。 

 「スイスって変な国だね~。スイス語はないんだ」
 「スイスはヨーロッパの十字路みたいな国ですから・・・・」

 ジュネーブは各国際機関が多い町ですが、レマン湖に面した高級保養地ですね。
 レマン湖の南側はフランス、北側はスイスですが、見たところ一体化した感じです。
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 スイスには結構湖が多くて、特にレマン湖は気候も温暖で金持ちが集まっています。

 「これからバスでフランス領のシャモニーまで行きますよ」
 シャモニーはフランスとイタリア国境にあるアルプス最高峰(4,807メーター)「モンブラン」への北の入り口に当たります。

 ジュネーブから一時間ぐらい行ったでしょうか、目の前にアルプスの山が見えてきます。
 「今日はモンブランの頂上付近が雲の中ですね・・・・・・」
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 ドンドンとモンブランの麓に入って行くと、シャモニーの町へ入って行きます。
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 「いいとこだね、シャモニーは。日本で言えば上高地かな、いやそれより少しスケールが大きいね」
 「ここからロープウエイで登れば、モンブランが一望できる展望台へ行けますが、今回は時間の関係で行けません」
 「なーんだ、行かないのか・・・・」
 多分行ったとしても霧の中で何も見えなかったと思いますが・・・・。

 少々びっくりしたのは、なんとモンブランから流れ出した「氷河」がシャモニーの町の近くまで来ていることです。町の中から氷河が見えるのは経験がありませんでした。
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 ホテルの自分の部屋から、モンブランの前山みたいな切り立った峰が見えました。
 のんびりとタバコを吸いながら、ゆっくりとした時間が過ごせました。
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 「やっぱりアルプスはいいね~。これで温泉があればなおいいけど・・・」
 「次回は奥さんとゆっくりこられては如何ですか?」

 そうでした、今回のパック旅行も何時ものパターンで一人旅なんです。
by takeshi_kanazaw | 2009-05-15 17:59 | 西欧旅行記 | Comments(2)
 旅も4日目に入りました。
 この旅はまさに駆け足旅で、その日はモンブランの麓のシャモニーからマッターホルンの麓のツエルマットまで走り、標高3千以上の展望台でマッターホルンを見る予定。

 スイスはアルプスの真っただ中の国ですので、多くの山の観光スポットがあるようです。
 すでにスイスに来られた方はご存じでしょうが、私は全体がさっぱり判らなかった。

 「山好きのオヤジの喫茶店の名前が、マッターホルンだったり、ユングフラウだったり、アイガーだったり。そう言えば喫茶店以外にもいろんなところでスイスアルプスゆかりの名前が氾濫しているな~」

 スイスは九州ほどの面積の小さな国です。
 南側のイタリア国境にマッターホルンがあり(今回その麓に行きました)、スイスの中央部分にユングフラウやアイガーのベルナオーバーランド(今回は行けません)という観光スポットがあります。それぞれ、登山電車が走り、雪が解ければハイキングができます。この2か所が代表的な観光地です。

 スイスの北側はドイツのバイエルン地方へとそんなに高い山もなく連なり(今回のコース)、東はオーストリアのチロル地方が隣り合わせです。 南側は中央はコモ(コモ湖)東はサンモリッツを経てイタリアへ。
 全体のイメージはつかめました?
 やっぱりスイスへ来てみないとイメージが判らないでしょうね~。

 シャモニーからツエルマットまでの道は意外と道は良くて、一部は高速道路。
 とはいえアルプスの国ですから、いろんな山国の風景が・・・。
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 多分スイスは中世から結構戦争もあったらしく、砦も多いですね。
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 斜面にあるのはブドウ畑ですかね~。スイスの葡萄酒は生産量が限られるので高いのだそうです。味のほうはサッパリ判りません。私はアルコールは全然ですから。

 ツエルマットへはガソリン車は近寄れません。
 途中のティッシュという町でバスを下ろされ、電車に乗り換えです。
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 僅か10分ぐらいの短い時間ですが、結構おしゃれな電車ですね。

 電車がツエルマットの町に着きました。
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 この町はマッターホルン登山の入り口みたいなものですが、移動手段は馬車か電気自動車。
 結構大きな町でしたね。まだシーズン前なのに結構な人でした。

 ここから登山電車に乗って、いよいよマッターホルンを見に行くことになります。
by takeshi_kanazaw | 2009-05-14 23:48 | 西欧旅行記 | Comments(0)
 麓のツエルマットに登山電車が入ってきました。
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 電車の乗り場には、真夏のマッターホルンが綺麗に見えてるツアー案内が・・・・。
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 「電車は向かって右側が景色がいいですよ。皆さん右側ですよ!」と添乗員。
 日本人は小走りにホームを走って、競って座席確保へ。

 登山電車は約50分で終点の展望台に着きますが、結構断崖絶壁の側や厳しい条件の中を入って行きます。スピードは時速十数キロですが、私は高所恐怖症なので・・・・。

 出発してすぐにツエルマットの町が展望できます。線路の下はすぐ崖です。
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 トンネルがあったり、崖の中を走っていくと、10分後ぐらいに雪山が一面に広がってきます。
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 標高2千メーター以上はまだ深い雪の中ですね。
 登山電車は結構力強く走ってていますが、何かあると一変に谷底です。
 どうもレールの上を走るというより、中央の歯車をかみ合わせて登っているようです。
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 途中で5か所ぐらい停留所がありました。ハイキングの時は夫々の駅に乗り降りしながらハイキングをするのが一般的のようです。
 「今年の冬は雪が多かったから、ハイキングは7月にならないと無理だわね~」と添乗員。
 もし、スイスのハイキングを計画の方は渡航時期に要注意ですよ。

 さてさて、登山電車の終点に到着。恐らく標高は3千数百メーター。
 当日は風もなく、時折日が差す、マーマーの日よりだったのですが・・・・。
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 「マッターホルンは何処? ちゃんと見えるの?」
 乗客の殆どの関心はマッターホルンが見えるかどうかです。あの特徴的な姿は見違えるはずはありませんから、すぐにその方向に目をやります。
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 「あー、頂上は雲がかかっている!」
 日本の山でもそうですが、4千メーターの山がそんなに簡単に見られることは少ない。
 それでも此処まで上がってきたから、何とか見たいというのが人情。
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 「やっぱり山は真夏か冬だよなー。春は無理だよ、見えないよ」
 「じゃー、真夏か冬にまた来るかい?」
 「でもな~、必ず見えるとは限らないからな~・・・・」

 展望台にはレストランもあって、昼ごはんを食べてから周囲の散策。
 展望台の下に綺麗な泉が点在。きっと温泉みたいなものが湧き出てるのでしょう。
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 エメラルド色の綺麗な泉でしたね。

 奇跡的に雲が晴れないかな~  展望台から少し登って見たのですが・・・
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 「そろそろ下山の時間ですよ!」と添乗員の声がかかります。
 「どうもダメだったな~、マッターホルンの雄姿は見られずだな」
 登山電車は30分ぐらいの間隔で運転されていますが、多分下山の時間を延ばしても頂上の雲は無くならなかったでしょうね・・・。 仕方なく登山電車に乗って下山ということに。
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by takeshi_kanazaw | 2009-05-13 21:07 | 西欧旅行記 | Comments(2)
 「どうも峠が閉まってるみたいです」

 スイスはアルプスを越える道はどうしても峠になります。まだ高い峠には雪があり、天候によって道路事情が悪くなり、通れなくなることがしばしばとか。

 我らのバスの運転手は全然動じる風がない。スイス南部のツエルマットから、なんとレマン湖の北側を通る大迂回の道を選択。時計回りにチューリッヒまでほぼスイスを半周することになる。

 ところがこの道の大部分が高速道路。スイスイとわき目も振らずに走ってしまいました。
 再びレマン湖を見て、首都のベルンを通り、ひたすらチューリッヒへ。
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 「いい景色なんだけどな~。スイスの高原の風景がいいな~」
 「ベルンの近くには、小説のアルプスの少女”ハイジ”の場所とされるところがあります」と添乗員。
 中年女性の作者が、友人の山里を訪ねた時に着想したそうです。ちなみに映画はイタリア側のアルプス高原で撮影されたとか。スイスに限らず、フランス、イタリア、オーストリア、ドイツとアルプスを取り巻く国には同じような情景が存在するみたいです。
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 「アルプスハイキングがあるんだから、ハイジの里を訪ねるツアーがあるかもな~」

 チューリッヒに着いたのは夜の8時過ぎ。ヨーロッパは夏時間なのでまだ薄明るい。
 チューリッヒはスイスの経済の中心で人口110万の大都会。使う言葉はドイツ語で、人間も背の高いゲルマン系が一杯。
 交通渋滞の中ににわか雨。何となく印象が残らなかった町でした。
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 翌日はスイスのチューリッヒを出発し、オーストリアに入り、チロルを横断して南ドイツに。
 一応国境はあるのですが、まるで州を越えてる感覚でした。

 南ドイツはバイエルン州。州都はビールで有名なミッフェン。
 そのバイエルン州の南端の町、フッセンへ。このフッセンは有名な「ロマンチック街道」の終着点。我々は南から北へのコースとなります。

 「第二次大戦後、大臣が観光復活のために、従来の道にカッコいい名前を付けてPRしたところ、これが馬鹿受け。最近では静かな農村に大型観光バスを入れないところが続出」と添乗員。
 日本でも何々街道と名前をつけるのがはやってますよね。ドイツは少々歴史もありスケールが大きい。ロマンチック街道は全長約250キロ。他にも古城街道やいろいろあり。

 そのロマンチック街道に小さな修道院が。奇跡の修道院とか呼ばれいわくがあるらしいが・・・。
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 一応バスから降りて修道院のミサを見学したのですが、中は私の嫌いな「ロココ調」
 むしろその周辺をプラプラと。
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 バイエルン州はプロイセンに合併されるまでは有力な王国。
 アルプスを背にして、なだらかな丘陵が続く豊かな国ですね。

 そして北ドイツと南のヨーロッパを結ぶ大動脈だったのが、今の「ロマンチック街道」
 道端にはドイツ語は判らないのですが、どうも宿屋や葡萄酒を飲ませる店が一杯。
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 ドイツでは過去の歴史から州別の旗印を持っていて、その州のカラーにもこだわりが。
 たとえば、下の車のナンバープレート。
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 左はユーロの旗印に「D」はドイツ。真中はバイエルン州の旗印。

 ところで、ドイツ車のBMWのシンボルマークはご存じですか?
 これは同社の本社がミュッヘンにあるから、バイエルン州の青と白をそのまま使っただけ。
 判れば「なーんだ~」ということですが・・・。
 
by takeshi_kanazaw | 2009-05-12 06:01 | 西欧旅行記 | Comments(0)
 フランスからスイス、ドイツへ旅して 「ヨーロッパはアルプスの賜物」 だと思いましたね~。

 「エジプトはナイルの賜物」といわれるように、エジプトを旅するとナイル川の流域しか人間は住めないのが実感できました。やはり、人間が生きていくには「水」の確保が非常に大事。

 ヨーロッパの場合はエジプトのようにはっきりしてませんが、ヨーロッパの背骨のようなアルプスの山々の雪解け水が、スイスはもちろん、フランス、ドイツ、オーストリア、イタリアなどの周辺国に、安定した水を供給していることが実感できます。

 それに加えて、今回の旅でも経験しましたが、アルプス周辺の地域は毎日の天候が非常に不安定。晴れ時々曇り一時雨といった天気が毎日続きました。アルプスに当たった空気が周辺に雨をもたらすのですね。

 そしてアルプスの水は周囲に小さな池を無数に作り、やがて大きな流れをつくり、ライン川としてバルト海へ、ローヌ川となって地中海へ、北イタリアではポー川もそうですね・・・。

 各国の人々の暮らしはこうしたアルプスの水に支えられて成り立っています。
 「ヨーロッパはアルプスの賜物」ですね。 こんなこと常識? それとも私の珍説?

 今回はまさに”駆け足旅”ですから、ゆっくりと観光はできませんが、逆にアルプス周辺を彼方此方をドンドン移動したので、地域全体のイメージが掴みやすかった面もあります。
 アルプスの高い場所から中腹、裾野へと情景と人々の生活が変化していく様をまとめてみましょう。

 何といってもびっくりしたのは”氷河”
 雪山は日本でも見られますが、氷河が人里近くまで降りてきています。
 氷河がある限り水は確保されますよね。ホントに彼方此方で氷河を見ましたね。
 これはフランス側のアルプスで見つけた氷河。
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 次に目についたのが”滝”
 大小無数の滝が切り立った岩肌から落ちてきていました。
 恐らく冬以外はこの滝は枯れることはないのでしょうね。
 滝は無数に見ましたが、これは多分スイスのツエルマット付近。
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 山里は周囲に多くの滝があるといった感じですね。
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 ですから水が確保されるから、山の麓に結構家屋が沢山存在します。
 これはスイスの首都ベルンへの道すがらの写真。
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 一見厳しい自然環境ですが、お城が各丘に見られのは、昔からそれなりに人々の生活が充足していたのではないでしょうか。
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 アルプスの裾野には多くの湖があります。中腹あたりではまるで別天地のように綺麗ですね。
 背後の雪山、広がる牧草の丘、豊な水を持つ湖。ベルンからチュウリッヒへの途中。
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 そしてさらに下って行くと豊な牧草地や農地が広がります。ドイツバイエル州の風景。
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 駆け足旅はアルプスに別れを告げて、「ロマンティック街道」を北上します。
by takeshi_kanazaw | 2009-05-11 06:29 | 西欧旅行記 | Comments(0)

海外や国内の適当に撮った写真の記録


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