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 ウズベキスタンというのは何処にあるの?
 どうしてそんなところへ行くの?
 
 そんな疑問を抱かれますよね。

 シルクロードの道は中国の西安からローマまで続きます。
 中国の敦煌、トルファン、カシュガルなどタクラマカン砂漠の周辺は既に行ったのですが(このブログの2月にシルクロードの話を書きました)その向こうに行ってみたい。天山山脈を越えて西の中央アジアのシルクロードに行って見たい。
 
 実に単純な願望です。

 中央アジアのシルクロードのイメージは、ブルーモスク。
 オアシスにはイスラム世界の象徴であるブルーモスクがそびえる。
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 そして、砂漠が続くシルクロード。
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 上の二つの写真は今回のウズベキスタンの旅で撮ったものですが、旅行前に抱いたイメージどうりの部分もあり、そうでない部分もあり・・・・。

 真昼は40度を越える暑さ、あまり美味くない食事。
 覚悟の上の旅でしたが、少し疲れましたね(歳のせい?)

 そうでした。
 ウズベキスタンの地図を載せないと、何処にあるか判りませんね。
 中央アジアのほぼ真ん中。天山山脈から流れる「アムダリア川」と「シムダリア川」に挟まれ、西はアラル海になります。
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 ウズベキスタンは、大昔はシルクロードの商人として有名な「ソグド人」の居たところ。14世紀からは「チムール帝国」、そして20世紀にはソ連に組み込まれて、1993年に独立。

 この国のオアシス都市は、シルクロードの重要な位置にあって、サマルカンド、ブハラなどは必ずシルクロードのお話に出てきます。
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 次回以降は旅の様子を書くつもりですが、少々お疲れ気味なのと諸事多忙のため、2~3週間ぐらいかかるかも知れません。

 ゆっくりとお付き合いください。
by takeshi_kanazaw | 2008-06-19 23:21 | シルクロード(ウズベク) | Comments(0)
 シルクロードといえば天山山脈。
 
 覚えておられますか? 中国のシルクロードの旅で雪山が綺麗だったという話。
 何もない砂漠の向こうに見える「天山山脈」の雪山は、シルクロードを旅した人には忘れられない風景です。

 下の写真はカシュガルの近くの天山の様子(2月に既出)
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 今回のウズベキスタンの旅は、その天山を飛行機で越えることになります。
 
「今何処を飛んでいるのかなー・・・」
 かって旅した中国のシルクロードのことを思い出しながら、必死で眼下の風景を追っていました。しかし、雲が一杯でよく見えません。

「飛行機で見る風景もなかなかいい・・・・」
 汚れた飛行機の窓越しですが、雲の風景、空の青さもなかなかですね。
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 そのうち日暮れが迫ってきました。恐らく飛行している場所の現地時間は7時ごろ。
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「遅くなると天山が見えない!!!」
 天山の雪山を機上から見てみたいと思っていた私には、飛行機の飛行ルートと時間が気になりましたね。

 乗った飛行機はソウル発17時30分、タシケント着21時(時間は現地時間)
 飛行ルートは? ズーと飛行機の飛行ルート画面と、眼下の景色とにらめっこ。
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 私が確認できた飛行ルートはトルファンの北を通って、ウルムチあたりから天山山脈に沿って飛んでいます。
「天山の上を飛んでるはずだ!!」

 見えました!
 雲の合間に天山の雪山が見えました。
 しかし、もう時刻は夜の八時に近い。 必死にカメラのシャッターを押したのですが・・・。
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 考えて見れば「天山山脈」といっても、写真に撮れば単なる雪山。
 ”なんでそんなに天山にこだわるの?”

 なんていえばいいのかなー・・・。 天山はシルクロードの中国側(東トルキスタン)とこれから行くウズベキスタン(西トルキスタン)の中央に、デンと2000キロにわたって広がる大山脈。
 5000メーターを越える山並みには万年雪があって、その雪がオアシスを潤し・・・・・。

 やっぱり現地に行ってみないと、天山へのこだわりは生まれないかも・・・。

 次回以降はウズベキスタンの様子を書きます。
by takeshi_kanazaw | 2008-06-18 11:03 | シルクロード(ウズベク) | Comments(0)
 ウズベキスタンの首都タシケントの空港に着いたのは夜の9時。
 「えらい飛行機の少ない空港だなー」
 空港にある飛行機は、ウズベキスタン航空の数機と我々が乗ってきたアシアナ航空1機だけ。

「写真撮影は止めてくださいね。空港は全面写真撮影禁止でーす!」
”まるで昔の共産国みたいだね。 あー、そうか。昔はソ連だったんだ、この国は”

 薄暗い入国審査のゲート。少ない担当者のノンビリした審査。なかなか出てこない荷物。
「これがウズベキスタンでーす。これからもユックリズムでお願いしまーす」 と添乗員。

 空港のビルの出口にたどり着いたのは、到着の2時間後。
 ネオンサインもなく、高いビルもない薄暗い街が眼前に広がっている。
「足元に気をつけてくださーい。穴ぼこがありますよ」と現地ガイド。
”これが一国の首都の玄関かねー。これはまるで20年前の中国だね”

 とにかく飛行場周辺は一切撮影が禁止なので、タシケント空港や街の様子が説明しにくい。
”これりゃいいや。このゆっくりしたテンポ、薄暗い街、昔のシルクロードの旅を思い出すなー”

 ウズベキスタンの第1歩はそんな風で始まりました。

 旅の話を始める前に、私が珍しく事前に勉強したウズベキスタンの話を少し。

 中央アジアに「~スタン」という国が一杯あります。
 ウズベキスタン、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、アフガニスタン・・・・。
 この「~スタン」と言うのはペルシャ語で「~の住むところ」という意味らしく、「~の国」と同意義らしいです。
 ウズベキスタンの「ウズ」の部分は、「O'zbek(自分が大将)」という感じらしい。

 この国は人口2600万人。80%がウズベク人で、他にロシア人、タジク人、カザフ人など。
 チョット変わったところは、ソ連時代に強制移住された朝鮮人が数十万人いる。

 大部分を占めるウズベク人はどうもウイグル人と似ているようであり、違うようであり・・・・。
 私の感じでは全体はトルキッシュなのですが、どこかペルシャ風の感じと、北のロシアやカザフの流れが混ざっています。中国やモンゴルの感じはまったくありません。
 おいおいこの国の人々の写真を載せることになるので、皆さんの目で確かめてください。

 私はどの国に行っても、その国の歴史が気になります。
 しかし、シルクロードの地域は歴史が複雑で困るんですよね・・・・・。

 はっきりしているのは、中国の漢の時代以前からこのシルクロードの商売の主役は「ソグド人」だったらしく、現在のウズベキスタンの地に本拠を構えていたらしい。ソグド人はイラン系で「ソグド語」を持ち、宗教は「ゾロアスター教(拝火教)」
 
 下の写真はサマルカンドで古い壁画が残っているモスクで撮った写真。ソグド人はこんな感じの人種だったのかも知れません。
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 8世紀からアラブ人の進攻でイスラム化、13世紀に例のジンギスカンのモンゴル帝国に制服されますが、14世紀にこの地で興った「チムール帝国」が周囲を征服して大帝国になります。
 その後ウズベク人が侵入。ウズベク3国の鼎立をへて、20世紀にソ連に併合され、1991年のソ連崩壊後に独立をしています。

 よく判らないのですが、この国の象徴的人物はなぜか「チムール」なのです。
 独立後にソ連時代の「レーニン像」があった場所に、チムールの像があります。
 下の写真はタシケントの公園の「チムール像」
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 これから訪ねる遺跡の多くが、このチムール時代のものです。どうしてウズベク人がチムールを讃えるのかよく判りませんが、とにかく、この国はかってのチムール帝国の興ったところなのです。
by takeshi_kanazaw | 2008-06-17 21:26 | シルクロード(ウズベク) | Comments(0)
 ウズベキスタンの旅は深夜に着いたタシケントから、翌日早朝にサマルカンドに移動。

 サマルカンドは別名”青の都”と呼ばれています。
 空の抜けるような青と、青いタイルで覆われたドームがその名の由来です。

「私はとにかくサマルカンドに来ることが出来て幸せです」
 ツアーに参加した70歳を越える老人(本人はそう思っていない?)の言葉ですが、それほどサマルカンドはシルクロードの代表的なオアシス都市です。

 シルクロードの商人「ソグド人」の居たところ、アレキサンダー大王が来たところ、ジンギスカンに徹底して破壊された街、チムール帝国の首都・・・・。とにかくシルクロードの歴史を一杯持っている都市です。

 何はともあれ、今回のウズベキスタンの旅の売り物、「青の都、サマルカンド」で撮った写真を載せましょう。

 まづ青いタイルで覆われた建物を順次紹介しますが、はじめは建物の区別がさっぱり判らないぐらい同じに見える。
 例えば外国人が日本へ来て、瓦葺の大きな建物で、寺、お城、神社などをランダムに見せられると、その区別はつくのかしら? サマルカンド観光はそんな感じですね。

 前置きはさておき、観光した建物を大別すると、「祈りをするモスク」「王様などの廟」「イスラム教を勉強する神学校」の3っに分かれますが、外観はよく似て見える。

 まずは「モスク」から。
 レギスタン広場というサマルカンドを象徴する場所にあるモスク(名前は忘れた!)
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 「この写真一枚で、西トルキスタンに来たという感じがする」 そう思いますね。

 モスクは中央の丸い「ドーム」と高い塔「ミナレット」と入り口の「門」の3つで構成されています。ドームやミナレット、門の形や色あいは場所によって、時代によって変化します。

 メインのドームは素晴らしいですね。とにかくタイルの青が凄い!
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 ドームの形は一般的にはもう少しシンプル。
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 ドームをもう少し拡大してみると、その細工の細かさがよく判ります。
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 ミナレットは本来はお祈りの時間を知らせるために、ここに登って大声を出した場所。それがドンドン高くなって、監視をかねたり、高さを競うようになったとか。 でもその細工は細かい。
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 門の大きさはチョット写真では表現しにくい。日本の大きな寺院の山門より大きいと思う。
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 建物を覆う青いタイルに目が奪われますが、細かく見ると随所にきめ細かな細工が施されていますね。例えば、建物の基礎の部分の石細工。
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 イスラムの人は何でこんなに建物にこだわるの?
 私の意見ですが、ご承知のようにイスラム教は絵画や像を禁止している。モハメッドの絵や像は見たことがないでしょう? 祈りの場所も「メッカ」の方向を示す祠みたいなものだけ。いきおい建物を飾ることにエネルギーが注入されるんじゃないかなー。

 まー、とにかく”青の都”と言われるだけのことはある。
 次回はドームの中の写真を紹介します。また違ったイスラムの世界があります。
by takeshi_kanazaw | 2008-06-16 11:29 | シルクロード(ウズベク) | Comments(0)
 梅雨のジメジメした毎日が続きますね。
 僅か10日前に見たサマルカンドの空が懐かしい!

 前回は”青の都 サマルカンド”のモスクの外観をご紹介しました。
 今回はモスクの中の様子ですが、何分中が暗いので、私のカメラ技術では上手く撮れませんでした。
 逆に暗い部屋にほのかな光があったり、外からの日の光が印象的ではあったのですが・・・・。

 まずチムールの墓があったところから。モスクの祈りの場所の横だったのかどうか・・・。
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 意外と質素に見えましたね。

「イスラム教では墓に名前を入れません。だから誰の墓かわからないのが一般的です」
 ガイドの説明なのですが、最初は半信半疑。あとで彼方此方訪ねるうちに納得。

「じゃー、どうしてこれがチムールの墓だと判るの?」
「学者が調べて、片足が不自由だったとか、チムールの特長が・・・・・・・」
 まー、そんなことは観光客にはどうでもいいことですが、こだわり派がいるのです。

 最初は薄暗くて質素に見えた室内でしたが、よく見ると凄いのです。
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 上の写真を見ると、これは金箔を使ってますよね。それも半端な量じゃない。
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 これは青いタイルと金箔の組み合わせ。
 
 小さな明り取りが彼方此方にあるのですが、そこからの陽光が柔らかい。そんな小さな窓にも細工が施されています。
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「サマルカンドが一番だね!」

 私は偶然というか、知らない間に各国のいろんなイスラム寺院や廟を見てきました。
 インドのタージマハル、イスタンブールのブルーモスク、スペインのアンダルシア地方やエジプトのモスク。中国のカシュガルでも確か大きなモスクがあった。

 でも、外観だけじゃなく、内部の装飾などを総合的に見ると
「やっぱり、サマルカンドが一番!」 そう思いますね。
 まー、あくまでも私の勝手な評価ですが、歴史の積み重ねが違うような気がします。

 以下はチムール一族の廟が集まっている場所(シューヒズインダ廟)で撮った写真。
 とある廟の入り口。まさに青のタイルの芸術品ですね。
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 ドームの天井がまた素晴らしい。
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 これ等の建物は補修を重ねているらしいのですが、補修した部分の方がすぐに色変わりしてしまうそうです。昔の技術の方が数段優れているらしい。

「タイルの表面がガラス状で焼き固めてあるね」
「多分石英かガラス質のものと無機質の顔料を混ぜて焼いたんだろうね」
「しかも相当高温でないと無理だよ」
「その燃料や焼釜はどうしたんだろう」

 ツアーメンバーには結構理屈をこねる人(私を含めて)が多く、このタイルをどうして作ったかの議論が続きました。

 私も日本の焼き物メーカーの工場を数件訪れていますが、恐らくこのサマルカンドのタイルの技術には敵わないのではないかという気がします。
 焼成技術そのものより、芸術性、材料、きめ細かさ・・・。 素人意見ですが・・・。一度タイルメーカーの人に聞いてみようと思います。

 サマルカンドの建物はタイルだけじゃなくて、細かな木工細工もなかなかです。
 廟の内部のドアーの木工細工。この写真の場所だけではなく、至る所のドアにきめ細かな細工が施されています。
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 少し建物のお話が続きました。
 次回はサマルカンドの自然や、人々の様子に話題を進めます。
by takeshi_kanazaw | 2008-06-15 10:25 | シルクロード(ウズベク) | Comments(0)
 「サマルカンドは豊かだなー」
 
 このウズベキスタン紀行の報告の最初で触れたように、この国は天山山脈の雪解け水が「アムダリア川」と「シムダリア川」となって流れ込む場所です。

 サマルカンドは天山とは少し離れていますが、アムダリア川の支流が流れ、周囲が海抜1000メターぐらいの山に囲まれた、割合豊かな場所です。

 下の写真はサマルカンドへの道中で撮った写真ですが、この場所だけが雪山が見えました。見たかった天山は、はるか東の彼方でまったく見えませんでしたが、豊かな大きなオアシスの中にサマルカンドの街があります。
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「この国の農産物は小麦と綿花です」 と現地ガイド。
そういえばバスの車窓から一面の綿花畑が見えます。8月になると綿花で真っ白になるそうです。
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ちょうど春麦の収穫時期だったらしく、小麦(だと思う)が豊かな実りでした。
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収穫風景はどこかソ連風と感じましたが・・・・。
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道路の周囲にはプラタナスの並木。いかにもシルクロードの雰囲気。実はこの横にアスファルトの大きな道路が走っているのですが・・・。
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近くで子供が牛やヤギを追っていました。
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のどかで豊かなオアシスの風景なのですが、実はソ連時代に計画経済で綿花栽培や小麦を沢山増産したので、アムダリアの水がアラル海にたどり着く前になくなってしまうことになりました。
そのため周囲の土地の塩害も出てきて、下流地域は壊滅的な打撃を受けているそうです。

サマルカンドの夜明けです。
サマルカンドは人口40万人の大きな町で、タシケントに首都が移る前まで、この地域の中心的な町でした。しかし、大きなビルもなくて落ち着いた風情を持っています。
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郊外の手すき紙を作っている工房をたづねたのですが、周囲に小川が流れて豊かな水の恵みを実感できました。
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しかし、オアシスで見る緑はどうしてこんなに綺麗んでしょうね。それに花が咲いているとまるで宝物を見つけたような気分がしますね。
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 次回はサマルカンドの人達の表情を報告します。
 
by takeshi_kanazaw | 2008-06-14 16:38 | シルクロード(ウズベク) | Comments(0)
 シルクロードといえば踊りと音楽ですよね。

「急な話ですが、夕方このサマルカンドの舞踊団の踊りがあります。見ますか?」
「幾らなの、代金は?」 日本人はすぐお金の話になるんですよね。
「一人15ドル。この建物の中庭でやります。お茶とお菓子つきでーす」

 待つこと10分ぐらい。楽団がそろい、踊る女性達が集まってきました。
「しかし、此処は世界遺産だろう? こんなところでやっていいのかなー・・・」
「だってこの建物の中は全部みやげ物売り場みたいなもんだよ。踊りなんて当然さ」
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 バックの建物の青いタイルの見事なこと。

「何を歌ってるのか、どんな劇なのか、さっぱり判らないね」
「どうも若い男女の結婚の話みたいだね・・・・」
「それにしても、すぐお金を集めたけれど、お茶がこないぞ、お茶が!」

 観客は我々日本人が20名弱。他には数名のみ。
 劇は観客とは関係なく、ドンドン進みます。
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 女性の踊りが続きます。
「ウズベキスタンの女性はきれいだなー・・・・・」
「若い女性はスマートなんだけど、おばあさんになると凄く肥えるね・・・」
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 しかしよく見ると、それぞれ顔立ちが微妙に違う。タジク系の人もいる。
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 タンバリンのオヤジは結構上手かったですね。中国のトルファンで見た舞踊団より、タンバリンの演奏はこちらの方が上手かった。曲の感じはほぼ同じ。
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 楽器の構成も似ていますね。この木琴というか何と言うか、この楽器を弾いているお爺さんは一度も表情を変えない。
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「シルクロードに来て、綺麗な女の娘の踊りも見れたし・・・・・」
「しかし人種の区別がよく判らないね・・・」

 ウズベキスタンは建物や踊りなど観光資源は一杯あるのですが、それが上手くお金になっていない部分があります。この日だって、上手く客を集めればもっと稼げるのに。
「俺だったら観光開発して、この国のGDPを5%ぐらい上げれるぞ!」
 株が得意なツアーメンバーの一人が盛んに言ってましたが・・・・。
 
by takeshi_kanazaw | 2008-06-13 00:14 | シルクロード(ウズベク) | Comments(0)
 この種のツアーには「バザール探訪」が必ず付いている。

「迷子にならないで下さーい! 買い物に気を取られて集合場所を忘れないで!」
このツアーはシルクロードの旅にしては珍しく、参加者の約半数が女性。いきおい買い物に熱が入る。

 私はお金がないし、買い物はあまり好きではない。
「何処かチャイハネ(喫茶店)はないの?」 と何時も休憩してタバコを吸いたがる。
「此処にはチャイハネはないから、木陰で休んでいてください」とガイド。

 確かトルコに行った時には、一人離れてチャイ(紅茶)ばかり飲んでいました。一杯25円ぐらいで、小さなガラスのカップに熱い紅茶が入っていて、結構美味かった。でもウズベキスタンではそんな洒落た店はありません。

”とにかくバザールを一回りするか・・・・”
 モスクの近くにあるこの市場は、人の喧騒の中にあります。
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 どの国でもバザールは暑くて、うるさくて、ゴミゴミしてる。
”観光客は皆どうしてこんなところが好きなんだろう? 庶民のエネルギーが渦巻いているけど、私は少々疲れるよね”

 文句ばかりいいながら、適当に写真を撮ってきました。
 バザールではいろんなものが売られていました。手芸製品は殆どなく、地元で取れた果物、野菜、日用品のオンパレード。
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 何処かで見たような・・・・
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 皆頑張って買うんだよね。バザールの中は買い物客で上手く歩けない。
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 私が疲れて木陰で休憩していたら、バザールで見かけたおじさんが、買い物をして出てきた。
”布団やでもやるつもりかなー”
 奥さんらしい人と、買い物品をエンコラ運んでいました。
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 とにかく40度の炎天下、テント張りのバザールの店は蒸し風呂状態。それでも、大声をだして客を集め、延々と客との値決めに精をだす。
”見てるだけで疲れたー・・・・・”
 そんなバザール探訪でした。

 次回は次の訪問地、「ブハラ」に行きます。
by takeshi_kanazaw | 2008-06-12 15:29 | シルクロード(ウズベク) | Comments(0)
 サマルカンドの西方200キロに「ブハラ」があります。
 チムール帝国が首都をサマルカンドに定める前は、むしろこのブハラが栄えていたようです。
 
「チョット感じが違うんだよね。サマルカンドとは」
「建物のタイルの色が違うし、街の感じが古色蒼然としたところがあるし、人の顔つきもどこかペルシャ風」
 シルクロードでは、オアシスが異なれば国が違うぐらい人種も歴史も違うんですよね。

 ブハラは人口30万人弱の都会なのですが、観光地という点ではサマルカンドより有名みたいですね。これまでチラホラとしか見なかった欧米系の観光客が一杯現われました。

 もうモスクの写真は見飽きたと言う方もいるかも。
 サマルカンドの建物と少し異なる色合いや形状に注目。
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 実は写真を撮っている私自身も、少々モスクの写真は食傷気味。
 そこで花を入れてみたり、何とかアレンジしているのですが・・・・・。
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 チョット変わった4本のミナレットというか・・・。ブハラ特有の作り方ですね。
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 むしろブハラではモスク以外の建物や、建物の内部がどこか素朴で味わい深かったですね。
 池のそばに立つ礼拝堂。まるで日本の古寺をイメージさせませんか?
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 私がブハラの雰囲気に引かれたのは、どこか素朴な建築物が多いところ。
 サマルカンドの青いタイルがあまりにも凄かったので、タイルの張ってないモスクの裏天井や剥き出しのレンガが、なぜか親しみを感じましたね。
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 ブハラではモスクの天井には殆ど青いタイルは見ない。
 少し赤い花があったり、まったくタイル感のない自然の美しさを感じる物が多い。
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 下の天井はよく見ると凄かったですよ。
「この天井は色彩はないですが、写真好きの人では綺麗だという人が多いですよ。」
 添乗員の声がしないと気がつかないぐらい、地味な天井ですが・・・。
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 ブハラの建物はサマルカンドとは違って、補修もされていないところや、色彩がない空間などにどこか惹かれるところがありましたね。
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 もう少し写真の技術があったら、モスクや建物の中の「光と影のコントラスト」が捕まえられたら、いい絵が撮れるがなーと思いましたね。 ブハラはそんな気分にさせる街ですね。
 
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by takeshi_kanazaw | 2008-06-11 22:12 | シルクロード(ウズベク) | Comments(0)
 今回はブハラの観光地じゃない街の様子を紹介します。

 ウズベキスタンの旅も中間を過ぎると、観光写真を撮るのに”飽き”がきました。
 私はどうもあまり熱心な写真撮りじゃないですね。

 ウズベキスタンの一人当たりのGNPは700ドルぐらい。中国より低いですね。
 この地が栄えた頃の建物は凄いのですが、現在の庶民の暮らしは?
 
 観光地めぐりの合間を縫って、もっぱら普通の暮らしが覘ける場面を撮って見ました。

 住宅は日干し煉瓦を積上げ、泥みたいなものを塗ったものが基本。
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 乾燥地帯の一般的な建築ですね。直射日光を避け、熱風を防ぐのが第一なんでしょう。

 路地裏にはそこに住んでいるいろんな人が顔を見せます。
 このおばあさんの表情は、なんとなく惹かれましたね。
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 道に立ったままで長話。どの国でも同じですね。
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 少し時間をかけて見ていたのですが、結局このおじいさんは何をしているのか不明でした。
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 子供達がモノメズラシイので寄ってきます。
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 私は下の写真が一番気になる。
 この子は暑い日光の下で、一人でポッント何を考えているんでしょうね。
 イガグリ頭にランニング。昔の自分にソックリでしたね。
 この子の人生はどうなっていくのかなー・・・・・・・。
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by takeshi_kanazaw | 2008-06-10 16:01 | シルクロード(ウズベク) | Comments(0)

海外や国内の適当に撮った写真の記録


by takeshi_kanazaw