カテゴリ:中国・雲南の旅( 29 )

 雲南の旅のお話も最終回です。

 雲南省の南部から北上して、省都昆明を目指します。
 この道路は、いわば雲南の南北のメイン街道。 高速道路が走っています。

 どの都市だったか、 ちょっとコンビニに立ち寄り。
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 「エラク洒落た制服を着たお兄ちゃん達が居るな・・・」 もう雲南でもコンビニが普通にあるんですね・・・。
 こんな表現をすると変に思われるかもしれませんが、中国の田舎町にもコンビニがあるというのは、私には驚きであり、若干寂しくもあり、と、昔の中国を思うと感慨深いのです。

 昆明の町が近くなってきました。 近郊の住宅群ですかね・・・。
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 日本の大都市の郊外と変わりませんね・・・・。

 
 高速道路の料金所。
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 さすがにETCは一か所だけ。 それにしても雲南省でも凄い数の車ですね・・・。

 市内に入ると、途端に渋滞です。
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 雲南省と云えば、中国の南の端の田舎とイメージしてましたが、菜の花の羅平や棚田の元陽の田舎はイメージどおりでしたが、省都昆明は全くの大都会。 

 私の中国旅行は、中国の田舎を廻るのが主たる目的ですので、何処に行っても省都ぐらいになると、全くの近代都市になってしまっています。 少々物悲しい? 気分。

 そうそう、後で発生したテロ事件の現場となった 昆明駅 には行きませんでした。
 昆明で事件 なんて報道されると、中国の田舎町での事件 と感じるかもしれませんが、 日本でいえば名古屋駅や大阪駅でテロ事件が起るのと同じ感じですね。 昆明はそれほどの大都会なのです。

 今回の旅はちょっと変でした。
 昆明の観光は全くなし。 どうも 菜の花と棚田の写真を撮る旅 の感じでしたね。
 「旅行募集に、そう書いておけばいいのに。 写真を撮らない人には変な旅だよね・・・・」

 昆明空港です。外観が洒落てますね。
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 この昆明空港、中のデザインも面白い。
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 真夜中に着いた時はよくわからなかったのですが、昆明空港はでかい。
 ゲート数が50を超え、中部空港よりはるかに大きい。 出発ゲートまで歩くのが大変でした。大きさは一国のメイン空港並の大きさがあります。

 雲南の旅は、これから上海へ飛び、翌日上海から名古屋へ。



 「疲れたな~・・・・・」 というのが、この旅の印象でした。

 この旅はまず飛行機が昆明に着いたのが深夜。 帰りにも上海空港は夜の11時と、年寄りには何とも落ち着かないスケジュールでした。 おまけに毎日のように朝日を写すために暗いうちに起床、夜は夕日を撮ってから晩御飯でしたからね・・・・・。

 「こだわりの旅 というのはイカン。 こだわらない旅 がいいわ」

 次回はどうしますかね・・・・
 世界遺産にも寄らず、写真撮りもこだわらず、只々田舎を廻る旅がいいんですが・・・。

 雲南の旅、最後までご覧いただき感謝。
 また気が向いたら、「中国・雲南の旅」 のカテゴリ をクリックして、楽しんでください。
by takeshi_kanazaw | 2014-03-17 14:57 | 中国・雲南の旅 | Comments(2)
 雲南の旅の7日目。 
 7日目は、南部の古い町 建水 から、昆明に帰り、上海まで飛びます。

 建水から昆明への帰り道、モンゴル族の部落へ寄りました。
 雲南の歴史のお話で述べたように、雲南の地が中国の版図に繰り入れられたのは、元の時代が最初だったそうです。

 元の王朝がほろんだ時、中国に居たモンゴル人達はサッサとモンゴル高原へ帰って行ってしまいましたが、雲南のモンゴル族の人は、ここ雲南に残ったらしい。 もう800年近くも前の話です。

 「元の時代のモンゴル戦士の末裔が、雲南で暮らしていますよ。 人口は2000人ぐらいの小さな部落ですが、訪ねることにしましょう」

 その部落は広がる畑の真ん中にありました。部落の入口にはモニュメントのようなものが。
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 確かにモンゴル風な感じですし、文字もモンゴル文字ですね。

 周囲に牧草地はないし、ゲル(パオ)があるわけでもない。 当然ながら羊の群れもない。
 ごくごく普通の家屋が並んでいるだけです。
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 「一口に800年と言っても、凄い年月だよな・・・」

 部落の中は物音もせず、実に静かです。
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 お婆さんと子供が日向ぼっこをしていました。

 部落のほぼ中央に、こんな建物が。 役所ですね。
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 門柱にある看板が何とも中国らしいですね。

 ホントに静かな部落です。 広場ではオジイサンたちがたむろしていました。
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 水煙草ですかね。 モンゴル族は水煙草を吸ったかな・・・・。

 その隣ではトランプですか。
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 しかし、中国人と同化することもなく、ズーとここで暮らしてきたのでしょうか・・・・。

 モンゴル帝国の末裔達は、至極穏やかな顔をして、ノンビリと時間を過ごしています。
 「待てよ、でも若者を殆ど見かけないよな。 まるで老人部落だよね」
 平日の昼下がり、若者は他へ働きに出ているのでしょうね・・・。

 モンゴル族は遊牧を大事にする民族で、土地を掘り起こす農耕を凄く嫌いますが、この雲南では大きな牧草地を確保できなかったのかな・・・・・。
by takeshi_kanazaw | 2014-03-16 13:00 | 中国・雲南の旅 | Comments(2)
 雲南の南部の中心都市だった 建水 の観光。

 この地域で有数の豪商だった、朱一家の豪邸の跡を見学。
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 これは正面の門らしい。
 観光客が入るのは別の門。
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 「沢山中庭があって、部屋が200以上あります。 あまり多いので、迷子になりますよ」

 この朱一家、明の時代にこの地に来て、錫やアヘンなどを商い、広く中国各地に拠点を展開するまで大きくなったらしい。
 「明代と言えば、新大陸アメリカへの移民と同じ時代か・・・。 雲南の原住民と西部劇みたいなこともあったのかな~。 でも、商売は漢民族の方が上手いからな・・・」

 この豪邸は清の時代に30年もかけて作られたとか。 特長は庭が多いことで、その庭の周囲を部屋が囲み、その繰り返しが連続している。 蘇州などの大きな一つの豪邸というつくりではない。
 一番大きな庭。
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 どうも朱一家は、各庭ごとに家族が別れて住んでいたのかもしれません。 小さな門があり、各ブロックごとに分かれています。
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 各ブロックをつなぐ道。
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 こちらの庭には池はないですね。 こんな中庭が多いですね。
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 この朱家花園、調べると、庭の数は42、部屋数は214とありましたが、実際に歩くと、迷路みたいでよくわかりません。
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 少し歩くと、また中庭が現れるという感じです。
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 朱一家ですが、中華民国の時代に、新政府軍に負けて朱一家は離散。
 多分中華民国時代に生き残っても、次の共産党時代ではダメだったでしょうね。

 この花園、もう生活の匂いのするモノは残っていません。
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 雲南の地にやってきた 漢族の豪邸。 まさに漢族の家の様式を再現しています。
 ヨーロッパから来た人たちが、アメリカ南部に残した豪邸と似ている?

 山岳民族が暮らしている 元陽 を見てきたので、こんな中国式の豪邸を見ると、何時もの中国旅行と少し違った感覚で捉えてしまいますね。
by takeshi_kanazaw | 2014-03-15 10:17 | 中国・雲南の旅 | Comments(2)
 雲南の旅も6日目、その日はもっぱら建水見物。

 建水は省都昆明と棚田観光の元陽の中間点。
 そんな位置関係にあるので、ここで一泊するのですかね・・・。

 「なんとなく懐かしい中国、という感じやね・・・」
 建水の町は元の時代以降、雲南の南部の軍事・経済の拠点だったらしい。 今では数十万の小さな田舎町ですが、住民は多くが漢民族、中国風の古い城や素朴な町が残っていました。 30年ぐらい前に、中国江南の無錫・鎮江に2か月滞在しましたが、その頃の懐かしい中国の情景を思い出しました。

 建水の象徴である 朝陽門 です。
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 明代14世紀に作られたという。 北京の天安門に似ていますが、この時代に南京から大勢の漢族がこの地に来て、この町は軍事拠点だったらしい。「南東鎮雄」という門の額がそれを物語っています。

 このお城の広場で何やらオジサン達が頑張っています。
 胡弓のような、いい音でしたが、
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この演奏に合わせて、隣で熱唱しているオジサンの表情がまたいい。
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 もう北京や上海ではこんなムードの人達は見られないですね・・・・・。

 お城付近は古い町並み。
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こんな路地はいいですね・・・。 昔の中国は殆どこんな感じでしたね。

 こちらは街角の商店街?
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 実はメインストリートは別に石畳の道があるのですが、そこは古い町並みを再現した観光客用の場所です。 最近中国で流行っている古い町並み再現のスタイル。 私はそんな商業施設は嫌いなので、写真も撮りません。

 こちらは古い邸宅を利用した商業施設でしょうか。
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 扉の絵が何ともいい感じですね・・・。

 門に登ってみたのですが・・・。
 途端に凄い雨。 やっぱり雲南は亜熱帯ですね。 まるでスコールみたい。
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 スコールに閉じ込められたような恰好なので、門の中をウロウロ。
 昔の写真が展示されていました。 どうもフランス人が撮った19世紀か20世紀初めごろの、この地方の様子を写した写真のようです。

 住民はまだ弁髪をしていますね・・・。
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 当時フランスはインドシナを植民地にして、ベトナムから雲南への鉄道開発を試みていたようです。白い服を着たフランス人の映像もありました。

 こちらは当時の少数民族の様子?
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 もっと酷い写真もありましたが、西洋人が面白がって現地人を写した写真というのは、今から見ると気分がよくないものですね。

 全然雨が止みません。
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 「タバコが吸いたいな~・・・」 と部屋の一角のお茶屋さん?へ。
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 プアール茶飲み放題で一人10元(200円弱) 煙草さえ吸えれば何でもいいのですが・・・・・。

 雨の上がるのを待って、ノンビリと・・・・。
by takeshi_kanazaw | 2014-03-14 11:42 | 中国・雲南の旅 | Comments(4)
 雲南の旅も6日目。

 「雲海が出てるよ。 凄い雲海だ」
 泊まった元陽のホテルから、広がっている棚田の上に一杯の雲海が見えました。
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 その雲海の上に朝日が陽光を投げかけています。

 私は山に登る機会は殆どなく、これほどの雲海は見たことがない。 しかも、雲海を上から見下ろすというのはあまり経験がない。
 元陽は標高2000mぐらいですから、雲海がよく出るらしく、前日も雲海が出ていた。

 雲海はドンドンと表情を変えていきます。
 「まるでシュークリームを引き上げているみたい」
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 雲海のことはよく知りませんが、下から雲が湧きでるのですかね。

 「棚田も薄ら雲海の中だね・・・」
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 「まるで雲海のショーを見せてもらってるみたい」
 太陽の光がさらにショーを際立たせます。
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 陽光が当たると、雲が僅かにピンク色になる。

 青い空、輝く陽光、白い雲海、霞む棚田。
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 そうでした、みんなを一枚の写真に撮るのは上手くない。 でもこの写真、運がいいのか、意外と綺麗?と思いませんか。

 太陽の光もドンドンと変わっていきます。
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 陽光の線を天使の梯子というらしいのですが、これを撮りたかった。

 雲海ショーを眺めていたのは僅か15分程度ですが、その間にドンドン変化します。
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 「これはキリがないよ。 幾ら見ていても飽きないね・・・」
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 この日は元陽を早朝に出発して、次の目的地の 建水 へ行く予定。
 バスに乗ってからも雲海が見えていました。
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 元陽の町も雲海の中ですね。
 ハニ族の女性が早朝から、雲海の町中を籠を担いで何やら運んでいます。
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 ちなみに、その日は4日目に登って来たクネクネ道を下ったのですが、周囲は全く霧の中で何も見えませんでした。 我々のバスは、雲海の中を走っていたのですね。
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by takeshi_kanazaw | 2014-03-13 03:36 | 中国・雲南の旅 | Comments(4)
 旅の5日目。 朝日の棚田や元陽の町の様子を載せましたが、実はこの時には、トイレに往復しながら写真を撮っていたのです。

「どうもおかしいな・・・。 下痢が始ったようだ・・・・」

 私は海外旅行では殆ど体調を崩さない。 
 しかし、前回のモロッコ旅行では少々疲れたし、今回の雲南の旅は寝不足気味。
 「歳のせいかな・・・・」 

 日常の生活では実に不規則な生活を送っていますので、パック旅行で海外へ来ると、まるで突然合宿生活に突入したようなもの。 でもこれまでの旅行では、かえって規則正しい生活になって体調がよくなっていたのですが・・・・。

「昼飯は抜くわ。 午後からのスケジュールは全部不参加。 ホテルで寝てるから・・・・」
 午後は何か少数民族の村巡り、夜はまた棚田の夕日撮影だったのですが。

 ホテルの部屋で、ひたすら水分を取って、寝ることに専念。
「あー、またトイレに行きたくなった・・・」 数分おきにトイレへ。

 部屋の窓の外に何やら声が。
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 ホテルの従業員がシーツの洗濯物を干しているようです。

 一見のどかな風景なのですが、またトイレへ。
 ブログに下痢の話を載せるのも変? でも誰にでも旅先の体調不良は発生しますよね。

「トイレ休憩の売店で買った干し柿を四つも食べたのが原因かな・・・」
 下痢は食べ物にその原因がありますが、意外と体力不足が要因かも知れない。
 寝不足、神経の使い過ぎ・・・。 無意識に体力が落ち、対応力が落ちている場合が多い。

「まー、しょうがないや。 ゆっくり本でも読んで、寝ていよう・・・・」
 トイレへ往復を繰り返しながら、意外と? 私は落ち着いていました。

 今度は窓の外で子供の声が。
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 従業員の子供のようで、母親のお手伝い?

 まるで旅行中の一時の休憩タイムのような感じになってきました。
 でも、下痢は続いていて、あまり寝られずにトイレへ往復。

 下痢対策はとにかく寝ることと、全部出してしまうこと。 そして脱水症状を避けること。
 一回や二回、食事を抜いても、そんなに体力は落ちないものです。
 下痢止めの薬? あんまり飲みませんでしたね・・・・。

「今日の夕日はどうかな・・・・」
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 前日に続いてその日も棚田の夕日撮影。 
「みんな元気だな~・・・。」  晩飯も抜いて、次の日の朝日の撮影もキャンセル。

 翌日、ちょっと空腹感が出てきました。 もう胃から腸まですっかり空っぽの感じ。
 朝はお粥をいただきました。
「中国はいいな~・・・。 なんたってお粥が食べられるからな~・・・・」

 隣の椅子にネコちゃんが。
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「もう大丈夫ですか?」 メンバーの方々が気を使ってくれました。
 私の他にも二人ほど体調不良のようでした。
「まー、歳のせいですかね・・・・」 
 ホントに歳のせいかも知れませんね・・・・
by takeshi_kanazaw | 2014-03-12 03:32 | 中国・雲南の旅 | Comments(4)
 棚田の元陽の点描です。 今回は子供の話。

Ⅴ 子供は無邪気でいい

 元陽は山の中の町。 至る所に坂がある。
 姉と弟でしょうか。
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 お姉ちゃんが弟の手を引いている姿がいいですね。 
 中国はご存知のように一人っ子政策を続けています。しかし、少数民族は特別扱いで、その政策には縛られないらしい。 やっぱり兄弟・姉妹がいる姿がないというのはオカシイですよね。 お姉ちゃんは大きな人形を大事そうに持っていますね。

 オジイサンがリヤカーで何かを運んでいます。 そばに子供たちが・・・。
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 よくありましたよね、大人が働いているのを、付いて行って見ていたことが。 そんな時に大人からいろいろの話を教えてもらって。懐かしい情景ですね。

 染物屋さんの一家。 お兄ちゃんはお父さんを手伝って、妹は荷車に乗せられて。
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 言葉が判らないのですが、どうも小さい妹も荷車を押したいと言っていたのを、お父さんがうるいので荷車の上に乗せてしまったようです。 でも楽しそうですね、小さい妹の顔がいいですね。 この子はズーと大はしゃぎでした。

 ちょっと気になる、この小さい子。
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 早朝の棚田の撮影場所で見かけたのですが、手に持っているのはゆで卵。 このゆで卵を売っているんです。 その場所は物売り禁止、小さい子供はお目こぼし?かもしれないですが。 この子は自分が商売に使われていることなど、何もわからないで卵を握っている感じですね。 ちょっと可哀そう・・・・。

 この一家に幸せを。 何気なく見かけた子供つれの若夫婦。
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 この町の人か、それとも観光客か判りません。 小さな子供が振り返って我々のバスを見ていました。 若夫婦は足早に子供の手を引いて去っていきました。

 どこで見かける子供も可愛いですね。
 元陽の町は、豊かな環境ではないかもしれません。 でも、私は小さい頃、豊かでない漁村で育ちましたが、自分達が貧乏だとか、金持ちだとか意識しませんでしたよね。 状況をあるがままに受け入れて、その中で遊んでいましたよね。

 「自分がこの環境に生まれたら、どうするだろうかな~・・・」 子供見ていると、フッ とそう思います。恐らく小学校でいろんなことを知るようになって、この町から飛び出すかも知れない。 そんなことも考えてしまいましたね・・・・。
by takeshi_kanazaw | 2014-03-11 06:44 | 中国・雲南の旅 | Comments(4)
 中国・雲南、元陽の様子を続けます。

Ⅲ 家は煉瓦つくりか・・・
 元陽の町の家屋はすべて煉瓦造りのようです。
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 この家は結構立派ですね。 ハニ族の家かイ族の家か、はたまた漢族の家か・・・・。

 もう少し中の普通の家を探して・・・
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 やっぱり塀も家も煉瓦造りですね・・・・。

 「南の山を越えたタイ北部のリス族なんか、家は殆ど木と芭蕉の葉っぱなどで作られた家だった。 全然違うな~・・・。 これは絶対南方系じゃないね」
 東南アジアの山岳民族は煉瓦なんて使いませんね。 この煉瓦造りの家は四川省の山岳地域や、北の方の家のつくり方ですね・・・・。

 実はイ族のこともハニ族のことも全然知りませんでした。
 このブログを書きながら、少し調べると、イ族もハニ族も 「古羌の子孫」 らしい。

 羌族というのは、中国の古代・周の歴史に度々現れるのですが、中国西部に広く住んでいた民族のようで、常に漢族と接触があります。 私は、漢族は平野の人、羌族は山の人 という感覚で捉えていますが、特に研究をしてないんで、根拠はありません。

 今でも北の四川省・青海省・陝西省で一杯 羌族 と呼ばれる人が住んでいますし、チベット族も古羌から生まれた種族と言われています。 少数民族と呼ばれるのは 歴史の結果 に過ぎないので、そもそもは中国の西部・山岳地域に住んでいた人達 ということではないでしょうか。


Ⅳ 美味そうだけど・・・
 元陽の街角で見たお店。 肉がぶら下がっていました。
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 左の吊るしてあるのは、一種の 干し肉 だと思います。 これは多分牛ですね。
 干し肉は結構美味いんですよ。 タイ北部、コク川沿いの少数民族の部落で、豚の干し肉を作っているに出くわしましたが、干した肉はそのまま食べても美味いし、野菜と一緒に炒めても美味しい。 生肉より美味いんじゃないでしょうか。

 元陽では豚も牛も食べるということは、イスラム教徒でも仏教徒でもないということですね。 漢族の道教っぽい感じもないし・・・・。 宗教はどうなっているのかな・・・・。

 こちらでオバサンが蒸かしているのは マントウ でしょうか。
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 マントウは中国北部の食べ方ですよね。 漢族から来た食習慣? いや、羌族も昔から食べていた?

 この屋台?では、お父さんに連れられて、子供が麺を食べてます。
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 小麦の麺なのか、米の麺なのか判りませんが、美味そうですね。 オヤジに連れられて外食するのは嬉しいものですよね。 何を食べても美味いと思ったものですね。 小さいころを思い出しますね・・・・。

 少し長くなりました。 子供の話をしようと思ったのですが、次回にしましょうか。
by takeshi_kanazaw | 2014-03-10 10:09 | 中国・雲南の旅 | Comments(4)
 元陽の町は標高2000m近くの山にある。そんな町の様子を点描風に。


 Ⅰ 何でも担いじゃう?

 この町の主役は ハニ族とイ族。 この人たちは何でも担いじゃうのだ。
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 籠に一杯の野菜。担ぐのはお手のものだ。

 赤ん坊は勿論、何でも担ぐ。
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 この人たちは綺麗な民族衣装を着ている。 これは別に観光用に着ているわけじゃない。 普段着であり、労働着でもある。 私はこれまで観光用だとばかり思っていた。

 こちらでは肥料だろうか、はたまた何かの飼料? エンコラと担ぎ上げている。
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 建築現場では煉瓦も当然担いでしまう。
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 この人たちにとって、籠は常に担いでおくのが当然のようだ。 
 竹で編まれた大きな籠が、何時も背中に担がれている。 何でもここへ入れてしまう。
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 何でも担ぐ人達をよくよく見ると、すべて女性なのだ。
 男性は民族衣装も着ないし、あまり担いでいる人を見ない。
 「ここの男性は働かないからな~・・・」 とガイドのSさん。
 ハニ族やイ族は男性天国? 本当はどうなのだろうか・・・・。

 どうしてロバや牛などを使わないのか、よくわからない。
 しかし、現代でも山岳登山をする人は、沢山の装備を肩に担いで登る。 苦労しても自分の荷物は自分で担いで登山するしかないのだ。 山ではやっぱり人間が荷物を担ぐのが基本なのかも知れない。


 Ⅱ 豚も走る、牛も走る。

 町中の道路を豚が走っている。
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 この豚はペットではなく、食用の豚なのだが、ここでは豚小屋に入れずに、放し飼いにするらしい。
 豚も沢山になると大変だ。
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 この豚さんたち、放し飼いにするのでやや小さいが、小屋で育てるより味がいいらしい。

 大きな水牛がやってきた。
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これは食用じゃなくて、きっと農作業で使うものだろう。

 この豚さんや牛さん、昔はもっとのんびりと歩いていたのかも知れない。
 この元陽は昨年世界遺産とやらになってしまって、観光客が押し寄せるものだから、町の道が渋滞してしまうほどだ。
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 いきおい豚さんも牛さんも、車に追われるようにして走ることに。

 点描、次回へ続けます。
by takeshi_kanazaw | 2014-03-09 07:38 | 中国・雲南の旅 | Comments(4)
 中国・雲南、元陽は棚田が一杯です。

 いろんな棚田の観賞ポイントに連れて行ってくれましたが、時間がある時はプラプラと棚田の周囲を歩いてみました。 そんな風景を載せてみましょう。

「雲海の上で稲作とは凄いね」
 元陽は海抜2000m近くの高地です。 朝日が昇ると 雲海 が発生します。
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 日本でいえば北アルプスや南アルプスは別にして、各地で一番高い山は海抜2000m以下じゃないでしょうか。 雲海が出るような高地、雲海より高いところで米を作っているのですね。 まさに「耕して天に至る」を実感しませんか? 多分世界中でもこんな情景はあまり見られないでしょうね・・・・。

「天空の梯子がよく出るな~・・」
 空から太陽の光の筋が見えます。 これを確か天の梯子か天使の梯子とかいうそうです。
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 元陽ではこのような情景がよく発生していました。 此処では雲と太陽が目まぐるしく変化し、いろんな情景を見せてくれます。

「まぶしいほどの光の中」
 陽が高くなると雲海は消えて、一挙にまぶしいほどの陽光に包まれます。
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 この光が大地を温め、米を育てているのですね。 ツアーメンバーの一人が、ゆっくり写真を撮っているのも、どこか長閑な感じでゆったりしますね。

「畦には菜の花」
 棚田の畦には木があったり、結構ゆったりしています。 所々に菜の花が咲いていました。
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 海抜2000mの高地に居ることを忘れるような情景ですね・・・。

「カモガモ農法?」
 棚田に何やら動くものが・・・。 どうもカモガモでしょうかね・・・。
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 勝手にカモガモが田に入ってきたのか、それともカモガモに害虫を駆除させているのか・・・。

「寸土も耕す」
 棚田と道路の狭い場所。 イ族の人でしょうか、一生懸命耕していました。
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 多分何か野菜でも植えるのでしょうかね・・・。 棚田で主食の米を作り、少し残された土地に野菜を植えるスタイルなんでしょうね。

 この元陽、千年を超える長い時間をかけて棚田を作り上げて来たようです。 膨大な田圃の一枚一枚に農民の苦労があったのでしょう。  そして棚田を中心とした生活が続いて来たということですね。 一見のどかな風景ですが・・・・・。
by takeshi_kanazaw | 2014-03-08 10:06 | 中国・雲南の旅 | Comments(4)

海外や国内の適当に撮った写真の記録


by takeshi_kanazaw