カテゴリ:中国・三国志紀行( 31 )

 「自宅へ帰ったら、お茶漬けでも食べて、ゆっくり寝ようか・・・」

 三国志の旅も、上海空港から中部空港へ飛べば終わり。
 「いやいや、この旅では雷雨で飛行機が飛ばなかったり、山の道で渋滞したり、色々あったね・・・。 まー、終わってみれば、それも旅の思い出か・・・」

 確か上海発夜の6時過ぎで、中部が9時頃着(時差1時間)のフライト予定。
 「なんか、ピカッと光らなかったか? また雷が鳴ってるみたいだね」

 「それにしても少し小腹が空いたな~、ラーメンでも食うか」
 広い上海空港をウロウロ。
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 日本風のラーメン屋さんへ。
 「えー? ラーメンが55元(約900円)? ひどい値段だね。」

 お茶も出なきゃ水さえ出ない(まー日本とは違うんで・・・)
 水を買うしかないかと棚を見たら。
 「水が32元(500円超)!! どうなってんの」

 私は前から上海空港は大嫌いだったんです。
 とにかく値段が常識外れ。 コーヒーが60元(約千円)で頭に来ていました。
 日本の空港の2倍ぐらいの値段です。

 「空港と言う特殊な場所だから」 なんて判ったようなことをいう人が多い。
 でも、市価の10~20倍の値段を付ける感覚が気に食わない。 ブッタクリみたいに、取れる時は幾らでも取ろう、嫌なら買うな そんな感じ。

 「上海空港は大嫌いだ! 旅行者を馬鹿にするな!」

 中国では飛行機は水の持ち込み禁止。
 幾ら嫌いでも、上海空港で水は飲まざるをえない。 そこで自衛手段を考えないと。

 「飛行機が遅れるみたいですよ。一時間以上時間が出来ましたよ」
 この時間を利用して、空港内をウロウロ。 なんとか安く水を調達する手段を。

 中国の空港では、ちゃんと無料の水とお湯があるんですね。 中国の人はカップラーメンにお湯を注いで食べている。 そうなんですね、地元の人は、我々みたいに常識外の値段のレストランへは行かない。

 もう少し探すと、彼方此方に自販機がありましたね。
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 「そうだよな、水が2元(35円)だから、常識的な値段だよ」
 どうも最近は空港内でコンビニも出来たようです。

 長々と上海空港の物価について書きましたが、中国旅行ではこの上海空港を利用するケースが多いと思われます。 そこで、私のような犠牲者?の発生を少しでも減らしたいのです。 

 この上海空港に限らず、中国の他の国際空港でも似たような状況があります。 中国の空港では、気前のいい日本人 なんて思わせないようにしましょうね。

 「それにしても、飛行機は飛ばないね・・・・」
 「こりゃ、また上海空港のベンチにごろ寝するのか? それより、中部空港の到着が遅れると、帰りの電車がないぞ・・・」

 二度あることは三度ある。また雷雨のために足止めです。

 なんと上海空港を飛び立ったのが日本時間の10時半過ぎ。
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 中部空港着は真夜中の12時過ぎで、公共交通機関は終わり、タクシーもなし。

 「なんとか迎えにおいで下さいませんでしょうか?」 と我妻殿に電話。
 まー、日頃の行いがいいのか、妻殿はしぶしぶ来てくれましたが、他のツアーメンバーは空港近くのホテルへ行くことに。

 我家に着いたのは深夜の2時でした。


 長かったこの 三国志紀行 も 30回で完。
 ご愛読に感謝。 謝謝!
by takeshi_kanazaw | 2013-07-25 12:15 | 中国・三国志紀行 | Comments(2)
 中国三国志の旅で見た、中国の人々の姿の3回目。

 私達は外国の様子を知るのは、ニュース映像で見た印象が大きいですね。
 最近の中国と言えば、尖閣列島のデモと中国の監視船のニュースですかね。

 しかし、「犬が人間を噛んでもニュースにならないが、人間が犬を噛めばニュースになる。」
 どうもマスコミ報道と言うのは、人間が犬を噛む話が多いようで。

 今回の旅で拾った、ごくごく普通の、中国の日常感覚の姿を。

Ⅰ 静かな人もいましたね。

 中国人は大声を出してうるさいな~ という感じですが? 中にはこんな人も。
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 どこかのお寺で一人静かに絵を描いていた青年。 絵の描き方を見ると西洋風でしたが、一服の清涼感でしたね、この青年。

Ⅱ どの国も子供は可愛い

 中国は一人っ子政策続行中。 甘やかされた子供が問題視されてますが、子供に罪はない?
 赤壁の遺跡の中。お茶を買った時に見た イガグリ坊主。
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 商売中のお母さんを見てる顔がいいですね。

 街角を歩いてるいた二人連れ? 
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 小学生ですかね、可愛いね・・・。 この年頃は女の子の方が大きいんだね。

Ⅲ 路の上で朝礼中

 この10年ぐらいでしょうか、よく見かける風景。 レストランの前で開店前の朝礼?
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 中国はサービス精神が不足していると言われて久しい。 最近日本風?の接客を取り入れるお店が増えてきた。 このお店では、ビデオで接客マナーの講習もやってましたね。

Ⅳ アジアだね・・・

 路上で一杯商品を並べての商売。 こんな風景から私はアジアを感じますね。西洋とはチョット雰囲気が異なる雑踏感と言うのか、暑苦しさ?、エネルギッシュ? みたいな感じ。
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 まだ田舎ではスーパーマーケットは少ないんしょうね。
 そして、横にある、路上レストラン? これもいいですね・・・。
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Ⅴ 官製開発?

 中国でよく見かけるのがビルの建築ラッシュ。 そして、町の郊外に突如現れる新しい町。
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 話が少し長くなりますが、中国の建築バブルの実態感を。

 「中国では格差が拡大してますよ」 と現地ガイドさん。
 「そうだね、中国の都市と農村の格差は、日本でもよく報道されてるよ」
 「それも問題ですが、むしろ個人の格差です。 マンションを幾つ持ってるかの格差ですよ」

 このガイドさんは、その実態を延々と話してくれましたが、要約すると。
 中国の建築開発は、以下の手順で行われるらしい。

 1. 地方政府が農民から借地権と住宅を安く買い上げる。(中国では土地は全て国有)
 2. 地方政府は入札で開発業者に借地権を高く売りつける。
    (例えば上海の浦東新区、市の税収の2~3年分の収入を得たらしい)
 3. 開発業者は銀行から金を借りて、大きなマンションを建てる。
    (中国では銀行は基本的には国有企業。 影のバンクといっても、銀行の別部隊?)
 4. 一般庶民は銀行から金を借りてマンションを購入。
    ただし値上がりを見込んで投資目的で購入するケースも多い。
    金利は年間3~5%超。 マンションの値上がりは年間20%を越える。
 5. 沢山のマンションを買った人は、それを売ったお金で新規の商売をしてまた儲ける。

 さてさて、開発当初から銀行融資まで、国がらみの開発ですね、どうも。
 中国では土地は国有ですし、以前は都市の住宅は職場からの配給でした。 自分の家を持ちたいというニーズは根強いし、都市で働いている農民の人も家は欲しい。

 中国政府は必死に建築バブルを抑え込みたいのですが、実態はどうなんでしょうか?
 
 説明してくれた現地ガイドさん。
 「僕はマンションを一つしか持ってない。 大学の同級生は10軒以上マンションを買って、今や大きな会社の社長になってますよ」 実感がにじみ出ていましたね。


 この旅も上海空港から帰路に。
 でも、そうは問屋が卸さない・・・・。 また雨が降ってね・・・。
by takeshi_kanazaw | 2013-07-24 12:33 | 中国・三国志紀行 | Comments(4)
 中国三国志の旅で拾った、人物ウオチングの2回目。
 今回は女性陣を中心に。

 三国志に登場する女性は、柳腰の美人と相場が決まっています。近代の中国女性はと言うと、オカッパ頭の人民服を着たイカツイ女性をイメージ?
 旅で見かけた現代の中国女性は全く違っていましたね。

Ⅰ 中国の 「ヤンママ」 だね・・・。
 ヤンママとは、ヤングなママ、若いお母さんのことをいう20年前の流行語?

 とある公園。電気自転車(もう自転車は古い)で子供を連れてきたヤンママ。
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 夏ですから短パンもいいですが、お母さんが短パンね・・・。一昔前の中国ではアリエナ~イ・・・。

 どこかの観光地。スマホですかね、ヤンママは子供そっちのけで・・・。
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 このヤンママは台湾の人? いやいや、そうとは限りませんね。 もう海外の中国人と大陸の人は、服装では区別が難しくなってますね。

 秦嶺山脈の山の中。 田舎のヤンママ? 
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 私はこの素朴な?ヤンママがいいですね。 それにしても若いですね・・・。洗濯機がないのかな~・・・。

Ⅱ 迫力がありますね。
 市場のオバサン? ヤンママさん達より迫力を感じますね。
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 前の豚肉のぶつ切りも迫力がありますが、売っているオバサンにはかなわない?

Ⅲ 「どっちかにしてよ」
 三峡の入り口の高台。 アイスキャンデーの袋を口に加えて、一眼レフでパチリ。
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 奇抜な格好?ですが、どうも北京からの観光客みたいでした。 せめてアイスの袋はどこかに置いてからカメラを撮れば・・・。

 観光地のカートの運転係? スマホに夢中ですね。
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 仕事中なら、スマホは止めたら? 

 次回は街角ウオッチングでまとめてみますか・・・








 
by takeshi_kanazaw | 2013-07-23 11:08 | 中国・三国志紀行 | Comments(4)
 三国志の旅ではバスに乗って走ってばかり。
 そうでした、バスの走行距離が、3,120キロでしたね。

 結構忙しい旅でしたが、合間に見た印象深い中国の人達の様子を点描風に載せていきましょう。 どの場所で撮ったかよく判らないケースや、バスの窓越しで撮っている場合があるので、見難い写真が多いのは仕方ないないということで・・・。

 第一回目は中国オジサンを中心に。

Ⅰ 「お父さん、早くしなさいよ!」

 中国の街と言えば、道に広がる自転車がまずイメージされますね。
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 この写真は確か鄭州で撮ったかも。 もう上海や北京では見られませんね、この風景。

 中国は急に自動車社会に突入していますね。 ところが中国は人間優先ではなく、車優先なんですね。ということで、歳を取った人は道を横断するのが大変なんです。

 遅れがちなお爺さんを引っ張るお婆さんですかね。
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 お父さん、早くしなさいよ って感じですね。

Ⅱ 悩みがあるのかな?

 中国のオジサンはどうも元気がイマイチでしたね。 文革世代がそろそろ50代から60代。 なんとなく時代に取り残されてしまってる感じもしますね。

 何を話してるんでしょうね、この二人。
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 二人の表情はあまり冴えませんね。 これは湖北省のとある公園で撮った写真ですね。

 ズーと一人でベンチに座っていますね、このオジサン。
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 誰と話すこともなく、長い時間新聞みたいなものを読んでるだけ。 余裕なのか、することがないのか。 中国人と言えば、脂ぎった商売人もいるんハズですが、あんまりお目にかかりませんでしたね。

Ⅲ モクモクとやるしかないじゃん。

 田舎の方がオジサンは生き生きしてますね。
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 このゴミを収集しても大した金にはならないでしょうが、表情はあっけらかんとしてましたね。 時代が変っても額に汗して働くしかないじゃん、という感じがしましたが・・・・

 次回は中国女性にスポット当ててみましょう。
 どうも女性陣の方が強かったですね・・・・。
by takeshi_kanazaw | 2013-07-22 08:12 | 中国・三国志紀行 | Comments(2)
 三国志の旅も11日目、次の日は飛行機で帰国するだけですから、旅も最終コーナー。

 洛陽の遺跡を廻ったんですが、同じパターンでそろそろ食傷気味。
 「また関羽の関帝廟か・・・・」 以前湖北省で見たのは胴体の墓。今度は首のお墓。

 それにしても関帝廟が多いのですが、どうも中国では孔子が文廟、関羽が武廟というパターンになっているようなんです。

 ついついシャッターを押してしまったのが下の情景。
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 まだ若い人ですよね。一心に祈っていますね。

 
 中国は社会主義国家ですから、宗教には無関心?で、文革の頃は仏像や孔子の像が沢山破壊されてきました。 改革・解放政策の頃から少し様子が変ってきて、現在ではこのような情景が出現。ごくごく普通の情景なんでしょうが、25年前から中国を見てきた私には凄く新鮮です。

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 お線香なんでしょうかね。とにかく煙をボウボウだして祈りますね。

 私は中国人の宗教感が全然判りません。 
 孔子や関羽という歴史上の人物を神にしてしまったり、仏教の仏様が出てきたり、風水みたいなものがあったり。 それに各家庭では先祖を凄く敬って、同じ名前の一族の祖先の廟がありますし。

 「そうだよな・・・。 文革みたいな時代より、こうして祈っている人がいる現代の方が、本来の中国の姿だよな・・・」 そう思いましたね。
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 そうそう、此処は関帝廟でした。
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 面白いのはなぜか関羽の顔は赤いんですよね。此処だけじゃなくて、多くの関羽像の顔は赤い。

 次に行ったのは中国で一番古いお寺と言われている 白馬寺。
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 私にはお寺も関帝廟も同じように見えてしまう・・・。
 祈っている姿はほぼ同じ?
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 お祈りの線香も同じような感じですね・・・
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 外国の宗教には触れないことが一番、という意見があります。
 日本の仏教と神様の関係なんて、判っているようで判らない。 先月訪れた熊野神社で見ましたが、神を父、仏を母 として なんて垂れ幕がありました。 外国人はわかんねーだろうな~・・・。

 中国の宗教は私は全く判りません。
by takeshi_kanazaw | 2013-07-21 12:28 | 中国・三国志紀行 | Comments(2)
 三国志の旅は西安から洛陽へ新幹線でやってきました。
 中国の省で言えば、河南省に到達したことになります。
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 この旅では、洛陽(後漢の都)、許昌(魏の曹操の本拠地)を廻り、省都の鄭州の飛行場から上海へ。
 ちなみに河南省という呼び名は、黄河の南にあるから河南省、黄河の北にあるのは河北省です。河南省の人口は約1億人、中国で一番人口の多い省なんだそうです。

 ところで、以前に中国では秦嶺山脈を北に越えると、米中心から小麦中心へと、食べ物が変るというお話を載せましたが、この旅ではまさにそれを実感。 この河南省の旅で食べた食事を載せることにします。

 題名の「河南料理」 という呼び名は、私が勝手につけましたが、中華料理ではあまり聞きなれない名称です。(多分河南料理はあると思いますが) まー、河南省で食べた料理ぐらいの感覚で。

 まずは洛陽での食事。
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目に着くのは、四川料理のような辛いものが姿を消したこと。そして、マントウや麺類が登場したことですかね。
 下の料理は黄色いマントウみたいなものと、中の野菜を煮たものを合わせて食べる。
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 このパターンの食べ方は一杯出てきまして、マントウがナンのようになったり、色々変化します。どうも北の方は餃子や北京ダックにあるように、小麦やトウモロコシ、雑穀の皮に野菜などを挟む食べ方が主流ですね。
 ちょっと変った料理が、下の川魚の腹ヒレだけを煮たもの。
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 古都洛陽らしく、少し洒落た料理ですが、そんなに美味くはない。 魚料理は日本の方が数段と美味しい。

 まー、「これまでとどう違う? 中華料理じゃん」 と言われそうですが、イタリアンとフレンチぐらいの差はあると思いますが。

 次は許昌で食べた料理で、やけにスープが多い。 許昌の特徴なんだそうです。
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 味は胡椒味を抑えた感じで、日本のお汁に近い味もありました。 こんなスタイルの中華料理は珍しい。

 鄭州では主役が焼いたナン。これにいろんな具を挟んで食べる。
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 最後は鄭州の町角の屋台で見た食べ物。
 これは日本のお好み焼き、韓国のチジミに似ている?
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 クルクルと巻いてかぶりつくのですが、結構売れてましたね。 北京ダックより美味しそう?
 これは揚げ餃子ですかね・・・。
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 こうして並べると、最初に食べた湖北省の料理や、辛い四川料理とは随分違いますね。
 一口に中華料理といっても、千差万別ですね。

 余談ですが、私は広東の点心ばかり集めた食事が一番好きですが・・・。
 そうそう、冬の上海ガニは特別ですね。あれは特別に美味い!
by takeshi_kanazaw | 2013-07-20 14:21 | 中国・三国志紀行 | Comments(4)
 洛陽の龍門石窟にやってきました。
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 この石窟は1989年に「中国列車の旅3千キロ」で訪れていますが・・・。
 ぼんやりとした記憶では、当時はこんなに整備されてなかったような気がします。

 
 龍門石窟は洛陽の郊外、黄河の支流の伊河の岸辺の岩壁に多くの仏像が彫られています。なかなかいい雰囲気の遺跡です。
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 中国の三大石窟はご存じの通り、敦煌の莫高窟、大同の雲崗石窟とこの龍門石窟。
 私は偶然にもこの3大石窟を見てしまったんですが・・・・。

 「龍門石窟は三国志の旅とは関係ないじゃん」
 旅行社も一つぐらい世界遺産を入れないと客が集まらない? と思ったのか・・・。
 せっかくだから、今回はゆっくり見せていただくことに・・・。

 「この龍門石窟は大同の雲崗石窟の流れを受けてまして・・・」 現地ガイドの牛さん。
 知らなかったですね。 大同を都にしていた 北魏王朝 が5世紀末頃、都をこの洛陽に移したらしい。そこで、洛陽にも石窟をと、この龍門石窟を作ろうとしたらしい。

 「でも、大同の雲崗石窟とこの龍門石窟では、仏像の感じが随分違うけど・・・・」 
 「そうですね、龍門石窟の仏像の多くは、唐の時代のものですから」 と牛さん。

 そう言われれば、この龍門石窟には、多様な仏像がありました。 
 素朴な感じは北魏時代? 整った感じは唐の時代? 勝手な想像ですが・・・。
 意外と? 私は仏像を見ると理屈をこねる傾向があります。

 改めて、龍門石窟で一番大きい仏像をシゲシゲと見ます。
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 「どこかで見たような・・・。そうか、奈良の大仏さんだ。 よく似てるわ」
 そうなんですね、この仏像は唐の時代に作られた、廬舎那仏(るしゃなぶつ) だそうで、奈良の大仏さんも確か廬舎那仏でしたね。

 この廬舎那仏という仏は、実に摩訶不思議な存在でして・・・。
 大乗仏教では、この廬舎那仏はブッダを越える宇宙をつかさどる仏様らしい。 まるで神様のような感じですね。 多神教だった中国や日本人が作りだした、仏教界の神様?

 仏教の変遷に話が広がると収拾がつきませんが、中国の仏教とそれを手本とした日本の仏教も、原始仏教とは随分かけ離れた思想になっているのでしょうか・・・。

 さて、もう少し丁寧に龍門石窟を見させていただきましょうか。

 この龍門石窟の特徴の一つは、小さな仏像が多いこと。 崖の至る所がくり抜かれ、そこに小さな仏像が一杯彫られています。 これは敦煌の莫高窟、大同の雲崗石窟には見られない傾向です。
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 少し近寄って、小さな仏像を見せていただくと。
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 芸術的な価値はないのかも知れませんが、庶民が作った仏像でしょうね。

 北魏は中国では一番仏教を重視した王朝のようで、民族は鮮卑という北の遊牧民。敦煌の莫高窟でも北魏の時代の仏像はシャープで一番迫力を感じます。 そうした幅広い仏教信仰の流れが、この龍門石窟の小さな仏像に感じられますね。

 この小さな仏像群は凄いですね。
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 龍門石窟を見ていて気になるのが、首を切られた仏様が多いこと。
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 最初はイスラム教徒がやったと思ってましたが、どうも北魏の時代に、仏教を排して道教を勧めた時期があったようで、その影響かも知れません。

 「アンタは仏教信者? それとも仏像研究家?」 
 イヤイヤ、私は自称無神論者で、仏像なんて殆ど知りませんが、東南アジアや中国で仏像を見させられたことが多いもんで・・・。少し話が長くなっていますね。

 最後に廬舎那仏の近くの像が迫力がありました。
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 この写実性は日本の鎌倉時代の運慶の力士像を思い出させます。
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 これは唐の時代の国際性を感じませんか?

 さてさて、この三国志の旅。次は何処に行ったのか記憶があやふやになっていますが・・・
by takeshi_kanazaw | 2013-07-19 11:34 | 中国・三国志紀行 | Comments(2)
 三国志の古戦場、五丈原から、古都西安へたどりつきました。

 現在の西安の町は人口800万人を越える大都会。
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 ホテルの部屋からの眺めですが、北京・上海と少しムードが違います。
 西安はこれまで5~6回来ていますが、意外と工業都市で、郊外には工場が沢山あります。
 確かミシンメーカーのブラザーのミシンのメイン工場は、この西安だったような記憶が。

 この三国志の旅では、西安での観光は一切なし。兵馬俑も大雁塔も行きません。
 西安の街の特徴である、城壁も素通り。
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 三国志の話は後漢から始まるのですが、後漢の都は洛陽で長安(現西安)ではない。いきおい、三国志の旅ではカットということですね。

 「皆さん何度も西安に来られたようですが、今は観光地は駐車場に車が一杯で、昔の面影はなくなってしまいましたよ。華清池などは、行っても何処にあるのか判らないぐらいです。」 と現地ガイド。 「そうなんだ。もう西安に来ても観光は止めた方がいいかも・・・」

 早朝、バスは新幹線に乗るため、街外れの西安北駅へ。洛陽までの1時間半の乗車。
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 この西安の北区は水が悪いので開発が遅れていた地域だったはず。 ドンドンと街が膨張しているんですね。

 新幹線の待合室。 どこか空港の待合室に似ていて、入る前に荷物検査。
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 搭乗時間が来るまでホームには降りられません。
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 どうも我々が乗る列車は北京行きのようですね。

 中国の新幹線に乗るのはこれで2回目。 ホントは昔懐かしの旧式の列車に乗りたいけど・・・。
 旧式の列車の中の喧騒、お茶を配るオバサン、力強く・しかし速度があがらぬ列車・・・・。

 「新幹線は味気ないな・・・・・」 勿論タバコを吸える場所はない・・・。 
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 中国の新幹線は日本の新幹線ソックリですね。 日本の技術を導入したハズですが、中国側は独自の技術だと主張し、新幹線の輸出も積極的です。 もう新幹線の総路線キロ数は、日本を越える距離になったそうです。

 すでに新幹線も中国に馴染んでいるようで、乗客の表情はどこか退屈してますね。
 「まるで日本で新幹線の乗ってるみたいやな~・・・」

 窓の外には畑が延々と続きます。湖北省や四川省と全く異なります。
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 中国では北は乾燥地帯で小麦が中心。南は湿潤で米中心とハッキリ別れます。 その境界線は、我々が越えてきた 秦嶺山脈と淮河(わいが)を結ぶ線になります。 この境界線は、年間雨量1000ミリの線と一致するそうです。これ以降の我々が食べる食事も、これまでと随分変っていきますが・・・。

 速度は300キロ前後で日本の新幹線とほぼ同じ。 アッという間に 洛陽 に。
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 洛陽のプラットホームも、えらく洒落ていますね。 ホームには乗車時間が来ないと、乗客は降りれないからですね、多分。

 「もう中国でも蒸気機関車は走ってないそうだし、チベットへの列車も新式だったし・・・。」 20年以上前に乗った中国の列車が懐かしい・・・・。

 旅の10日目は 洛陽の観光です。
by takeshi_kanazaw | 2013-07-18 14:33 | 中国・三国志紀行 | Comments(4)
 三国志の古戦場、 五丈原 にたどりつきました。

 この三国志の旅のハイライト、五丈原に立つ ことがこの旅の目的という、ツアーメンバーの方も多かったようです。
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1800年前、この地で、蜀の孔明と魏の仲達の 五丈原の戦いがあったわけですね。 今は何もない小高い丘ですが・・・。

 「そうか、五丈原の眼の前に 渭水(いすい) が流れているのか・・・・」
 写真では見難いですが、平原の右の方に渭水が流れています。

 五丈原は、我々が9時間もかけて越えてきた 秦嶺山脈 が、渭水が流れる関中盆地に落ち込む場所にあるんですね・・・。広い草原だと思ってましたが・・・。

 「うーん、この場に立って、やっと五丈原の戦いの重要性が判ったわ。渭水の流れを制すれば、漢の古都 長安を制することが出来るじゃん!」 渭水を100キロ超下れば、長安です。

 渭水という川は長安には特別の川。西への旅人をこの渭水の畔で送る詩が有名。
 そんな話をしていると前に進みません。 とにかく五丈原は渭水を望む丘にあるんです。

 五丈原で我々を迎えてくれたのは、この可愛い女の子。
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 家族に連れられて来たのか、この土地の子供か・・・。 我々を覗き見る、あどけない顔がいいでしょう?

 五丈原には戦いの後を祭る お寺?のような建物が一杯ありました。
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 しかし、古今東西、古戦場というものは、ただただ、往時を偲ぶしかないもんですね。
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 現場に立って見て直感したのですが、孔明の度重なる北伐は少々無理がある。それは戦う兵士の食糧の確保です。 五丈原の戦いでは蜀は10万人の大軍と言われています。

 我々がバスで出発した 漢中盆地 は小江南と言われる豊かな場所で、蜀軍の兵站基地の能力があります。 しかし、あの秦嶺山脈を越えて食料を運ぶのは無理ですね。

 五丈原の戦いでは蜀軍と魏軍は100日も対峙していたそうです。 10万の兵の食料を100日も維持するのは並大抵じゃない。 私が魏の将軍だったら、絶対持久戦に持ち込みますね。 孔明の戦略なんて無視して、蜀軍の自滅を待ちますね。

 戦いの歴史は戦略と戦術の結果を賑やかに書いていますが、本当は兵士を食わせることが出来るかどうかの戦いではなかったんでしょうか。

 恐らく五丈原の付近は、蜀の兵士が食糧を得るために作った畑が広がっていたかも。
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今はただ白い花が咲く荒れ地が広がっていますが・・・。

 五丈原に夕闇が迫ってきそうです。
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 足早にその日の泊まりの西安へ向かいます。 
by takeshi_kanazaw | 2013-07-17 10:32 | 中国・三国志紀行 | Comments(0)
 漢中から秦嶺山脈を越えて、 「五丈原」 へ向かいます。

 五丈原(ごじょうげん)という場所、三国志では特別の場所ですね。
 「死せる孔明、生ける仲達を走らす」 という言葉を聞いたことないですか?

 孔明の最後の北伐で、五丈原で孔明は病死。 しかし魏の将軍仲達は、孔明の策を警戒して、蜀軍を攻められなかったという話。

 三国志ファンなら絶対見たい、その場所に行きたいところなんですね。 ですから、この旅でも最重要の訪問地。 何が何でも五丈原。 五丈原へ行かなきゃこのツアーは成立しない。

 まー、そうは言いながら、三国志に興味のない方には、なんで五丈原? かも。
 そんな方は、中国の山の中の様子を楽しんでもらえば幸い。

 漢中から国道を使って、秦嶺山脈の中へ進んで行きます。
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 「そうか、ほぼこの道を蜀の軍隊は五丈原へ向かったのか」 別の高速道路のルートもあるんですが、距離的にはこの国道の道が短い(と言っても300キロ超ありますが・・・)

 バスの窓外の様子をドンドン載せていきます。
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 「それにしても、バスがよく止まるな~・・・。」
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 ルートの彼方此方で落石のためにバスがストップ。 なかなか予定通り進みません。

 「あー、トイレがしたい。 どこかでバスを止めてよ」 とある山の中の商店?
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 こういう店のトイレはひどいのが相場。 私は天然トイレで。
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 花が咲いて、ノンビリした山の中の風景。

 「出てきましたね、車輪脱穀」
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 道路に麦わらを並べ、道行く車に脱穀させる方法。 昔は中国ではよく見かけました。

 「うんうん、イスラム教のモスクだね」
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 この秦嶺山脈は西域にも近く、回族も結構いますね。 これまで車窓の写真が撮れているということは、それだけバスが途中で止まることが多いということですが・・・。

 「全然動かないじゃん! どうなってんだ・・・・」
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 ホントに動きません。30分経っても少しノロノロ動いて、またストップ。

 愛煙家?の私には絶好の喫煙タイム。 渋滞中はすぐにバスを降りて一服。
 「緑が綺麗じゃん・・・」
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 私はノンビリとタバコばかり吸っていたんですが・・・・。 
 後で聞くと添乗員のM嬢。胃がキリキリ痛んだんだそうです。 五丈原へ行けないことになると、このツアーそのものが成り立たない? そんな状況だったらしい。

 「この場所が渋滞の原因か?」
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 国道とはいえ、狭い道ですから、なにかあるとすぐ渋滞になる。 なぜか中国のトラックは渋滞が続くとエンコして、道をふさいでしまうんですね・・・。

 どうも先日来の雨で、仮設の橋が壊れているようでした。
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 渋滞の場所はなんとか抜けたんですが・・・・
 「もう3時間以上遅れてるわ・・・・」 もう午後の2時を過ぎているんですが、五丈原へはまだ2時間以上かかるらしい。

 とある田舎の町に。
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 中国の田舎の山里の町って感じ。
 「皆さん、スミマセンがお昼を食べる時間がなくなりました。 何か食べ物を調達してきますので、車内で食べてください。」 と添乗員のM嬢。

 「まー、夏だから日も長い。 そのうち着けるわさ」 私は至極ノンビリムード。
 「しかし、腹は減ったな・・・・」 我らのバスのドライバーさんも昼を調達中。
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 中国人の彼らが食べるものが一番美味いものだろう。 ということで、私も一人ノコノコと。 どうも、日本の お焼き に似た物で、結構美味かったです。

 私とドライバー2人の合計3人分(10個)で10元(170円)でお釣りが来た。 ドライバーさんが義理堅い人で、自分たちの分は払うと言って聞かない。 どうも中国の物価は日本の5分の1ぐらいですね。

 そのうちガイドさんが、みんなにお昼を。 PEフィルムに入った、刀削麺のピリ辛仕立て。
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 まー、こんな感じで、渋滞に悩まされながらの山越えが続きましたが、キリがないのでこのぐらいで。

 それでその日のうちに五丈原へたどりついたか?
 結局は夕暮れの五丈原が見られましたよ。 その話は次回へ







 
by takeshi_kanazaw | 2013-07-16 11:29 | 中国・三国志紀行 | Comments(4)

海外や国内の適当に撮った写真の記録


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