カテゴリ:マレーシアの旅( 25 )

 海外旅行の旅の様子を載せるのですから、観光地の写真をもっと沢山入れるといいのでしょうが、どうも私の場合は変なものが気になる。 マレーシアの旅の最後は、 ペナンをプラプラしていて気になった写真を載せることにします。 題して ペナンの光と影。

 マレーシアの歴史はイマイチよく判らなかったのが残念です。 
 そもそも マレー という言葉は、インド人の東の山があるところ ぐらいの意味だそうで、マレー半島からインドネシア群島、フィリピンまで、幅広い地域をイメージしていたそうです。

 現在のマレーシアという国が、マレーと名乗ったのは偶然に優先権を先に確保した結果? でインドネシアやフィリピンがマレーシアと名乗っても不思議がなかった? ですからマレーシアという国は、人種や歴史が複雑に入り組んだ国だと言えますね。


 ペナンの話に戻しましょう。

 ペナンの博物館で見た18世紀頃のペナンの様子です。
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 恐らくイギリス人が写真に撮ったものでしょうね。 なんとなく幕末の神奈川の写真を思い出しますね。 そう思いませんか? 

 ペナンはマラッカ海峡の北の要衝ですから、それ以前にインドや中国や近隣国から沢山の人が集まって来ていたと思われます。 ただペナン島は何もない島だったので、当時のこの地区のマレーの王様が、シャムとの交戦の応援を期待して、イギリスに貸したのが始まりらしい。

 外国に土地を貸すのは考えものですね・・・。 結局マレー全部をイギリスに獲られましたね。

 18世紀頃の写真とほぼ同位置の現在の様子です。
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 マングロープの海岸が開発され、ビルが建ち並ぶビジネス街に変貌しました。 夜ともならば、ネオンが輝く綺麗な海岸通りです。
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 この綺麗なビジネス街の隣に、海の上で生活している人達がいます。
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 海上生活者というと貧しい人達、影の部分 と思われるかも知れません。 しかし、昔からマングローブの岸辺で生活するには、泥の上に何か杭を打ち込んで、その上に家を建てるしか方法がありません。 昔はごくごく普通の生活の仕方と言えます。

 現代の海上生活者は数十件になってしまったようですが、水道は完備していますし、勿論電気もあります。部屋を覗くと我家より広い。
 この家は漁師さんなんでしょうか・・・
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 何処となく私の生家の瀬戸内の漁村を思い出しましたね・・・・。

 私がペナンで一番気になった人。とびきりの美人でもなく、変なインド系のオジサン。
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 ビル街が広がる海岸通りに、何をするでもなく座っている。 上半身は裸、足はなにも履いていない。 別に物乞いをするふうでもなく、誰かに話しかけるでもなく・・・・・。


 しばらくジーと座っていたのですが、やがてフラフラと海岸通りを歩き去りました。
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 光り輝く綺麗な近代的な海岸通りを、パンツ一つでフラフラと何処へ行くつもりなのか・・・・。 後を付けて行くといいのですが、それではツアーメンバーと離れてしまいます。

 このオジサン、ペナンの近代化に取り残されたんでしょうかね・・・・・・・。


 長かったマレーシアの旅のお話もこれでお仕舞にしましょう。
by takeshi_kanazaw | 2012-02-28 23:09 | マレーシアの旅 | Comments(2)
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 華僑一族の宗廟みたいな所へやってきました。 上の絵はその建物に飾ってあった写真ですが、昼間私が撮ったものは下の絵です。
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 「いやいや、中国人やな・・・。 まー、ごてごてと飾り立てて・・・・」
 中に入ると、また キンピカ のオンパレード。
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 この建物は、中国のアモイ(福建省)を1527年に出て、東南アジア一帯へ出てきた 丘一族(多分そういう一族だったと思う)が、今日に至るまで営々と築いた地位を誇示するために建てられたものです。

 この建物は凄く立派で、映画の「アンナと王様」 でも利用されたとか。
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 「この映画はユルブリンナーの 王様と私 というタイの話の巻き直しだよね。 シャルウイダンス? で有名だよね」
「えー? シャルイウイダンス って日本の映画でしょう?」 と ツアーの若奥さま(と言っても40代)が怪訝な顔つきでのたまう。
「タイのラーマ4世と英国人の家庭教師との話だよ」    世代ギャップですな・・・・。

 世代ギャップの話はさておき、一族の歴史を誇示する展示が。
 見難いですが、一族の散らばった場所が表示されていました。
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 「それぞれ違う国へ出掛けて、コツコツと生活の基盤を作り上げるって、凄く大変だったと思うな~」 
 アモイのこの一族の故郷は、昨年福建省の旅で通った場所ですが、何もない田舎町でしたね。 ただ国際港のアモイが近いので、外の世界が身近に感じられたのかも知れませんね。

 現在の一族の写真が誇らかしげに飾ってありました。
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 「みんな金持ちの商売人に見えるな・・・・」

 家族や一族の結束を固め、東南アジア一帯でコツコツとその地盤をきづいてきた中国人。
 「これが華僑やな・・・・。 ごてごてやキンピカは好かんけど、その努力は凄いよな・・・・」

 どうも中国の人は、政府とか国を頭から信用していないような気がします。 
 日本人は何処かで国を 自分を守ってくれる 親 のような気分でいますが、逆に中国の人は国は自分の家族や親族を痛めつける存在と思っているフシがあります。

 ですから、華僑の人達は外国でもその国の政府を信じず、ましてや母国の中国の国も頼らず、ひたすら自己責任で生きてきたのですね。 少し蓄財すると 金 を買うのは、その現われでしょう。 いざとなれば、頼りになるのはその国の貨幣ではなく、金 ですからね。

 日本では社会保障とか景気対策とか政府への注文が多いですが、華僑の人達は 政府に対しては 俺達の商売を邪魔をしないでくれ という要求だけだったのではないでしょうか。

 この一族はほんの一例で、東南アジアにはこんな一族が一杯いますね。
 ですから、国を越えて情報や商売がスムーズに動き、東南アジアでは、表面上の国の関係とは異なる、 華僑の世界 が大きな力を持っているわけですね。
by takeshi_kanazaw | 2012-02-28 13:44 | マレーシアの旅 | Comments(0)
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 インド人のイスラム寺院です。一人静かにお祈りしている人がいました。
 インド人と言えばすぐにヒンヅー教をイメージしますが、インドは近世長らくイスラム教の国でした。あの有名な タージマハル はイスラム様式の廟です。 第二次大戦後はイスラム教のパキスタンと分離ですが、長らく支配層はイスラム教徒でした。

 と言うことで、インド人街には頭にスカーフを巻いて、サリーを着たご婦人がいることに。
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 しかし、インド人の多くはやっぱりヒンヅー教徒ですかね。 
 訪れたヒンヅー寺院、何やら祭事の最中のようでした。
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 集まっているのは断然ご婦人方が多い。
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 「こういうのはカメラで撮っちゃいけないんじゃないの?」
 そうかもしれませんね・・・。 でも雰囲気は日本の神社のお祭りのような感じでしたが・・・。

 インドネシアのバリ島はヒンヅー教の島ですが、旅行した時も毎日のようにお祭りがあって、ヒンヅーはとにかく祭事がベラボーに多い宗教ですね。

 インド人街をぶらぶら。
 商店は衣料関係や雑貨関係が多いみたいですね。
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 目があったオネーサン、歯が白くて綺麗でしたが、手を振ると答えてくれましたね。

 横のお店の前ではオジサンが昼寝中?
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 気持ち良さそうに寝ていましたよ。

 インド人とはこれまであまり知り合いもなく、よく判らないことが多いので、印橋(インド系の商人)の実態もよく判りませんが、東南アジアでは華僑と印橋の争いや住み分けがあるんでしょうね・・・。

 インド人街からまたプラプラと中国人街へ。
 「冷たいもので飲んで行こうか・・・・」  みんなでマンゴジュースを飲みました。
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 左側はドラゴンフルーツとバナナです。

 店の人が我々の写真を撮りたいと。 店の宣伝に使うのだそうです。
 「上手い考えだよ。日本人もよく立ち寄る、安心の店って宣伝すれば、観光客も来るさ」

 ペナン観光でそんな写真を見つけたら、我々が立ち寄った店ですよ。
 私はそのお店をカメラに写すを忘れてしまいましたが・・・・・。
by takeshi_kanazaw | 2012-02-27 23:12 | マレーシアの旅 | Comments(0)
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 ペナン島にはいろんな寺院がありますが、ビルマ寺もその一つ。 ビルマは 玉(ぎょく)の一大産地で、このお寺の床も大理石と思われるピカピカの素材で作られていました。

 「綺麗やな・・・・。ビルマは本当に綺麗な仏教寺院を作るんだな・・・・」

 ここの本尊の仏様も 玉(ぎょく)で作られていました。
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 上海の玉仏寺の玉の仏像はビルマからの贈り物ですし、バンコクのワットプラケオ(王宮)の本尊の小さな玉の仏像もビルマで作られたものです。 玉(ぎょく)と言えば ビルマ だったんでしょうか。

 ペナンからアンダマン海(インド洋)を北上すれば、ビルマはそう遠くはない。陸づたいでも十分移動が出来る距離ですから、ビルマの人が大勢来ても不思議はない。
 人が移動すれば、その人達の信じる宗教も一緒に移動し、移動先で寺院が建つということですね。

 ビルマ(現在ミャンマー)は昔から上座部仏教(南伝仏教)の盛んな所で、沢山の仏教遺跡があるそうですが、民主化の遅れで外国人に開放的でなかった。 最近様子に変化があるので、一度訪ねてみたい国の一つですね。

 寺院の建物も、まっこと綺麗でしたね。
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 ビルマ寺院様式は木の板の組み合わせで骨格を作り、そこに金箔を貼り付けるパターンが多く、他の国の寺院と少し異なる特徴があります。

 このビルマ寺のトイ面に タイのお寺がありましたが、このお寺の出来はイマイチ。
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 タイ(シャム)とマレーシアは度々衝突を繰り返しています。 現在のタイ南部3州には近世に中国系の国があって、19世紀ラーマ5世の時にタイに合併されますが、その帰属は常にシャムとマレーの紛争の種になっていました。

 何処も隣国とはあまり友好的ではない と言うのが歴史の常ですね。 シャム人はあまりマレーには来ていませんね、きっと。

 次は インド の寺院へ行ってみますか・・・・
by takeshi_kanazaw | 2012-02-26 19:04 | マレーシアの旅 | Comments(2)
 マレーシアの観光の最後はペナン島。
 ペナン島は南北約25キロ、東西15キロの結構大きな島です。 島の人口は約70万人、対岸も加えた州の人口は150万人の大都会ですね。

 ペナンは3つの顔を持っているように思いました。

 
1.歴史あるマラッカ海峡有数の港。

 古くからインド、中国から大勢の人が貿易にやって来た。今でも華僑の人口が60%。
 街の中には中国のお寺が多く残っている。
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 インドのヒンズーのお寺も
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 そして、18世紀からはイギリス領に。当時の大砲だろうか。
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2.そして現代はマレーシア有数の工業都市。
 ペナン島と対岸に、多くの海外から進出してきた工場が一杯ある。
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 ペナン空港から香港へ帰る飛行機から撮った写真です。ペナン島の対岸の様子です。沢山の工場が見えました。この規模は半端ではない。今のペナンを支えているのは、観光ではなくこの工場群である。
 
 ちなみにホンダが海外進出したのはマレーシアが主力だったし、マレーシアは世界有数のIC生産国だったこともあります。 東南アジアでは群を抜いた工業国へ変貌したのですね。

 島の中心はビジネス街へ変貌していて、小型のシンガポールという感じでしょうか。
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3.そして、3っつ目の顔は リゾート地としてのペナンだ。
 島の北側には綺麗な海岸があり、大きなホテルが林立している。
 我々が泊まったホテルのベランダからの風景
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そして、そのホテルの前のビーチです。
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 日本人がロングステイしたい場所として、マレーシアが連続1位だそうです。

 
 恐らく、10年~20年前に、工場をペナンに進出させた日本企業の海外派遣者は、リゾート風でかつ現代機能を持つペナンで住み、割合近い職場に運転手つきの車で通勤していたのではないでしょうか。 タイのバンコクより楽で優雅な生活が出来たと思いますね。
 

 当時の生活としては、家族と時には古い町並みを歩き、夕食は浜辺で海鮮料理に舌鼓。
 たまには日本食食べたい。ペナンにはちゃんと日本食のレストランがある。
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 (ただしこのレストランは高い! 刺身盛り合わせが五千円。 企業の接待用かも)

 マレーシアではマレー人と華僑との会話は 英語 らしく、殆ど英語が使われています。 英語の苦手な私は別にして、英語が通じると言うのは外国人にはとても楽な環境ですね。 
 それに、ここペナンは大都会ですから、いろんな近代的社会基盤が出来ています。 道路、交通、電気、水道、小売店・・・・。 島には国際空港もあります(日本との直行便はないが)
 また、ペナン島の山には緑が一杯で、少し足を延ばせば自然も満喫できますね。

 「退職後もペナンに住みたいわね」 となるでしょうね・・・・。

 
 現代も当時のように上手くいくかどうか・・。 
  現在のペナンは大都市化して、よく渋滞が発生しますし、住宅費や諸物価が意外と高くなってるような気がします。都会生活が好きな方はいいでしょうが、生活するにはかなりのお金が必要で、私はどうもペナンを選択する気がしませんが・・・。


 ロングステイの話はさておき、そんなペナンを駆け足で観光してきました。
 街のそれぞれの表情を撮ってみました。
by takeshi_kanazaw | 2012-02-26 12:52 | マレーシアの旅 | Comments(4)
 オラウータンは一番人間に近い動物だそうです。 同行のガイドさんが言うには、人間の9歳ぐらいまでの知能があると言うのですが・・・・。

 オラウータンは 森の人 という意味らしいのですが、オラウータンを見るには人口湖を船で渡って、森の中に行かねば会えません。
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「檻の中のオラウータンを見るんじゃなくて、我々が檻の中に入って、森のオラウータンを見るんですよ」
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 オラウータンと言うのは確かに知能が進んでいるのかも知れません。観光客が来ると、ちゃんと反応して寄ってきますね。
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 一番人間に近いとはいえ、風貌はあまりよろしくないね・・・・。

 別の建屋に居た赤ん坊のオラウータン。誰が教えたのか アカンベー をやりますね。
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 森林伐採が進んでオラウータンも数が減っているようです。
 「こんな施設に入れて置くより、自然の森にかえした方がいいのにな~・・・・」
 「イヤイヤ、この施設があって観光客が来るから、人間様の雇用が維持されてんだよ」
 日本人にもいろいろのご意見が出ていましたが。

 「このツアーメンバーの中に、誰か雨男か雨女がいるんじゃんないか? またスコールだよ」
 突然大粒の雨が落ちてきて、後は滝のように、
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 イヤイヤ、本当に雨男か雨女がいるようですね。 毎日のようにスコールに会いますね・・・・。
by takeshi_kanazaw | 2012-02-25 18:49 | マレーシアの旅 | Comments(0)
 パック旅行では有名な観光地を廻るので、その国の普通の町の情況がよく判りません。
 むしろ移動中の何気ない田舎の風景が好きな私には、バスの車窓の風景の方が興味深い。

 キャメロンハイランドからペナンへの移動の途中に立ち寄った クリアカンサーという町。
 マラッカ王国の王様がポルトガルに追われて逃げてきた所だそうです。
 今は人口数万の田舎町。マレーシアの普通の町の雰囲気のような気がします。
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 結構綺麗な町並みですね。この町の銀座通り?
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 パナソニックの看板も見えますね。 そうそう、マレーシア語の綴りはアルハベットなんですね。インドネシア語もアルハベットですし、有難うという テレマカシ と言う言葉は共通ですね。

 王宮が見えてきました。 王宮のモスクですね。
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 この王様はマラッカ王国の末裔だそうで、マレーシアで一番権威ある王様だそうです。日本の皇族も表敬訪問したそうです。 現在の王様はイギリスに留学した弁護士さん。 王様に弁護を頼むと弁護料は高いのかな~・・・・。

 しかし、クアランプールでみたモスクとは一味違いますな~。
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 どうなんでしょうね、マレーシアの王様。 単純に象徴的地位と言えるんでしょうかね・・・。えらく立派ですね・・・。

 ツアーメンバーの中に、画伯?が同行されていました。彼女がこのモスクを写生した作品?
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 彼女は旅行中に20枚ぐらい描かれましたが、いやいやその手早いこと。
 「俺も描いてみたいけどな・・・・・」

 王宮の近くの学校。
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 普通のこの町の学校らしいのですが、マレーシアでは田舎の学校ではまだ午前と午後の2部制らしい。低学年は早朝だったか忘れましたが、始まるのがやけに早いようです。

 この町は落ち着いていていいですね・・・・。 
 あんまり高層ビルが林立する都会より、こうした田舎の町が好きですね・・・・。
by takeshi_kanazaw | 2012-02-25 13:12 | マレーシアの旅 | Comments(2)
 キャメロンハイランド、花屋さんの次は朝市?へ。
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 ここキャメロンハイランドにはマレー人で高原野菜を作っている住民が結構いるらしい。

 朝市のお店を覗いてみると、
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 日本ではお馴染みの、大根、人参、キャベツ、白菜・・・・。いろんな野菜が並んでいます。
 「わざわざここまで車できて野菜を買うマレーシアの観光客も多いですよ」
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 プラプラとあるいて・・・「サツマイモをふかしてるよ。少し小さいけど、日本とそっくりだ」 
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 キャメロンハイランド以外の場所ではサツマイモは見なかったですね・・・・。
 イチゴもありましたね・・・マレーシアではイチゴは高原にしか育たない?
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 「この付近のお百姓さんは結構お金持ちが多いですよ」 とガイド。
 この朝市で商売してる人は殆どマレー系。 地元の人が多いらしい。

 「そういえば、ここの気温は日本とよく似てるから、日本の野菜は育つのかも知れないな~」
 私は珍しく、ここで 蜂蜜 を購入。 蜂蜜はここの名物らしいのだが、蜂蜜は別に高原にしか獲れないわけでもないと思うのですが・・・

 すぐにキャメロンハイランドを後にして、下界へ下らねばいけない。
 「つかの間の涼しい風だったな・・・・」






 
by takeshi_kanazaw | 2012-02-24 18:43 | マレーシアの旅 | Comments(2)
 マレーシアのキャメロンハイランド。 朝起きると爽やかな感じで、朝の太陽が窓から差し込み、まさに高原の宿の朝という感じでしたね。
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 このキャメロンハイランド、周囲には数百人の部落などはあるのですが、多くの建物は別荘風のペンションとかマンション、ホテルが結構ありました。しかしどうも観光資源はイマイチ。
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 「日本人のロングスティの人も多いと聞くけど、ゴルフ場は多くないし、毎日何をして暮らしているのかね」 一番近くの大きな町のイポまで車で2時間だし、とにかく大変だろうなと思いますね。もし、ここでロングステイしたい方は、1週間ぐらい泊まってみてからどうするか決めた方がいいですね・・・。

 「さー、花屋さんへ行きましょうか」 なんで高原まで来て花を見に行くの? 観光資源不足?

 「面白い、紫陽花が咲いてるぞ!」
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 ここの温度は20度ぐらいですから、日本の5月頃の温度ではあるんですが・・・。 ツツジも咲いてましたね。
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 日本で撮った写真ではありませんよ、念のため。
 「年中咲いているのかな・・・・」 場所が変わると季節感が狂ってしまいますね。

 日本ではあんまり見ないものもありますね。 翡翠かずら だそうです。
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 よく判りませんが、この花屋さん、サボテンが沢山ありました。これなどはリンゴつきサボテン?
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 先月名古屋でサボテンをけいめいに撮ったので、少しこだわって。真っ赤なのは花なのかどうかよく判らない。
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 熱帯のマレーシアでは、涼しいキャメロンハイランドのような、高原の花が珍しいのかも知れませんね。多くのマレーシアの人が花を買っていました。 日本で熱帯植物を愛でるが如し ですかね。
by takeshi_kanazaw | 2012-02-24 13:10 | マレーシアの旅 | Comments(2)
 キャメロンハイランドはマレーシアの有名な避暑地。イギリスの植民地時代に開発されたとか。 標高1500m以上の高地にありますから、年中20度前後だそうです。

 バスは熱帯林の中をクネクネと登って行きます。
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 なかなかの熱帯林なのですが、バスを止めてくれません。 所々に現地人(昔から住んでる原マレー人)の小屋が見えます。
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 少しちじれた髪をした風貌で、現代離れした?感じの人達です。

 ドンドン登っていくと熱帯林がなくなり、亜熱帯の感じの林になっていきます。
 キャメロンハイランドは日本で例えると、・・・どうもピッタリした場所がないですね。 上高地のように川があるわけじゃないし、志賀高原のように展望がいいわけでもない。 ” 熱くない ” それだけのような気がしますね。

 お茶畑が出てきました。 キャメロンハイランドにはお茶が自生しているわけではなく、あくまでも植民地時代のプランテーションですね。
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 「せっかくお茶畑に来たから、お茶を飲まなきゃ」 
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 当然紅茶。味は・・・普通の紅茶のようですね・・・ 一杯100円弱。
 確かに涼しくて綺麗な場所ですね。
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 キャメロンハイランドの余談を2つ。
 ここでタイのシルクを開発した ジム・トンプソン が失踪したそうですが、その話を松本清張が小説にしていましたね。題名は・・・・忘れました。
 
 もう一つは日本軍がここを占領した時の話。ここにはイギリス人がゴルフ場を造っていたのですが、日本軍は全て野菜畑にしてしまった。これが現在のキャメロンハイランドが高原野菜の栽培地の元となったそうです。 現在はゴルフ場が復活し、ロングステイの日本人が一杯来てゴルフをやっているそうです。

 イギリス人が開発したキャメロンハイランドも大きな避暑地へ変貌していますが、現代の主役は 中国系の人達ですね。 ホテル、飲食店、花畑・・・。 殆ど中国系みたいですね。

 「夕食は名物の鍋ですよ・・・」 
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 「なーんだ、中国・四川の火鍋、バンコクのタイすき、日本のよせ鍋。その親戚だね」 鳥ガラスープに野菜やキノコ、海老、煉りものを入れて、タレを付けて食べる。
 少し涼しいキャメロンハイランドでは、暖かい鍋物が美味いですよね。

 「今夜は少し寒いかも知れませんよ。ホテルには冷暖房施設がありませんからね」
 イヤイヤ、35度の平地から登ってくると、自然の冷気が一番のごちそうですね・・・・。

 実際寒かったですね。 真夜中には名古屋で着ていたジャンパーをとりだしましたよ。
by takeshi_kanazaw | 2012-02-23 19:39 | マレーシアの旅 | Comments(4)

海外や国内の適当に撮った写真の記録


by takeshi_kanazaw