カテゴリ:中国東北紀行( 18 )

 長春は吉林省の省都。大都会ですが、大連・瀋陽より少し田舎っぽい。

 「いかにも中国の街という感じかな~・・・」 チョットした問屋街ですかね。
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 ゴチャゴチャしていて、活気がある。

 「今日は暑いけど、裸のオジサンがいるよ。店は吉林省名産品か・・・」
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 面白そうなんですが、バスはドンドンと街を走ります。

 「長春は満州国の首都でしたから、昔の政府の建物が一杯残っていますよ」 とガイド。
 「うんうん。まるで日本の昔の霞が関みたいだな~」

 日本風の瓦の建物に、今や共産党の看板が建っていますね。
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 「中国風に建て変えればいいのに、なんで日本の建物を残すのかな~・・・」

 一国の首都機能ですから、結構各省庁の建物とおぼしきものが残っています。
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 現在は人民政府の建物として、あるいは吉林大学の校舎として利用されています。

 長春はほぼ旧満州国の中央に位置していましたから、これからドンドン北へ向かって行きたい気分ですが、パックツアーは此処まで。

 長春から直行便で名古屋へ。
 「どうして長春から名古屋の直行便があるの?」
 「トヨタさんのおかげですね。ここ長春にトヨタと合弁した会社の本社がありますからね。長春は今や自動車の町ですよ」

 100年前日本軍が来た中国の町に、戦後は日本の自動車会社がやってくる。
 「軍隊より企業が来る方がいいんじゃない」

 中国東北紀行もこれで終了。

 しかし、あんまりいい絵が撮れませんでしたね。

 「今度は中国の 田舎 へ行くぞ! もう都会はヤメだ」
by takeshi_kanazaw | 2011-07-03 19:04 | 中国東北紀行 | Comments(2)
 長春は 旧満州国の首都だった町ですね。

 よくご存じのように、満州国は1932年に日本の関東軍による傀儡政権として建国。元首(執政、後に皇帝)には清朝最後の皇帝愛新覚羅溥儀が就いた。
 映画 ラストエンペラー の世界 と言った方が、若い方には通りがいいかも。

 まずは満州国時代に溥儀が住んでいたところへ。
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 「この偽満州というのはどういう意味だい?」と私はガイドに聞きました。
 「中国では満州国という国は認めていませんから、偽満州国という表現を常に使っています」
 そういえば、国際連合のリットン調査団も、国として認めなかったな~・・・。

 溥儀さんが住んだ住宅(皇帝が住むから皇宮となる)は、元ドイツ人が住んでいたという小さな洒落た住宅で、とても皇宮というほど立派な物ではない。
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 江沢民さん直筆の碑がありますね。 1932年の屈辱を忘れるな! ですかね。

 建物の中に入っていくと・・・
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 「あれ? この場所は・・・・。何処かで見たような・・・・」
 「この建物は、映画のラストエンペラー でも使われましたよ」
 「そうだそうだ。確か甘粕大尉が出てくるシーンだったような・・・」

 満州国については、中国では「偽満州国」と表現しているように、国辱的に捉えていますね。まー、当然でしょうね。

 日本では、満州国設立でこの東北地方の社会的インフラが整い、中国有数の重工業地帯が出来たとか、ロシアの南下を防御出来たなどの意見がありますが、中国人には関係ないですね。日本側の勝手な思い込み。 占領された相手の立場も考えれば明白でしょうね。

 これは過去の日本だけじゃなくて、現在でもイラクやアフガンで似たようなことが行われています。テロとの戦いなどの命題を付けても、他国を侵略していいはずがない。

 さてさて、話を戻します。
 溥儀さんは皇帝にカムバックしたので、宴会などが好きだったようです。
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 しかし、本人はどうも性的欠陥があったという説や、奥さんがアヘン中毒だったということもあって、日常は全然楽しくなかったでしょうね。

 若いころの写真もありましたが、どうも繊細な感じの人物だったようです。
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 「もし私が溥儀さんの立場だったらどうしたかな・・・・」
 日本軍を上手く利用して、清王朝の再興を狙ったかも知れませんね。
 中国では外国勢力を利用して、国を復権したケースも多々ありましたからね。

 歴史は元には戻らないのですが・・・。
by takeshi_kanazaw | 2011-07-02 17:50 | 中国東北紀行 | Comments(0)
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 中国の新幹線「和諧号」です。
 ちなみに 和諧号 という呼び名は中国全土同じです。日本が新幹線と呼ぶが如し。

 「日本の新幹線そっくりやな~。」
 それもそのはず、この和諧号は日本の新幹線の技術を導入したものです。

 瀋陽から長春への移動は、中国の新幹線に乗ることに。
 北京発ハルピン行きの列車のようです。

 中の様子も日本の新幹線とよく似ています。
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 「わざわざ中国へ来て、新幹線に乗せてもろても、全然楽しくないわ」
 「おまけに全席禁煙で、変なところまで日本式? ほんまに全然面白うないわ!」

 時速? よく知りませんね。 まー、新幹線並みと違いますか。
 「中国東北を新幹線で走って、何がおもろいもんか!」
 私は生まれが関西なので、感情が高ぶると時々関西弁になる。

 この中国の新幹線。中国政府は盛んに自国の技術であると主張しています。
 なんとアメリカや各国に特許の申請をしているそうです。 中国人らしい?

 つまらない新幹線の旅の時間、何をしてたでしょうか、忘れましたね。
 多分、ツアーメンバーと、この旅とは関係のない話をしていたような・・・。

 長春駅にやっと着きました。
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 「俺はあっちの汽車の方がえーな。あっちの汽車に乗りたいわ」
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 最近、私の中国旅行は、どこか感傷旅行見たいな感じですね。
 古き中国が変わっていく様を、惜しむというか、腹立たしく思うというか・・・。

 「もういい加減に、古い中国の姿を追い求めるは、止めにした方がいいんだろうな・・・」
by takeshi_kanazaw | 2011-07-01 16:04 | 中国東北紀行 | Comments(4)
 早朝の瀋陽の街。続編は人の表情。

 早朝に瀋陽駅の近くを、一人でカメラを首にかけてプラプラ。
 ズームレンズが付いているので、道行く人をズームアップしてドンドン撮っていきます。

 「田舎から出てきたオジサンかな~・・。中国のオジサンはこうでなくちゃ」
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 どうもビルの裏側にこうしたオジサンが集まっていましたね。日雇いの人かな~・・。

 オジサンとすれ違って行くのは 中国のパワフルなオバサン族。
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 服装のセンスはどうもいただけないと私は思うのですが・・・。日本の女性陣の方がセンスがいいですが、中国でもオバサンパワーが出てきましたね・・・。

 中国では珍しいですね。 犬を連れて朝の散歩ですね。 中国も変わったね・・・・。
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 そろそろ商売の準備でしょうか。 多分駅のどこかでワゴンで飲み物でも売るんでしょう。
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 下の若者。もう数十分の間、ズーと下を向いて座っていました。
 待人来らず? それとも家出?。 なんとなく気になって・・・・。
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 カップルが駅に向かって歩いていました。
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 なんと言えばいいのか・・・。 
 なんとも味のないカップルというか、時代の変化でしょうかね・・・。

 その日は瀋陽から次の目的地の長春へ、中国の新幹線で移動する予定でした。
 そろそろホテルへ帰って早めの朝食を取らないと・・・・。
by takeshi_kanazaw | 2011-07-01 00:22 | 中国東北紀行 | Comments(0)
 早朝の瀋陽の街。朝の5時過ぎだったでしょうか、一人でホテルをプラリと出て。
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 すでに朝日が登ってきましたね・・・。
 泊まったホテルは瀋陽の街の中心街にあるようです。 周囲はビルばかり。

 「日本の都会でも都心の朝はこんな風なのかな~」
 朝日が街を照らし始めました。
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 やっぱり居ましたね、竹ぼうきを持って掃除をする人。
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 中国の朝 と言えば、竹ぼうきを持った人が道路を掃いている姿。これがないといけません。

 少し歩いて行くと、面白いお店の看板が。 牛丼の吉野家さんですね。
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 アメリカのコーヒーチェーン、スターバックスもありました。
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 「星巴克」 と書いて、「スターバックス」と読めますかね・・・。 変な当て字。

 ドンドン歩いて行くと、駅が見えてきました。
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 瀋陽駅ですね。
 瀋陽には瀋陽北駅という大きな駅もあって、昨日下車したのは北駅の方です。

 早朝とは言え、もう車が一杯ですね。
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 バスから大勢の人が乗り降りしています。 中国の人は朝が早いですね。
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 すこし長くなってきました。 続編は次回へ。
by takeshi_kanazaw | 2011-06-30 11:40 | 中国東北紀行 | Comments(2)
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 瀋陽のホテルに入る前の道。
 何気なく道の向こうに目をやると、大きな赤い夕陽が目にはいってきました。

 「旧満州の原野に落ちる夕日を見たかったけどな~・・・」
 残念ながら、今回の旅では、建築ラッシュが続く東北瀋陽の街に落ちる夕日しか見ることが出来ませんでしたね・・・。

 でも日本で見る夕日より、なぜか大きくて赤く見えましたね。

 何時かどこかで、大平原の地平線に落ちる、大きな真っ赤な夕日が見たいもんですね。
by takeshi_kanazaw | 2011-06-29 12:31 | 中国東北紀行 | Comments(0)
 清の初めての都が瀋陽だったというお話をしましたが、此処には初代皇帝である太宗ホンタイジとその妻・孝文端皇后の陵墓があります。 北陵といいますが、なんとこれも世界遺産だそうです。

 「あ~あ、それにしても暑いな~・・・」
 この北陵は広い公園になっていて、入り口から本体まで1キロぐらいあったように思う。
 とにかく30度を超える暑さだったから・・・。

 「なんとなく洒落た感じの建物だな・・・。まえの故宮はチョット田舎ぽかったけど」
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 そうなんですよね、初代の皇帝が死んだ頃は、すでに清は中国の北京を都とする大清国ですから、その皇帝のお墓となると豪華になるわけだ。

 「う~ん。この図柄は何処かで何度も見たような・・・・」
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 歴代中国の皇帝の印は竜ですが、王朝によって感じが変わるような気がします。この印は清代の頃の皇帝の関係する施設で見る印だったような・・・。

 なんとなく北京の故宮のような雰囲気を持つ建物の感じが出てきましたね。
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 「しかし暑いな~・・・」 何度も申し訳ありませんが、とにかく暑かったんです。
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 この建物の庭には、松の木と白い花が一杯。 中国では少し珍しい風景です。
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 若い二人には暑さなんか関係ないか・・・。
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 「でもね・・・最近の中国のカップル。なんとなく初々しさがないんだよな~」

 とにかく暑い。早く涼しいところで飯を食わせて!
by takeshi_kanazaw | 2011-06-28 22:04 | 中国東北紀行 | Comments(0)
 瀋陽に故宮があるのは、此処が清王朝の発足した故郷で、もともと清王朝の都は瀋陽だったというのです。知りませんでしたね・・・。 ということで、少し歴史的なお話を。


 中国で有名な 万里の長城 は、中華の国 を辺境の異民族からの侵入を防ぐ目的で作られたことは、よく知られています。 秦に始まり、明の時代まで営々と作られたのですが、現在の東北地方は何時の時代にもその万里の長城の外側にあります。

 「何が言いたいの?」

 そうなんです、今回旅した東北地方は、歴史的には元の時代と清の時代以外は、辺境の異民族の地であったのですね。 元はモンゴル族、清は満州族の王朝ですから、いわゆる漢民族がこの地を占有したのは、現在の中華人民共和国政権だけということになりませんか?

 よく知られているように中国最後の王朝である、清 はこの満州の地から起こっています。17世紀に女真族のヌルハチが明から独立し、やがて明王朝の混乱を収める形で中国全土を占拠します。皆さんよくご存じの歴史です。

 その清がまだ瀋陽を都としていた時代の建物ですね。
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 「現在満州族は何人ぐらいいるの?」と私。
 「サッパリ判りませんね。満州族より朝鮮族の方が多いですよ」とガイド。

 どうも女真族がこの瀋陽で清王朝を起こす時、モンゴル人、朝鮮族、漢族 を融合する必要があって、自分達の種族名を女真族から満州族に替えたという歴史があるようです。

 瀋陽の故宮は北京の故宮の30分の1ぐらいの規模ですが、大明国の都を真似ようとする辺境の満州人国家の いじらしさ を感じさせる建物ですね。
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 左側のクニャクニャした字はどうも満州語見たいですね。 それでも形は北京の故宮をなぞっていますね。 とても中華の国を占領してやろうという感じではないですね。

 下の建物も規模は小さいですが、北京を真似ています。
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 「どうして明王朝はあっけなく清に滅ぼされたんだろう。人口僅か数百万人の満州族に負けたんだろう・・・。中核の女真族なんて百万もいなかったはずだのに・・・」

 中華の国 明王朝の自滅ですね。 内紛や農民反乱(李自成の乱)で、清はこれを治める形で北京に入っていますから、まさに自滅です。 中国では何時も異民族の侵入を許していますが、殆どの場合は、内紛と農民の反乱がその原因です。

 この歴史的な トラウマ が現在の中国政府にもあるようです。
 政治の民主化は民衆の暴走を招きそうで怖いのでしょうね。チベットや内モンゴル、ウイグルなどの騒動は、歴史的にみると民族自決の理にかなっていますから、これも怖いのでしょう。

 清の時代は漢民族の満州への移住は制限していたようですが、現在はドンドンと漢民族が移住して、90%以上が漢民族です。同じ傾向がウイグル自治区や内モンゴル、チベットでも見られ、民族融和というか、漢民族の数的優位が進行しています。

 清王朝の故郷 瀋陽の故宮 を見ながら、一人変なことを考え続けていましたね・・・。
by takeshi_kanazaw | 2011-06-28 11:26 | 中国東北紀行 | Comments(0)
 大連から列車に乗ってほぼ4時間弱。遼寧省の省都、瀋陽に到着しました。
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 まるで東京駅かと見間違うほどの大変な乗客数ですね。

 瀋陽は中国語で書くと 沈阳市 旧満州時代は 奉天 ですね。
 現在は人口850万人、東北最大の都市だそうです。

 遼寧省は北京から東北へ向かう根っこの場所でもあり、朝鮮半島へ向かう中継地でもあります。
 北朝鮮との国境 丹東 という町の名前がテレビでよく出ますが、これも遼寧省の都市ですね。

 遼寧省の総人口は約5千万人。まー中国では中ぐらいの規模の省ですが、吉林省、黒竜江省を合わせると東北3省はほぼ1億2千万人で、日本の人口と同じぐらいあるんですね・・・。

 「やっぱり大都会だね・・・」  駅前の混雑ぶりは大連以上ですね。
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 街中は大きなビルが林立しています。
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 「あーあ、やっぱり瀋陽も大都会だったな~・・。中国東北もこれじゃな~」

 旅行というのは、自分の持っていたイメージと現実がピッタリ合うということは少ないですが、今回の中国東北の旅は、まったくイメージと合いませんね。まったく合わない。

 街中の雰囲気は、日本の歩行者天国みたいな感じ。
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 飾りを見ると父の日が近い、いや、当日が父の日だったのかな~・・・。

 たとえば日本へ旅して、東京ー京都ー大阪と新幹線で移動すれば、日本の本当の姿を見ることが出来たかと言うと、甚だ疑問ですよね。

 「やっぱり中国はホントの田舎に行かないとダメだな~・・・」

 
by takeshi_kanazaw | 2011-06-27 20:48 | 中国東北紀行 | Comments(2)
 旅も3日目。 大連から瀋陽まで列車に乗って移動します。

 このツアーのPRは、 東北中国列車の旅 なんです。
 
 実は25年前から、私はいろんな中国の列車に乗って来たんですね。

 最初の訪中(1986年)上海ー無錫の列車は、昔の無錫旅情のカラオケのバック映像(古い話)のように、緑の大きな列車で中は薄暗くて・・・・。

 それからシルクロードの旅。蘭州から敦煌へ向かう列車で車掌さんの控室で、焼いた小麦を食べながら、二人だけで2時間近く筆談。 楽しかったですね・・・。

 特筆は 中国列車の旅3千キロ。 上海ー南京ー洛陽ー西安ー大同ー北京 と専用のVIP列車で10日以上走りましたね。ノンビリと平均時速は60キロ以下でしたが。
 デッキから黄河の写真を撮る人がいたり・・・。もうないですね、こんな企画。

 最近ではチベットの天空列車。青海省からチベットのラサまで標高4千メータ以上を。このころから中国の列車は綺麗で、早くなってしまった・・・。

 「東北の列車はどうなんだろうかな~・・・。まさか蒸気機関車?」
 昔の中国の列車をイメージする気分がありましたね、どこかに。

 さてさて、早朝(朝の8時前)大連駅へ
 「凄い人だね・・・」
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 しかし、残念ながら? 駅の構内は綺麗だった。 薄暗くて汚れた構内ではない。

 外国人だから? 柔座車(中国のグリーン車)の乗客だからか、駅員が来て、特別の入口から入場させてくれましたが・・・。

 「わー、駅のプラットホームも綺麗だ。それに大きくて長い」
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 どうも我々の乗る列車とおぼしき、綺麗な列車がホームに。
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 「こりゃダメだ。俺のイメージと全然違う! 日本と変わんないじゃないか」
 まー、半分はダメだろうとは覚悟していたんですが、昔の中国の列車に乗りたいなんて想いは、老人の妄想ですよね。 そう、懐古趣味はいい加減にしないと・・・。

 列車の中です。
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 もう列車の中に入ったころは懐古趣味もぶっ飛んで、まったく白けていましたね。
 「せめて車窓の風景を・・・。 中国東北の原野を見て・・・・」

 列車は遼東半島をかなりのスピードで北上するのですが、一向に原野とおぼしき風景が出現しないのです。窓から見えるのはビルばかり。
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 昔は車掌さんがお湯をヤカンに入れて、お茶を飲む人にお湯を配ってくれたんですが・・・。
 現在は車内販売のワゴンが来て、コーラやヒマワリの種などを販売。

 「中国の人はよくひまわりの種を食べるんだよ」と 私がひまわりの種を買ったんですが・・。
 現代の中国の人はもうこんな食べ物は食さないんでしょうか、周囲を見ても誰も食べていない。
 だいたい、このひまわりの種。食べるのが凄く面倒。

 車窓を見ると、やっと緑が出てきました。 水田がありましたね。
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 中国の北部は黄土高原や乾いた土地が多くて、水田などは出来ないのですが、東北は意外と稲作が出来るんですね。 日本の戦前の入植者の影響ですかね・・・。

 少し東北の田舎の家が見えてきましたが・・・
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 「原野が出てこない。中国東北の原野が見えてこない・・・」

 とうとう、そんな風景を見ない内に、目的地の瀋陽に着いてしまいました。

 昔のことばかり懐かしんで書いて恐縮でしたが、1989年の列車3千キロの旅の時の、上海駅での記念写真が残っていました。 参考までに載せておきましょう。
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by takeshi_kanazaw | 2011-06-27 12:11 | 中国東北紀行 | Comments(0)

海外や国内の適当に撮った写真の記録


by takeshi_kanazaw