カテゴリ:東北秋旅( 27 )

 (この東北秋旅は2010年10月24日から31日まで、東北地方を旅した記録です。11月12日に旅の時間的経緯に従って順序を並び変えました。途中までお読みの方には申し訳ありませんが、通読いただきますよう。なお、東北秋旅 のカテゴリを新たに追加しました)



 本日東北の旅から帰ってきました。 8日間の一人旅のドライブでした。

 「疲れた!!・・・」
 愛車の走行距離を見ると、やっぱり2500キロ走ってました。
 まだまだ若い? でもチョットしんどかったね・・・。

 先週の日曜日(10月24日)名古屋を出発。
 長野経由で新潟から日本海沿いに北上、秋田の能代から十和田湖へ。そして十和田湖から八幡平、田沢湖と奥羽山脈の日本海側を南下。福島県の裏磐梯を経由して、また新潟、長野のコース。

 「なんでこんなに天気が悪いの? 日頃の行いが悪いからか?」
 殆どが雨ばかりで、十和田湖や八幡平では寒波の影響で雪も降っていました。

 まー、紅葉と雪 が見られたから良しとするか・・・・
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 急な寒波で、川の水から湯気が出てましたね・・・。

 まだ帰宅して写真の整理も終わっていません。疲れましたからね・・・。
 
 明日以降、写真の整理をしながら、ゆっくりと秋の東北の旅を載せていきます。
by takeshi_kanazaw | 2010-11-12 15:31 | 東北秋旅 | Comments(2)
 今回の秋の東北への旅は、名古屋から中央高速を経て新潟から始めました。

 ご承知のように新潟県は 越後 の国ですが、「越」というのは古代の呼び名ですね。越前(福井)越中(富山)越後(新潟)と分かれて呼ばれるようになったのは、7世紀末の大宝律令によって分割されたものだそうです。

 「中国でも昔は長江以南はベトナムまで 越の国 だったのとよく似てるな・・・」
 要するに中央政権の勢力が及ばない、遠い地域だったということでしょうね。
 ちなみに、古代では出羽(山形、秋田)も 越 の一部だったようです。

 「それにしても新潟県は大きいな・・・・」
 上杉謙信の居城だった春日山(上越市)は富山に近く、そこからその日の泊まりの山形県に近い 村上まではおそらく200キロぐらいありますね。

 「走っても、走っても、水田が続く・・・ 米どころだね・・・」

 ところで、大陸から来た弥生式米作が何時頃この越後に導入されたのか・・・・。
 ヤマト政権が日本列島を征服していくのは、煎じつめれば米作の普及と同意義ですね。

 狩猟生活中心の 原日本人 は、 ” あんな泥まみれの米作りなんて・・ ” と嫌ったでしょうね。 新潟に居た蝦夷と呼ばれる人はどうなったのでしょね・・。

 日ごろ何気なく 米どころ越後 と思ってますが、旅をすると変なこと? を考えます。

 長い越後のドライブに飽きが来て、新潟市の南にある 豪農の館 にプラリと。
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 「まるで大藩の家老の屋敷みたいだ」
 大きな門構え、広い屋敷、立派な庭・・・とても農家とは思えません。
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 この屋敷は江戸時代から農地開放まで、7代続いた伊東家の豪宅で、現在は北方文化博物館になっています。

 「こんな豪宅を殿様はよく許したな・・・・」
 資料を見ると、この伊東家がある場所は昔 天領 だったようで、幕府直轄のためにこのような豪農が生まれたのかも知れません。

 伊東家はなんと1500町歩の田畑を所有し、県下随一の豪農だったとか。
 1500町歩というと・・・小さな町ぐらいの広さがある。

 小作への管理台帳が残されています。
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 「この伊東家の展示品はあんまり趣味がよくないな・・・」
 庶民の私としては、大金持ちには少々反発したくなりますね・・・。

 それにしても古代から現代までの 米つくり の歴史と実態が知りたいですね。

 古代のヤマト政権の内輪もめや平安貴族の話より、日本国中にどのように米作りが伝播し、そこでどういう社会構造の変化が進んだのか・・・・。
 鎌倉から江戸時代の武士と農民の関係や、農村の小作システムはどうなっていたのか。

 
 とにかく日が暮れないうちに村上へ行かないと・・・。
 
 その日の走行距離はほぼ600キロでした。
 まだ東北にたどり着けません。
by takeshi_kanazaw | 2010-11-12 15:30 | 東北秋旅 | Comments(0)
 新潟県の村上から日本海沿いに東北へ。

 さてさて、秋の東北の旅の2日目はいよいよ東北地方へ突入です。

 「秋田までどういう風に行くかな~・・・」
 何時ものことですが、一応宿は全て予約しているのですが、その日の行動は気分次第。

 「山形県に出羽三山というのがあったような・・・。チョット寄ってみようか」
 「あれは秋田県だったかな・・・。芭蕉が行った象潟(きさかた)・・・」
 購入したロードマップを見ながら、適当にスケジュールを組むのですが・・。

 「お客さん、これから3日間はズーと雨みたいですよ」 と村上のホテルのフロント。
 「山形県まで行くのだけれど、どこか見物するのにいいとこないかね」
 「そうですね・・・笹川流れ という海岸線がお勧めですかね・・・。雨ですがね・・・・」

 笹川流れ というのは新潟県の村上から山形県の鶴岡へ至る海岸線。
 道に並行して 羽越本線が走っていて、日本海の沿岸沿いに走る蒸気機関車が有名。
 勿論今は蒸気機関車は走っていないそうですが・・・。

 「殺伐たる風景やな・・・・」
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 雨がぱらついたり薄日が差したりの天候が続きます。

 時々岩山が見られます。日本海沿いはこういう風景が多いですね。
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 岩山に花が・・・・。 何の花でしょうか・・・。
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 「結構長いな~。もう10キロ以上走ってるんだけど・・・」

 小さな漁村が散在しているのですが、少し車を止めて海岸へ降りてみました。
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 もうその日の漁は終わったのでしょうか、みんなで網を洗っていました。
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 網を洗うのにクレーンを使うんですね・・・・

 近くの漁師さんとしばし懇談。
 「大きなランプがついてるから、イカ漁 ですか?」
 「今の時期はイカ漁じゃなくて 鰆(さわら)漁だな」
 「えー? 鰆は春じゃないの? 私の生家の瀬戸内海では確か春ですよ」
 「ここではこの季節に鰆が獲れるんだよ」

 魚は場所によって獲れる時期が違うんですね・・・・。
 プラリ旅は意外な情報が得られますね。

 漁村を後にさらに北に向かいます。
 似たような納屋集落が続く道ですね。
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 なんとか午前中に 出羽三山 を見たいのですが・・・・
 まー、あせらずゆっくり・・・・。

 次回は出羽三山の羽黒山です。
by takeshi_kanazaw | 2010-11-12 15:29 | 東北秋旅 | Comments(2)
 山形県の鶴岡から、ドンドン山に向かって進んだところに出羽三山があります。

 実は急遽出羽三山に行くことにしたので、道筋が判らずに鶴岡の駅の道に入って聞いたのですが、東北の人は若い人も親切ですね。丁寧に教えてくれました。感謝!

 「ここも米どころやな~。山際から海まで水田ばっかりや・・・」

 出羽三山は崇峻天皇の皇子の蜂子皇子が、天皇が蘇我氏に殺害された時、飛鳥から逃れてこの地にたどりついた。そして3本足の霊烏の導きによって羽黒山に登り、苦行の末出羽三山を開いたと言うのですが・・・。6世紀末の飛鳥時代の話ですね。

 「それにしても大きいな、いや、立派すぎるな・・・・」
 出羽三山の神が祭られているという 羽黒神社。
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 近づくとその大きさに圧倒されますね。
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 たまたま社の中では何かお祈りがされてましたが、なかなか本式?みたいでした。
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 しかし、しかし。 飛鳥時代になんでこの地に大きな御社が・・・変だな・・・。
 
 またまた現場を見て思いついた私の珍説ですが・・・。
 大きな御社を作り、維持すると言うことは、この地の人たちがこの羽黒神社にそれだけの価値を認めたからですよね。

 「これは、この地に稲作農法がもたらされたからじゃないか!」
 食糧確保の観点から考えて、生産性の高い稲作は都から来た魔法の杖みたいなもの。

 飛鳥時代は稲作が各地に広がって行く時期になります。
 この出羽三山の地域は、越 の国の北端ですから、律令制度が及ぶはずがなく、羽黒神社が出来たのは、関東や東北に米作が浸透するズーと前の話ですよね。

 「そうだよ。天皇の皇子なんていうのは格好付けで、本当は飛鳥の米作りや大陸文化がこの地に舞い降りたんだ」

 まー、時々私の珍説が飛び出しますが・・・・。

 それにしても大きな杉の木が綺麗ですね。
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 そうそう、今回は秋の東北探訪ですから、紅葉を撮らないと・・・
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 羽黒山はそんなに標高が高くないので、紅葉はまだのようです。

 羽黒山では五重塔が有名です。
 少し山を下って、五重塔を見に行きましょう。

 天気は薄日が差すようになってきました。
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by takeshi_kanazaw | 2010-11-12 15:28 | 東北秋旅 | Comments(0)
 山形県の出羽三山を探訪中。

 「五重塔は国宝らしい。でも何処にあるのかな~」
 山の中の道を適当に車を走らせ、時には土地の人に道を聞きながら・・・。
 でも日本はいいですね。なんてたって標識は日本語だし、日本語が通じる?

 山門というか鳥居みたいなものを抜けて、山道を下っていったところに五重塔があるらしい。
 どうもこの羽黒山は神社とお寺が同居していたようですね。
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 写真はまるで階段を登るように撮ってありますが、下ったのです。

 「あれ? これは社じゃん。 お寺じゃないじゃん」
 階段を下ったところに、八尾万の神の小さな御社が並んでいます。
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 しばらく歩くと、今度は上り坂です。
 どうも昔はもっと多くの御社やお寺の本堂があったようですが、神仏分離でお寺の多くが廃棄されて、五重塔だけが残ったようです。そのため、イマイチ配置のバランスが判らない。

 それにしても大きな杉の木に囲まれて、いい雰囲気です。
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 突然、ホントに突然といった感じでしたが、五重塔が現れました。
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 「うーん・・・。 こりゃいい。 これは本物だ・・・」
 奈良の法隆寺、興福寺、薬師寺などの五重塔より、この羽黒山の五重塔の方がいいですね。

 たまたま陽光が降り注いできましたし、殆ど観光客はいなくて静かです。
 「気に入ったね。この五重塔は気に入った」

 五重塔の周囲をレンズを覗きながらグルグル。
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 よく見ると、屋根は瓦じゃなくて茅葺きなんですね・・・。
 この五重塔は平安初期に作られ、室町初期に再建されたそうですが、茅葺きなんですね。
 奈良の五重塔が全て天平の甍と言われるように、瓦 なんですが・・・。

 気に入りましたね、この五重塔。
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 どうも縦長の大きな絵ばかりで見難かったかも知れませんが、五重塔は全体を撮らないとイマイチ雰囲気が出ないものですから・・・。

 それにしても予定外の場所に訪ねたところで、意外ないいものと出会えます。
 これもプラリ旅の良さでしょうか・・・。

 期待していなかった陽の光に恵まれました。
 次回は羽黒山で大きな杉の木に囲まれた道で拾った 木漏れ日 の絵を載せます。
by takeshi_kanazaw | 2010-11-12 15:27 | 東北秋旅 | Comments(0)
 羽黒山の五重塔をぐるりと廻っての帰り道。

 新潟以降はズーと小雨交じりの天気でしたから、木漏れ日が凄く印象的。
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 羽黒山は修験者の道場として有名ですが、山の中はこのような大きな杉の木に覆われています。
 「確かに修験者が俗世間を離れて修行するにはいい場所かも・・・」

 修験者というのは面白い存在ですね。
 奈良時代・平安初期まで、僧侶というのは政府公認の奈良の大寺で 戒 を受けなければ、正式の僧侶と認められなかったらしい。それ以外の僧は自分が勝手に僧侶の姿をして修行しているに過ぎない修行僧。

 正式な僧になるには大変で、年間僧になれる人数は100名未満という狭い門。古代の日本の仏教というのは、宗教というより護国団体だったのかも。

 ですから奈良の大寺に属さない修行僧達が反発。山に入って修行したり、庶民の中に入り込んで国家指定のエリート僧より庶民の尊敬と人気が出てきたらしい。

 チョット話が寄り道でした。

 帰りの石畳に木漏れ日が光っていました。
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 深い木々の中に陽の光が差すのは、なんとなく 癒やし 感覚ですね。
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 紅葉はまだまだですが、むしろ赤い色がない方が落ち着きますね。
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 足元を見ると柔らかそうな 苔 が光っていました。
 ホントに ほんわり と柔らかそうな 苔 でしたね。
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 さー、そろそろ次の目的地の秋田県へ行かねばなりません。
 早めに出かければ、象潟 に寄れそうです。
by takeshi_kanazaw | 2010-11-12 15:26 | 東北秋旅 | Comments(0)
 山形県の出羽三山から、日本海沿いに秋田県の象潟(きさかた)にやってきました。

 この象潟が有名なのは、芭蕉の奥の細道の俳句で登場するからですが、まずその俳句。

 ~ 象潟や雨に西施(せいし)がねぶの花 ~

 この俳句は芭蕉らしくない? えらく色っぽい俳句ですね。
 少し解説風になりますが・・・・・。

 西施というのは中国の 呉と越 の間で政略で利用された美女。
 ねぶの花というのは夜には葉を閉じてしまう可憐な植物。漢語では合歓と書く。

 まー、後は皆さんでイメージしてもらえばいいのですが、芭蕉はこの地に来て、象潟は松島と比べて優しいというか、どこか哀愁が感じられたんでしょうね。

 でもでも、芭蕉が訪れた頃の象潟は、潟に多くの島が浮かぶ名所だったのですが、1804年の大地震で土地が2メーター以上も隆起。全てが陸地になってしまった。

 現在の象潟の風景です。
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 後ろは鳥海山、前の田圃が元は海で、小さな小山が島 だったと言うことです。

 象潟見物は他に見るべきものがないのですが、たまたま私が愛読している 司馬遼太郎さんの街道を行く の 秋田県散歩 に、この象潟を訪ねた記述があります。

 芭蕉も訪ねたという蚶満寺というお寺があり、そこの住職が司馬さんの戦友。 その本の中身が面白かったので、プラリとそのお寺を訪ねることに。 かなりミーハー的ですが・・。

 蚶満寺は予想以上に立派なお寺でした。
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 ちゃんと芭蕉さんの像もありました。
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 かなり歴史のあるお寺らしいのですが、私以外に誰も観光客はいない。
 お寺の中には地元の人達のお墓が一杯で、部落のお寺さん になっていました。

 このお寺のある場所も、昔は島だったようです。
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 なんとなく芭蕉さんが訪れた頃の風景が想像できるような・・・・。

 昔の船着き場の跡らしき場所も
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 司馬さんの本の中で、司馬さんが ” この船着き場や石は戦友の住職さんが作ったのか? ” と問いかける場面があるのですが、住職さんの答えは・・・。

 このお寺にはなんとなく親しみを感じてしまったのですが、私がお寺をプラプラした一時間ぐらいの時間に会ったのは、受付のパートのオバサンだけでした。
 このお寺、これからも維持できるのかな~・・

 象潟の現在の海が見える場所に帰ってきました。荒海に黒い雲と陽光が綺麗でした。
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 日本海沿いは平たんな海岸線が多いのですが、昔の象潟は多くの小島が浮かび、東北の日本海側の最大の景勝地だったのでしょうね・・・。

 お寺に寄ったので、少し時間がかかってしまいました。
 宿を取った秋田市まで、まだ50キロ以上の距離。東北は広いですね・・・。
by takeshi_kanazaw | 2010-11-12 15:25 | 東北秋旅 | Comments(0)
 東北の秋の旅の3日目。 秋田市から十和田湖を目指します。

 「しかし、えらく日が短いな・・・」
 2年前にも東北を廻ったのですが(その時の記事は、このブログのカテゴリ 東北旅行記 に載せてあります) 夏だったので夜の7時ごろまで明るかった。しかし、今回は4時を過ぎると薄暗くなります。 5時頃は真っ暗です。

 加えてその日は、天気予報では東北山間部は 雪 が降るらしい。
 「雪の中、暗い山道はいやだな・・・・」

 せっかく日本海側を廻っているので、白神山地でブナ林の紅葉を見ようと、青森県の12湖からブナ林の山林道を行こうか と思ったたのですが・・・。
 「どうも気が進まないな・・・。変更だ。幹線道路で十和田へ行こう!」

 秋田市から能代市まで高速道路を飛ばしました。
 「えらく早く能代市に来てしまったな・・・。 秋田県側から白神山地に入ってみようか」
 と国道7号線からハンドルを左に切ったのですが・・・。

 行けども行けどもブナの林は出てきません。
 ごくごく普通の農村風景が続きます。
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 山があって、川があって、田圃が広がって・・・。

 「地図の上では白神山中への道なんだけどな・・・。とにかくもう少し行ってみよう」
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 少しは川幅が狭くなり、山が迫ってきましたが、ブナ ではありません。

 そのうち車がすれ違えないほど道幅が狭くなってきました。
 見渡すと、周囲の山は相当紅葉が進んでいます。しかし、ブナではありません。
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 どうもこれは私の判断ミスで、秋田県側からブナ林へたどりつくのは容易なことではなかったようです。

 「あれ? こりゃ みぞれだ。 みぞれが降って来た」
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 ということで、ブナ林 にたどりつくことなくバック。2時間以上ただ車を走らせてしまったわけですが、私の場合こういうことがよくありますね。

 一般に旅行では観光スポットをぐるりと周るパターンが多いと思いますが、一人でプラプラとハンドルを握って走っていると、大半の時間は 普通の風景が広がる場所を走っている時間が多いのですね。 でも 普通の東北の山里の紅葉が見れたのですから、まー、いいですね。

 「とにかく日暮れがこないうちに十和田湖へ行こう!」
by takeshi_kanazaw | 2010-11-12 15:24 | 東北秋旅 | Comments(0)
 国道7号線で大館へ、そして103号線で十和田湖へ車を走らせました。

 
 十和田湖に近づくにつれ、少し雰囲気のある風景が現れます。
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 「まだ雪は降っていないみたいだな~・・・」
 気に入った風景が現れると、すぐ車を止めてパチリ。
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 十和田湖から流れ出す川なんでしょうか、それとも外側の山からの川かも。

 「どうやら雪はたいしたことないな~」
 ゆっくりと車を走らせ、小さな滝の前でもパチリ。
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 心配したのですが、雪は降ってこないので、のんびりムードでした。

 ところが十和田湖への峠(発荷峠)に差し掛かると、状況が一変。
 「やっぱり降って来た!」

 峠からの十和田湖は、舞い散る雪でよく見えません。
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 周囲の山は紅葉しているのですが・・・
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 ジャンパーの襟をたてて、峠の食堂に飛び込みました。

 「温かいうどんちょうだい。 オバサン、奥入瀬は雪かな・・・・」
 「多分同じような天気かもしれませんね・・・・・。でも峠は標高が少し高いから、下は大丈夫かもしれません」

 エンジンブレーキをかけながら、峠からゆっくりと十和田湖畔へ。
 寒々とした十和田湖ですね・・・。 雪というよりみぞれ交じりの雨が。
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 奥入瀬は十和田湖に近いと思ったのですが、峠から降りてきた場所からは少し距離があるようです。 湖畔のホテルのラウンジでホットコーヒーを飲んで・・・。

 「さー、奥入瀬へ行くぞ!」
by takeshi_kanazaw | 2010-11-12 15:23 | 東北秋旅 | Comments(0)
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 皆さんよくご承知の 奥入瀬(おいらせ)渓流です。 十和田湖まで流れ込む渓流。

 2年前の東北の旅では新緑の頃で、八甲田山から降りて来たのですが、きっと紅葉の頃もいいだろうと思ったのですが・・・。  雨ですね、それも冷たいみぞれ交じり。

 奥入瀬渓流は14キロぐらいの長い流れで、綺麗なところに適当に車を止めて見物。
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 雨の中でも観光客が多かったですね。

 奥入瀬渓流には歩道が整備されて、数キロは川に沿って歩くことが出来ます。
 雨の中をガイド(バスガイドじゃなくて、地域の専門ガイド)に連れられて、歩いていた人も多かったですが、大半は観光バスのお客さん達。

 私も車を止めて少し歩道を歩きました。
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 奥入瀬は長い流れなので、いろんな場所に名前が付いているようですが、なにせ雨が降るし時折風で傘が吹かれて、カメラに雨の雫が・・・。 なかなか思うように行かないですね。
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 きっと太陽の光があれば、もう少し紅葉が綺麗なんでしょうが・・・。
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 川面に湯気が出ています。それだけ外気が冷たかったということです。
 濡れたカメラを拭き拭き、傘を風に取られないように・・・。ちょっと大変だったんです。
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 「せっかく来たから、もう少し撮ってみよう・・・」
 車を返しながら、さらにチャレンジ。 次回へ。
by takeshi_kanazaw | 2010-11-12 15:22 | 東北秋旅 | Comments(0)

海外や国内の適当に撮った写真の記録


by takeshi_kanazaw