カテゴリ:中国・福建の旅( 19 )


 (この中国福建省の旅のブログは2010年9月13日から17日に福建省を旅した様子をまとめたものです。10月1日に、全体の記事を旅の行程順に並べ替えを行いました。途中からお読みの方は申し訳ありませんが、通読いただくようお願いします。なお、カテゴリに中国福建の旅として新しく立てました)


 今週は月曜日から金曜日まで、中国の福建省を旅してきました。
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 (廈門市(アモイ)の渡し船から)

 福建省と言ってもあまり馴染みがない方が多いかも知れませんね。
 マルコポールが東方見聞録で、アレクサンドリアと匹敵する世界的港と称した「泉州」とか、お茶の輸出で有名な「廈門(アモイ)」とか・・・・。中国では珍しい「海岸」の地域です。

 まー、旅のお話は地図がないとピンときませんね。
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 福建省は台湾海峡に面しています。人口約4千万人。中国の省としては小さい。
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 上の地図でいえば、省都の「福州」から広東省近くの山の中の「永定」を往復する約千キロ弱のバス旅行でした。

 なんで福建なの?
 うーん・・・。泉州が海のシルクロードの起点だから、ぐらいですかね・・・。

 この2~3年は中国に行っていませんでした。
 あまりにも都市化が進んで、興味が減退したのが原因です。

 今回の福建の旅はどうだったでしょうか・・・・
 飛行機のトラブルで、昨日深夜近くの帰宅でしたので、少し疲れました。
 
 これから写真の整理をしながら、逐次ブログに載せていきます。
by takeshi_kanazaw | 2010-09-30 23:59 | 中国・福建の旅 | Comments(0)
 4時間近くバスに揺られたでしょうか。まずは広東省近くの永定へ「土楼」見学。
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 土楼と言うのは、土で固められた集合住宅で、円形のものと四角形のものがあります。

 土楼は幾多の混乱で北から逃れてきた「客家」の人々が、山里に自衛のために作った家で、一族が集合して住む集合住宅。世界遺産に登録されているそうです。

 「まるで、日本の平家の落人部落みたいやな~」
 「私もそう思うわ」

 福建土楼へ行くには、延々と山道をバスで登って、海抜千メーター付近まで行きます。
 まさに落人部落で、山の中にポツリ、ポツリと大小の土楼が散見されます。
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 「鄧小平さんも、リークワンエイさんも客家の出と言われています」と中国ガイド。

 客家は中国南部に大勢いて、全て土楼に住んでいるわけではありません。客家の数は一億人ともいわれ、古代から数百年前まで何回も混乱の度に故郷から南へ逃げた大勢の人がいたということでしょう。
 ですから客家はまさに客人で土着の人種と異なる北方の漢族ですね。この人達は東南アジアへ行って華僑となる人も多いようです。

 さてさて福建土楼ですが、我々は土楼の王様と言われる一番大きな土楼へ行きました。
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 土楼の外は土で固められた壁。中は集合住宅で、この土楼は「江さん」という一族で固められ、往時には600人が住んでいたとのこと。あまり人数が増えて、中庭にも家屋を作った(瓦屋根の部分)ようですが、現在は100人程度が住んでいるとか。
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 一階は台所、二階は物置、三階と四階は居間という作りですが、一家族は一階から四階までを占有。全て同じ大きさに作られています。

 チョット失礼して、一階の台所部分をパチリ。
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 「狭いな~、せいぜい6畳ぐらいかな~」
 「土楼に泊まるツアーもありますが、一泊ぐらいがいいですよ。とてもじゃないが不便で、ここに長期には泊まれませんよ」

 大体中央の奥に、その家族の先祖を祭る場所があります。
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 この土楼はなかなか被写体としては面白い。大きすぎて全体は写せないのですが、土楼の中をウロウロして撮った絵を次回以降に紹介しましょう。
by takeshi_kanazaw | 2010-09-30 23:58 | 中国・福建の旅 | Comments(0)
 「40年ぐらい前にアメリカが宇宙からの探索で、中国に大きなミサイル基地があると報道されたことがあります。その正体はこの福建土楼で、土楼をミサイル基地と見間違えたそうです」
 「そういえば、昔そんな話を聞いたことがあるよ。あの頃は中国はベールの中だった」

 アメリカが基地と間違えた福建土楼は、今や世界遺産で多くの観光客がおと連れています。

 さてさてその土楼ですが、以下点描風にまとめてみました。

 Ⅰ「さざめきが聞こえてきそうな・・・」
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 往時はここで600人が生活をしていたそうです。
 一階で炊事をする人、その周りで遊ぶ子供たち、上からそれを眺め話しかける大人たち・・・。
 そんな風景が目に浮かびませんか?
 夜ともなれば、全ての提灯に火がともって賑やかだったでしょうね・・・。

 Ⅱ「生活の匂い」
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 現在でも老人を中心に、100名ぐらいの方がここで生活をしています。
 観光客が大勢押し寄せる中でも、日々の生活が続いています。
 腰を落としているお婆さん。いいですね・・・。

 Ⅲ「お昼休み」
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 ちょうどお昼過ぎ。食事も終わって洗いものも済み、静かな時間が過ぎていました。
 それにしても中国の人は赤い字のビラ?を貼るのが好きですね・・・。

 四「お出かけ」
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 階段の上からお爺さんが降りてきました。何処かえお出かけのようです。
 階段は数か所しかないので、自分の家の上の階には直接行けません。

 五「まるで砦のよう」
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 最上階の四階からの眺め。確かに土楼は外敵から身を守る砦みたいですね。
 三階と四階には外が見張れる窓がありますが、それ以外は全て土の壁です。

 少し長くなったので、続きは次回へ。
by takeshi_kanazaw | 2010-09-30 23:57 | 中国・福建の旅 | Comments(2)
 土楼はやっぱり大きいですね・・・。外に出て見上げると、まるで砦ですね・・・。
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 上の絵の左側はこれまで見学してきた円形の土楼。右側は6百年前に作られたという四角の土楼。中央の普通の現代民家に比べると、まるで大きさが違いますね。

 「あの子たち、何やってんだろう?」
 土楼の壁近くで子供が遊んでいました。
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 子供にとっては、どんなものも遊び道具になるようです。都会の子供とは一味違う顔つきをしていますね。きっと大人になってからは、この土楼のある場所は思い出の場所になるのでしょうね。

 6百年前建てられたという四角の土楼にはもう人が住めません。
 土楼の中は崩壊を防ぐつっかい棒が一杯です。
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 屋根の瓦は苔むして、まさに歴史物ですね。
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 この地域はまさに落人部落ですから、町まで相当距離があります。
 それでも狭い谷間に水田を作り、丘陵地帯にはお茶の木があり、古くからの生活が続けられています。
 大勢押し寄せる観光客を横に見ながら、クワを担いだお婆さんが眼の前を横切って行きました。
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 世界遺産になってからはドンドン新しい建物が建ったり、土産物を売る店、食堂を経営する土楼など、観光地化が進んでいるようです。 何処も同じなんですね・・・。
by takeshi_kanazaw | 2010-09-30 23:56 | 中国・福建の旅 | Comments(2)
 福建省を廻る旅は、山の中の土楼を見てから、山道をエンコラ海岸沿いまで降りてきました。

 「中国のトイレにも苦労をするね・・・・」
 中国では高速道路のSPも道の駅もありません。それに中国のトイレは汚ない。

 「この町にバスを止めたのはトイレ休憩かい?」
 バスを止めたのは、福建省の一番南の漳州市(ショウシュウ市)。特に観光資源はない。

 話は飛びますが、NHKのBSで名前が不確かですが、「世界街あるき」という街の露地を淡々とカメラで写す番組があります。その街の日常の姿が見えて面白い。

 そんな感覚で、何の変哲もない、中国の何処にでもある漳州市の街かどの風景を。

 立ち寄ったのは市の中心街から少し外れた、古い街並みの一角。
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 雑多な小さなお店が並んでいましたが、時代遅れの店や、チョットしゃれた店が混在。

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 よくよく見ると、お店や住居の構えは昔のままですね。

 ちょっと表通りから路地を覗きました。
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 多分露地の奥は住宅が一杯なんでしょうね。

 床屋さんがありましたね。
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 床屋のオバサンとお客のオジサンの表情がいいですね・・・・。

 なんと歯医者さんの店も。お客はいませんでしたが。「牙」という字を使うんですね。
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 通りを少し歩くと、なんだか大勢の人が集まっている場所がありました。
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 集まっているのは老人ばかり。
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 お茶を飲んで喋ったり、トランプをしたり、酒は飲んでいませんね・・・。
 この道路の両側は、お茶を出す中国式喫茶店なんですね・・・。

 麻雀屋さんもありましたね。
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 中国の麻雀も電動式になったんですね・・・・。

 カメラをぶら下げた変な東洋人が一人で歩いているのですが、時折怪訝な顔をして私の方を見る人がいましたが、すぐに自分たちのお喋りの方に夢中。 
 それにしても中国の年寄りはよくしゃべりますね・・・。

 この通りを抜けると公園に通じるようです。
 公園の様子は次回へ。


 
by takeshi_kanazaw | 2010-09-30 23:55 | 中国・福建の旅 | Comments(0)
 漳州市(ショウシュウ市)をプラプラ。街かどを抜けて公園に来ました。
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 「やっぱり南国やな~。中国でもここは雰囲気がチョット違うな~」
 この地域は閩南(ビンナン)と呼ばれ、言葉も福建語の中でも閩南語らしい。

 そもそも福建は昔の中国では異国。
 閩(ビン)という言葉は福建を指す言葉なのだが、蛇(長虫と言うらしい)などの虫が沢山いるところからなずけた蔑名だと思う。

 福建の地域はポリネシア系の住民が中心で、北方の漢人とは体格も顔つきも異なる。恐らく千年ぐらい前の南宋の時代ごろから、いわゆる漢人の中華の地に組み込まれたのだろうと言う感じがする。

 「さっきからお婆さんの歌声が続くな・・・」
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 お爺さん達の伴奏で、もう10分以上歌っている。
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 マイクを持ったら離さない?

 伴奏しているお爺さん。これは中国式マンドリン? ところどころ穴あきだけど。
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 公園の彼方此方で年寄りがたむろしてお茶を飲んでいる。
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 「一緒にお茶でも飲んで行かないか?」
 言葉は通じないけれど、そんな感じで声をかけられた。
 
 「謝々」と言いながら腕を横に振って辞退したが、意外と中国の人は人懐っこい。
 まー、筆談ぐらいなら何とかなるのだが、あいにくこちらには時間がない。

 現在は日中間で漁船がどうのこうのともめているけれど、街の中国人は外国人をもてなすのが天性的に上手で、本音は別にしてそんなに反日ではない。
 マスコミ報道の仕方はチョット一般人とは感覚が違うと思いますが・・・。
by takeshi_kanazaw | 2010-09-30 23:54 | 中国・福建の旅 | Comments(0)
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 福建省を廻る旅はやっとアモイにたどりつきました。

 「綺麗な町やな~」
 北の大連、青島も行きましたが、アモイの方が綺麗ですね。

 アモイの町の中心部は島。この町は島と海のコンビネーションがいいですね。
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 17世紀頃には台湾をオランダから取り戻した鄭成功(母は日本人)が、ここアモイを根拠地にしたとか。

 19世紀にはアヘン戦争でイギリスが占領。コロンス島には租界が置かれた。以降お茶の輸出港として栄えた街ですね。中心部とコロンス島を結ぶ船の発着場は今は観光地ですね。
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 現代のアモイのもう一つの顔は「経済特区」
 大陸側には大きな工業団地が広がっています。
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 観光地と言うだけでなく、福建省の南の中心地でもあり、経済的には対岸の台湾との経済交流の基地的要素を持っています。 人口約250万人。大都会です。
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 島や海岸部に町があるので、庶民の住まいは勢い高層アパートになっています。
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 「アモイには連泊します。ここは見るところが多いですから」とガイドの王さん。
 彼はここアモイの住民なんだそうです。
 以降、ゆっくりと廻ったアモイの様子を連載していきます。
by takeshi_kanazaw | 2010-09-30 23:50 | 中国・福建の旅 | Comments(2)
 旅に出ると不思議と朝の目覚めが早い。

 どの国でも意外と早朝から人が動き出します。
 4時頃に目が覚めて、ホテルの部屋から何気なく外を眺めていました。

 4時過ぎだったでしょうか。まだ真っ暗なのに大きな箒をもった人がやってきました。
 朝の道路の掃除ですね。中国ではよく見られる風景ですが、まだ保持されてるんですね。

 次にやってくるのは水撒きの車。結構沢山の水を道路に撒きます。
 これも中国ではよく見られる風景です。公共活動は崩れてないようです。

 20年も昔、中国の旅では何時も飛び起きて早朝の街を散策したのですが・・・。
 若い兵士の一団が朝の行進をやっていたり、庶民が朝飯の屋台に押し寄せたり・・・。
 今は早朝の街を散策するような元気はありません。

 5時半ぐらいだったでしょうか、朝日が登ってきました。
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 やっとカメラに風景が捉えられるようになってきました。

 やはりアモイは港町ですね。海鳥が高いビルの間を乱舞してます。
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 高いビルの合間に朝日が差し込んで、窓がキラキラ光っています。
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 「今日はアモイで連泊か。荷物を作らなくていいんだ・・・」
 ゆっくりと9階のホテルの部屋から、道行く人を眺めていました。

 別になんていうことのない風景ですが・・・・。
 いかにも中国の南の人という感じの夫婦。朝の散歩ですかね。
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 黒い靴は中国特有の布製。オジサンの短パンに下着姿がいいですね・・・・。

 沢山の人が横断歩道を駈けて行きました。
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 現代の中国の若者ですね・・・。

 その日は、一日中アモイを廻るスケジュールでした。
 
 このブログもスピードを上げないと、なかなか終点へたどりつけませんね。
 これからは少し頑張って書きましょう。
by takeshi_kanazaw | 2010-09-30 23:49 | 中国・福建の旅 | Comments(0)
 アモイ大学の近くの「南普陀寺」という唐の時代のお寺に行きました。
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 お寺の入り口の門ですね。屋根の飾りがいかにも南中国風ですね。

 中の建物は少し時代の古いものが残っています。
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 この建物がお寺らしくて綺麗と思うかどうか・・・
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 「これは道教のお寺だろう?」と私。
 「違いますよ。仏教ですよ、仏教」とガイドの王さん。
 「仏教と道教とどう違うんだ?」
 「仏教は仏様で、道教は神様ですよ」

 私はこれまでズーと思い違いをしていました。中国人が線香を立てて祈っているのは道教だとばかり思っていました。中国のお寺はあまりにも仏教とはイメージが違うものですから・・・。

 そういえば千手観音がありました。やけにピカピカしてますが・・・。
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 「だけど、どうも道教のお寺の雰囲気だな~・・」
 ガラス越しに撮ったので、まるで二重写しみたいで面白い絵ですが。
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 道教と言うのは中国古来からある信仰。三国志の関羽が神様になったり、陰陽五行や風水や色んな迷信も入って、よく判らない信仰です。仏教の仕組みも組み込んだり、私にはよく判らない。
 中国ではそれに儒教があって、よけいに判らないですね。

 日本でも仏様と神様は違うのだけれど、どこかで混合している部分がありますね。

 このお寺で有名なのは下の石。
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 「左は人べんですが、右は米ドル(弗)ともいいますよ」とガイドの王さん。
 「そうだろう、そうなんだ。中国人は敬虔な仏教徒なんて思えないよ」

 境内で変なものが売られています。銭の紙ですね。
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 死者にお金を持たせるために、この銭紙を焼くんですね、中国では。
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 私は中国人はお金大好き人間で、現実主義者だと思っています。
 お祈りするのは、現世の利益を望んでばかりいる人だと思っているのですが。
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 本来仏教の目指すところは「解脱」
 現世の利益の祈願は、お釈迦様もビックリするでしょうね。

 中国だけじゃななくて、仏教は日本でも変質?していますが。
 仏教の話はまた「まほろば紀行」で書くことにしましょう。

 とにかく先に急ぎましょう。
by takeshi_kanazaw | 2010-09-30 23:48 | 中国・福建の旅 | Comments(0)
 アモイのもう一つの顔は、台湾との紛争の最前線という現実。

 アモイのすぐ2キロ先には金門島があります。現在台湾が実効支配しています。
 うす曇りでなかなか島の姿が写らない・・・・
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 台湾海峡をはさんで紛争があると、まず金門島とアモイの間で砲弾が飛び交うことになる。

 「何年前だったかな・・・。実際国民党が台湾へ逃れた後に激しい戦争があったし、台湾海峡が緊張すると、アメリカ第7艦隊がこの沖を徘徊することになるんだな・・・」

 尖閣諸島の漁船問題は船長が釈放されたそうですが、領土問題は互恵の精神だけでは解決しない性格の問題ですね。中国は台湾問題、香港など、一杯問題を抱えています。これまで外国から鉄砲で領土を奪われた経緯がありますから、尖閣でも絶対譲ることはないでしょうね。

 アモイの地は、台湾問題だけではなく、19世紀のアヘン戦争の地でもありました。
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 ガイドの説明によると、高い金を出して輸入した大砲。試打ち2回と日中戦争の時に一発だけ発射されたということです。格好だけの中国軍隊の弱さが暴露されたわけですね。

 飾り物でもチャンと金門島の方向に大砲が向けられています。
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 むしろこの砲台で面白かったのは、御影石の細工。
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 上の絵は写真ではありません。写真の絵を御影石を細工して作ったのです。
 信じられない? そういう方はアモイへ行ってみてください。

 デモで実際に加工している女性がいました。
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 アモイの近くに御影石の産地があるようです。
 たまたまツアーのメンバーに日本の石屋さんがいました。月一はアモイに来てるとか。

 「もう日本では石工がいなくて、アモイから輸入しているよ。日本の石細工の7割は中国からの輸入だよ。長い間アモイへきて技術指導してさ・・・」
 「そうすると、我々が死んだときの墓石は中国製?」

 石屋のプロが言うのだから本当でしょうね・・・。
by takeshi_kanazaw | 2010-09-30 23:45 | 中国・福建の旅 | Comments(0)

海外や国内の適当に撮った写真の記録


by takeshi_kanazaw