カテゴリ:東北旅行記( 15 )

 「みちのく一人旅」 
 まるで演歌の題名みたいですが、東北を独りで3千キロのドライブ旅をしてきました。

 このブログも約10日間のお休みでしたが、この間にエンコラ東北の彼方此方を車で走っていたわけです。
 ”どうして東北?” 別に深い理由などありません。
 
  ちょっとキザっぽく言うと、下手な俳句で
 ”みちのくに いにしえひとの あとをおい”

 名古屋から長野ー新潟ー会津と走り、以降は東北を左回りにぐるりと。
 松島ー平泉ー三陸海岸ー竜飛岬ー奥入瀬ー花巻ー蔵王ー裏磐梯。

 まさに適当に宿を取って、細かい行き場所は現地で考えるという、実にいい加減なプラン。
 おかげで予定にない場所に行ってしまったり、つまらない場所を見に行くのに時間がかかったり・・。
 そんな「みちのく一人旅」でした。

 このたびの一番の感想は   ~東北は広いね~
 とにかく、東海地方や関西と距離の感覚が全然違う。 実際に走ってみると東北の広さを実感。
 おかげで毎日、毎日車で走り続けるハメに。

 ところで、東北の旅というと、芭蕉の「奥の細道」
 出かける前は全く奥の細道は意識はなかったのですが、行く先々で芭蕉の俳句が浮かびます。読み直さなければいけないと思ってますが・・・。

 今日は自宅へ帰って来たばかりで、まだ落ち着きませんが・・・・・。

 まず第一回目は「松島」の写真を。

 
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 10年以上前に松島湾を遊覧したこともあって、芭蕉さんのように感動しないなー。
 むしろ人の多さと、駐車場を探すのに疲れてしまって・・・・。

 それでも”瑞巌寺”は訪ねましたよ。
 確か民謡で”瑞巌寺程の寺はないとえ・・・”とありましたよね・・・。
 
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 瑞巌寺の参道から見た松島。もう少し落ち着くといいアングルがとは思うのですが・・・。
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 松島はとにかく観光地化していて、どうも落ち着かなかったですね・・・・。
 有名な観光地は写真に撮りにくい・・・・・。

 松島をサッサと引き上げて、平泉へ。 
 しかし、問題はどの道を走れば平泉に行けるのか・・・・・。
 この旅では、毎日、毎日、目的地までの道路を探すのが大変・・・。

 次回は平泉。

 

 
by takeshi_kanazaw | 2009-07-06 23:45 | 東北旅行記 | Comments(2)
 松島から平泉へ。

 「それにしても喫茶店がないな~」
 名古屋近辺をドライブする時は、道路沿いの喫茶店で休憩しながら行き先の地図を確認するのですが、東北では全く喫茶店が見つからない! なかなか道が確認できない。
(九州や四国など一周した時も同じ現象が。喫茶店が多いのは名古屋地方だけ?)

 「高速道路に乗ってしまえ!」
 とにかく東北高速道に戻ってひたすら平泉へ。 以後もこんなパターンが続きます・・・。

 平泉はご承知のように、藤原氏3代に栄えた平安後期の遺跡があるところ。

 「とにかく中尊寺だな。中尊寺へ行こう」

 中尊寺は北上川に面した高台にありますが、幹線道路の傍で行きやすいところですね。
 駐車場から月見坂?を登って行きますが、これが結構な坂。

 「あのオジサン、何画いてるんだ?」
 坂の途中で絵筆を持ったオジサンが・・・・。
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 それじゃ、同じアングルで写真を撮ってみよう・・・・
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 「あれ? カメラじゃ全部が入らないですよ」
 「俺も写真を撮ったが、上手く入らないよ。絵と写真は違うのさ」
 このオジサンは人がよさそうなご仁・・・・。

 「そうか、お寺だから本堂があるんだ・・・」
 中尊寺といえば「金色堂」だけが有名ですが、丘全体がお寺の境内で、本堂や小さなお堂が一杯あります。
 とにかく松島から長い距離を走ってきたので、坂を上がるのがしんどい・・・。
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 「金色堂は何処にあるの?」
 10年以上前に妻殿と中尊寺に来たのですが、記憶がおぼろげで・・・・。
 しばらく歩くと何か見慣れた風景が・・・・。「金色堂」ですね。
 写真に写っているのは金色堂を覆っているお堂で、金色堂はこの中にあります。
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 「中は撮影禁止だって!。入場料まで払ったのに・・・・」

 芭蕉さんの有名な俳句は  「五月雨の 降り残してや 光堂」
 中のお堂は全て金色。平安後期に、これだけの建物は凄い! と思いましたね。

 「当時は金箔をどのようにして作ったんですかね?」と係員に聞くと
 「和紙の間に金を置き、何枚も重ねて鹿皮を置いて叩いたんですよ」
 「じゃー、現在の金沢市の金箔製造と同じ方法ですね・・・・」

 境内には芭蕉の像(えらく現代風ですが・・・・)
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 金色堂を見た後は周辺をプラプラ。
 「ここは何があるんですか?」 と観光バスのガイド風のおねーさんに聞くと
 「私、判りません・・・。日本人じゃないです・・・」
 中国観光団(台湾?)のガイドの中国人。中尊寺にまで中国の観光客が来てましたね。

 境内には能舞台や小さなお堂が一杯。
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 「夏には薪能があるんだって・・・」 多分江戸時代の建物みたいですね。

 ところどころに紫陽花の花も。
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 「あー、タバコが吸いたい!」
 全山禁煙は仕方ないか・・・。と諦めていたら喫煙所がありました。

 「ふー・・・。一服は美味いな・・・・・」
 ふと周囲を眺めると、池に映ったお堂と緑が綺麗。
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 「写真としてこれが一番いいだろうな~」
 観光地で写真を撮ると、絵葉書のまき直しみたいな絵が多くなりがちです・・・。

 そろそろ夕方が近くなります。
 急いで次の「毛越寺(もうつうじ)」へ行かなくてはいけません。
 プラリ旅といえど、結構忙しい。
by takeshi_kanazaw | 2009-07-06 22:30 | 東北旅行記 | Comments(0)
 中尊寺から車で5分もかからないところに毛越寺があります。
 毛越寺(もうつうじ)は中尊寺と並ぶ平泉の名所です。

 平安時代の遺跡で、当時は平安様式の大きな伽藍があり、庭園内に池があったそうです。
 しかし現在では、建物の基礎の石と池が残っているだけです。
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 この庭園はホントに池以外には何もないのです。
 なぜこの場所に来たかというと、8百年前のイメージが残っているからなんですが・・・。

 池のほとりに何やら碑が・・・
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 「夏草や 強者(つわもの)どもが 夢の跡」  芭蕉の句ですね。
 この俳句は義経の住んだお堂のところで読んだとも言われてますが、私は平泉全体のイメージと捉えてもいいのじゃないか、特にこの毛越寺が俳句に一番フィットしてるような気がします。

 遺跡は何も手をつけない方がいいと思うのですが・・・・
 多分江戸時代のお堂ですね。
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 池のほとりでは「あやめ祭り」が・・・・
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 写真には撮らなかったのですが、少しづつ現代の手が入っています。
 「何もしないのがいいんじゃないの。遺跡を維持するだけが・・・。夏草を生やしておけば・・・」

 その日の泊まりは「衣川」 平泉と隣接する北上川と衣川が合流する場所。
 写真の川が北上川。衣川は山裾を流れているのですが、上手く写っていません。
 写真の小高い丘が多分中尊寺ですね。
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 「衣川の戦いって何なの?」
 ホテルの喫茶店で地元の女性店員に聞いたのですが・・・・
 「うーんと・・・えーと・・・」

 東北の人は口が重い。どうやら標準語でどう喋ればいいか迷ってふしが見える。
 我々が外人に英語で話しかけられた時の感じに似ていると思いましたね。

 「資料があるから見てください」 と資料を探してくれました。
 以下少しこの地域の歴史探訪です。

 この北上川流域は千年も前から開けていたようで、住民はどうも蝦夷と言われていますが、日本古来の縄文人の流れを汲む人という説も。
 奈良、平安を通じて、近畿から何回も攻められています。有名なのが源義家が攻めた「前九年の役」
 
 当時衣川一体を牛耳っていたのが阿部一族。結局は前九年の役とそれに続く何度かの戦いで、阿部一族は滅びますが、その孫が奥州藤原氏の開祖。 長い戦いで死んだ多くの人を見て、仏教に深く帰依して中尊寺などの仏教施設を充実させたとか。

 結局は義経をかくまったことで、奥州藤原氏は鎌倉勢に攻め滅ぼされるのですが、考えればこの戦いは縄文人と弥生人との最後の戦いだったかも知れませんね。

 日本の歴史は弥生人が作った歴史で、縄文人側からの歴史があれば面白いかも・・・。

 次の日はまた車を走らせて「三陸海岸へ」 結構忙しい。
by takeshi_kanazaw | 2009-07-06 21:22 | 東北旅行記 | Comments(0)
 何となく三陸海岸を走ってみたいな~ というのが今回の旅の一つの動機。

 ところが三陸海岸というのは結構長いんですね。
 松島の先の金華山から青森の八戸まで、直線で2百キロ弱もある。リアス式海岸だから実際の距離はどのくらいあるのか・・・・・。

 ところで、三陸海岸にはリアス式海岸の湾内に結構大きな港町があります。主だった町でも、南から順に、気仙沼ー陸前高田ー大船渡ー釜石ー宮古ー久慈などなど。それぞれ人口が五万人から十万人ぐらいの町です。どこかで聞いたことのある名前の町ではあるんですが・・・。さてさて何処に行くか・・・。

 「まー、南から順に海岸沿いの道をノンビリ海を見ながら走ろう」 と思ったのですが、これも実際は無理。
 リアス式海岸の道路というのは海辺を走っていない! 幹線道路は殆どが海岸の裏側の山を突き抜ける状態で続いている。 もしどうしても海岸を走ろうとすれば、突き出した半島や島づたいに、細いくねくね道を探して走らなければいけない。

 「ふー・・・。どうすんべーかなー。 まー、適当に気仙沼へ行ってみるか。歌謡曲の港町ブルースにも、~けせーんぬま~ってあるじゃないか」 至極いい加減な一人旅ですね。

 ところが前日の天気予報では”三陸海岸は濃霧注意報” 
 「霧か? まー、霧の三陸海岸も”オツ”じゃないか」

 最初に訪れたのが気仙沼。結構大きな遠海漁業の基地ですね、この町は。
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 港に行ってみると大きな船が一杯ですね。
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 「港ばかり見ていてもしょがないなー。海岸はないの?綺麗な海岸は・・・」
 わざわざ気仙沼の駅まで行って情報を収集。

 「巨釜半造という半島の先の断崖が有名ですよ」 と喫茶店のおばさん。
 そこまでの道順を聞いて、やおら出発したのですが・・・・。

 「こりゃなんだ。霧で全然前が見えないじゃないか!」
 半島の先へ行けばいくほど霧が濃くなってくる。少々心細くなってきましたね・・・。

 「ここまで来たんだから、巨釜半造とやらに行くぞー!」 と目を凝らして運転すること30分。
 結構大きな駐車場らしきものが霧の中から現れました。 周囲には誰もいない・・・・。

 恐る恐る? 岬と思しき方向に歩いて行きましたが、周囲は濃い霧が立ち込めていましたね・・。
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 さてさて、岬に近づいているはずなんですが、霧でよく判らない・・・・。
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 雰囲気としては霧にかすむ松林で風情はあるのですが、全く周囲は人影がない・・・。
 「どうもこの先は海らしいな・・・。松林の先に海がうっすらと見えるみたいだが・・・」
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 「やっとたどりついたみたい・・・。」
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 断崖が見えてきましたね・・・・。霧の中でしたが、岬の先端は少しは霧も薄いようでした。
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 「ここまで来たら、先端まで行くぞー」
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 先端は断崖絶壁でした。波がその絶壁に打ち寄せていましたが、遠くの地平線は全く見えません。

 どうも三陸海岸というのはよく霧が発生するらしい。
 旅行中は三陸海岸の最高気温は20度前後。西から冷たい風が吹きこんでいたようで、こうした気候条件の時は、まさに濃霧が発生するようです。

 お昼に寄った食堂のお兄さんに聞くと、
 「お客さん、やっぱり梅雨が上がった夏がいいですよ。夏が」

 どうも来る時期を間違えたようですね・・・・。
 でも霧にむせぶ三陸海岸も捨てたもんじゃないですよ。 負け惜しみ?

 ”水無月に 三陸海岸 霧の中”

 三陸海岸のドライブはまだまだ続きます。
 
by takeshi_kanazaw | 2009-07-06 20:51 | 東北旅行記 | Comments(2)
 三陸海岸をドライブしています。

 ところで、ブログというのは読みずらいですね。特に今回の私のような連続した旅行記は逆に読んでると、どうも読みずらい。対策としては、このブログ画面の「以前の記事」のところの2009年7月をクリックしてください。そこで記事の書いた順にひとつづつクリックすると読みやすいかも。
 (後日順序を整理しました。そのまま読み続けてください)
 さてさて、気仙沼から出発した三陸海岸のドライブですが、海岸を見ようと幹線道路から離れて半島に行ってみるのですが、いぜんとして霧が晴れません。
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 「この道をさらに行くと何処に行きつくのか・・・・」
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 三陸海岸でよく見かけた小さな漁村。
 「こんな風景がホントの三陸海岸なんだろうな・・・・」
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 彼方此方の半島や入り江を走ってるうちにドンドン時間が・・・・。
 「そうだ、釜石に行かなくちゃ。釜石の製鉄所を見なきゃ」
 どうも私の発想は貧弱というか・・・。釜石といえば製鉄所。

 なんとなんと、製鉄所は釜石駅の目の前にあるんですね。いやいや、釜石駅は製鉄所のために作られた駅みたいなもんですね。
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 「あれ? 高炉がないぞ、高炉が見えないぞ」
 駅付近に歩いている人に聞いてみたら、もう釜石製鉄所には高炉はないのだそうです・・・。

 「もう疲れた!」
 朝に平泉を出発してから、ズーと走り続けてきました。
 とにかく宮古で一泊。

 「もう半島の行きつ戻りつのコースはやめだ。疲れちゃうよ」 と翌日のコースは宮古の近くの有名な場所を限定。
 宿泊した宿の人に聞くと「浄土ヶ浜」がいいそうです。
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 「うん。確かに観光地らしい海岸だね」
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 とにかく前日のようにうろちょろしない。ドンドン走る。

 「わー、砂浜があるぞ」
 宮古から久慈への海岸線の途中に砂浜がありました。三陸海岸で砂浜は珍しい。
 「ここは車を止めなくちゃ」
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 岩の海岸ばかり見てきたので、砂浜は何か落ち着きましたね・・・。
 太平洋の波が打ち寄せて・・・。
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 さてさて、その日は三陸海岸から青森へ行く予定だったのですが・・・・・。
by takeshi_kanazaw | 2009-07-06 19:43 | 東北旅行記 | Comments(2)
 「そうだ! 津軽へ行こう!」

 三陸海岸を走って、青森へ行く予定だったのですが、さすが2日目となると少々食傷気味。
 「このまま八戸へ行ってもな~・・。頑張れば津軽へ行ける。津軽半島をぐるりと廻ってみよう!」

 一人旅のドライブは実に自由。変更自由で、道さえあればドンドン行ける。

 ところで、どう行けば津軽へ行けるか・・・・ 
 三陸海岸から津軽半島への最短時間でたどりつくにはどのコースを取ればいいか・・・。

 「やっぱり高速だな、八戸高速へ乗れば東北高速につながって、弘前へ行ける」
 走りましたね~ とにかくぶっ飛ばしたという感じですね。高速は平均時速100キロ近かった。

 どうして津軽へ?
 なんとなく良いじゃないですか、津軽平野、岩木山、津軽半島、竜飛岬・・・・・。
 
 津軽という言葉からいろいろ連想するじゃないですか。美空ひばりのリンゴ追分のメロディーや津軽三味線の音色、弘前城の桜、五所河原、・・。そうそう津軽海峡冬景色の~あれが竜飛岬、北のはずれと~・・・・・。

 とにかく、走りに走って弘前の町に。
 弘前城は桜の名所。とにかくお城の周りは桜の木が一杯。それも結構大木が多い。
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 「桜の頃はいいだろうな~・・・。信州の高遠城の桜なんか規模が小さいな」
 お城の堀には結構紅葉の木も多く、秋の紅葉も綺麗でしょうね・・・・
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 さてさて、弘前に来たのはいいのですが、そこから津軽半島を廻るには・・・・。
 「五所川原だね、五所川原へ行けば津軽半島一周の道がありそうだ」

 弘前から五所川原への道は、まさに津軽平野。
 岩木山が見えて(といっても雲に隠れていましたが)、周囲は全て林檎畑。
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 確かに岩木山は津軽富士と言われるようにいい形の山で、津軽の人の故郷の山って感じ。
 りんごはすでに小さな実がついてました。(あわてたのでチョットピンボケ)
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 どうも道を間違えたらしくて、一向に五所川原にたどりつかない。
 こういう時はガソリンスタンドへ入って給油しながら道を聞く。

 「これから竜飛まで行って津軽半島をぐるりと廻りたいんだけど」
 「チョット無理ですよ。半日はかかるコースですからね・・・・。多分青森は夜ですね」

 今更引返せるものか! とにかく竜飛岬へ行くぞ!

 しかし、一般道しかないのでスピードが上げられない。 
 時折田舎の四輪トラックがのんびり前を走る・・・・・。

 話は突然変わりますが、皆さんは演歌歌手の吉幾造のデビュー作の「俺は田舎のプレスリー」という歌を知ってますか?
 確か~俺の田舎は五所川原、電気もねー、電話もねー、ガスもねーという歌詞が印象的。彼は五所川原の出身なんですね。 ところが五所川原は全然田舎じゃない! 北津軽の中心都市でした。

 またまた話が飛びますが、今年は太宰治の生誕100年とか。斜陽や人間失格、走れメロスなどが有名ですが、彼の生まれたのは五所川原から北へ行った北津軽郡金木村。
 「へ~。太宰はこんなところで生まれたのか・・・・」
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 周囲は割合豊かな農村ですが、どうも彼は国会議員まで出た豪農の家の6番目の子。
 「そうだな、こんな田舎から東京に出て・・・。焦ったろうな、早く名を挙げようと・・・」
 彼の作風はよく知りませんが、屈曲した精神が窺えて、結局玉川で愛人と入水自殺。

 「先を急がなくちゃ。竜飛岬まで80キロ! フー・・・・」

 途中に十三湖があります。どこかで風景がいい場所があると聞いたけど・・・、古い遺跡も・・・・
 しかし、しかし。とにかく先を急がなきゃ~
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 とうとう竜飛岬が近づいてきました。
 しかし、岬への山越えは全く霧の中。目の前20メーターがやっとという有様。
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 「どうも今回の旅は霧に悩まされるな・・・・」
 あわてず、ゆっくりと・・・・・。

 竜飛岬は霧が晴れていました。
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 来て見れば、別にどうってことがない岬なんですが・・・・・。
 「そう言えば津軽海峡冬景色の歌では、連絡船から竜飛岬を見るの形なので、主人公の女性は此処には来ていないことになる・・・・」 いやいや、歌はフィクションの世界なんでした。

 竜飛は岬の先端に小さな漁村があります。
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 対岸は北海道ですね。多分江差半島の松前ですね。
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 さてさて、竜飛岬まで来たのはいいのですが・・・・・。
 「まだ竜飛岬に居るんですよ。到着は遅れますから」 と携帯電話で青森の浅虫温泉の宿へ電話。
 「お客さん、2時間はかかりますよ。あわてずに来ていいですから」

 延々と陸奥湾を南下。でも7時前に通過した青森市内はまだ明るかったですが・・・。

 「今日も走ったな~。あーあ、疲れた!」
by takeshi_kanazaw | 2009-07-06 17:06 | 東北旅行記 | Comments(2)
 東北をぐるりと廻る旅も、青森に来たということは半分過ぎたことに。

 「今日は天気がよさそうだ。さてさて、どうゆうコースで行くかなー・・・」
 一応泊まる宿は確保してあるのですが、そこまでの行程はその日の気分次第。

 「縄文遺跡の三内丸山遺跡でも訪ねて、後は八甲田から奥入瀬、十和田へ抜けて、盛岡の花巻温泉というコースにするか・・・」

 前日は三陸海岸の宮古から急遽津軽半島一周をしたものだから大変だった。
 「今日はゆっくりムードで大丈夫だろう」

 ご承知のように、三内丸山遺跡は青森市内の西の丘陵地帯にあります。15年前頃に本式の野球場を作ろうとしたところ、工事の途中に遺跡にぶつかったということなんですが・・・・。

 実はこの辺に遺跡があることは江戸時代から知られていたようで、特に野球場を作ろうとして遺跡を発見したわけではないようです。しかし、大きな工事でもないと、遺跡を掘り起こしたかどうか・・・。

 前置きはそのぐらいにして、三内丸山遺跡に寄ってみました。
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 物見やぐらですね。結構高いですね。15メーターぐらいでしょうか・・・。

 三内丸山遺跡は5000年以上前の縄文前期ぐらいから千年以上続いた遺跡のようです。
 最近は科学的な時代判定技術が発達していますから、事実なんでしょうね。

 遺跡見物というのは再現された物見やぐらや竪穴住居があって、何処でも同じパターンですね。しかし、この三内丸山遺跡は、遺跡の周辺があまり整備しないというか、どこかのんびりしたムードがあります。遺跡のあちらこちらに野草が生えていたり・・・。
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 「このムードはいいね。ホントに、縄文時代のいにしえ人も野原の花を見ていたかも」
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 古代の遺跡というのは、その遺跡を見ていてもあんまり感動しないですね。
 何か古代のロマンを掻き立てるというか、想像の世界が膨らまないと・・・・・。

 三内丸山遺跡ではまだ発掘が続いています。その現場を学芸員が案内してくれました。
 「ここは盛土で、多くの道具類が発見されています・・・」
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 「チョット待った。溝の土の層が変だよ。細かく積み重なり過ぎてるよ」 と私。
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 「これはですね、使った道具をきっちりと並べて、その上から土が盛られているのです」
 「それじゃ、ここは道具のお墓?」
 「どうでしょうね・・・。そうかもしれませんし・・・。調査が進んでみないと・・・」

 「でもさー、大体人間は高いところ宗教的な建物とか、えらい人の家を作るよね。なんでこの高台に道具の捨て場があるの?」 よせば好いのに、私はすぐに質問する性格でねー。

 「実は高台は別の場所にあったのですが、工事で壊れてしまった場所もあって・・・・」
 そうなんだ、現実はなかなか厳しいんだなー・・・・。

 少しづつ興味がわいてきましたね。

 遺跡で発見されたものが展示してありました。特に興味があったのは食べ物。
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 サメやブリ、タイなど、魚の骨が多いですね。逆に動物の骨は少ないとか。
 この遺跡は現在では陸奥湾から数キロ離れてますが、縄文時代には海に近かったようです。

 植物で多いのはクリやクルミ。
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 問題は穀物類なんですが・・・・・。
 当然米はないですが、ヒエやアワもなさそうです・・・。
 何時か三内丸山遺跡の番組で、穀物が栽培されていたという話題があったような・・・・。

 人間が生活する上で食べ物の確保は重要。穀物がない縄文時代(あったかも?)は豊な森が生活を支えていたのかも知れません。クリやクルミ、どんぐりなどなどの食べ物。それに三内丸山の縄文人は魚を食べてましたが、他の地域では森の獣が生活を支えていたようです。

 どこかの本で読んだことがありますが、縄文時代の人口密度は森に近いところほど高かったとか。そんな時代には、関東より東北地方の方が豊かだった?

 そんな状況が一変したのは米作の普及。弥生式の生活様式ですね。
 小さい頃の歴史の時間で、縄文式文化から弥生式文化に変わっていったと習いましたが、ホントにそうなんでしょうかねー・・・。

 弥生人は戦闘的で富を蓄積しようと発想する人種らしいから、縄文人の多くは攻め滅ぼされたんじゃないですかねー・・・。 古代の歴史は面白い・・・・。
by takeshi_kanazaw | 2009-07-06 16:46 | 東北旅行記 | Comments(2)
 「今日は珍しく天気がいいなー。太陽の光が暑いぐらいだ」

 名古屋を出発してから5日目。殆ど霧の中を走っていましたからね・・・・・。
 三内丸山遺跡から、割合スムーズに八甲田ドライブウエイに乗れました。

 八甲田山は青森の南側にそびえる、1500メーターぐらいの割合なだらかな山ですね。
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 「どうしてこんな山で遭難したのかな・・・・。いくら雪のなかっといっても変だな・・・・」
 皆さんご承知の通り、八甲田というと新田次郎の小説「八甲田山死の彷徨」や映画を思い浮かべますが、ドライブしていると、どうもピントこない。事件が発生したのは明治35年ということですが、やっぱり雪山は怖いということなんでしょうね・・・。

 その日はホントにゆっくりムードのドライブ。道端に花を見つけては停車してパチリ。
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 「あれ? 雪が残ってる。もう夏が来るのに雪がある」
 ハイマツなんでしょうか、何やら花のような紫のものが・・・・。
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 「それにしても高原の草花は何処か可憐だね・・・」
 いたるところで車を止めて写真を写すので、なかなか行程ははかどりません。
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 小さな沼にも、小さな花が・・・・。
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 「こんな調子で走っていたら、なかなか奥入瀬渓谷へたどり着けないなー」
 でも、綺麗なんですね緑が。見事な緑の森が続きます。
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 そんな緑の森を10キロも走っていたでしょうか。八甲田から少し渓谷へ降りて行くと、急にまた霧が出てきました。
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 山の天気は判らないもんですね。高原は晴れていたのに、谷合に入ると霧。
 この旅では度々霧にみまわれましたので、少し霧が出やすい地形が判ってきましたね。

 谷合を抜けるとまた緑の森の道路が続きます。
 八甲田から奥入瀬渓谷を経由して十和田湖までの約20キロの道は、ホントに緑の森を満喫できる綺麗なドライブコースですね。

 そろそろ奥入瀬渓谷が近づいてきたようです。
by takeshi_kanazaw | 2009-07-06 15:36 | 東北旅行記 | Comments(2)
 八甲田から奥入瀬へのドライブが続いています。

 「緑の森の綺麗さ、その長さでは、此処は恐らく日本一のドライブコースだろうな・・・・」
 ホントにそう思いましたね。皆さんも是非車でこのコースを走ってみてください。

 写真では、なかなかその緑の良さが表現できないのが残念ですが・・・・
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 そろそろせせらぎの音が聞こえてきました。奥入瀬渓谷ですね。
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 奥入瀬渓谷の良さは、その水の流れの美しさですが、そう感じるのは周囲の緑の森の見事さにあるんでしょうね。
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 すでに奥入瀬に来られたことがある方が多いと思いますが、水の流れが綺麗ですよね。
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 奥入瀬渓谷は十和田湖まで数キロ続くのですが、渓谷というほど急流ではありません。
 しかし、流れはいろんな表情を見せてくれます。
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 こんな場所はカメラマンの腕の見せ所ではあるんですが・・・・
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 「そうだ、この前にシャッタースピードを落として流れを撮ったんだ」
 奥入瀬渓谷こそいい実験場だとばかりに、チョット挑戦してみました。
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 少し水の流れが糸状に見えて綺麗?かも。
 もう少しシャッタースピードを遅くすると
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 もっと遅くすると、川の流れはまるで綿のようになりました。
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 面白い絵ではあるんですが、目に見える風景とは随分違ってしまうんですね・・・。
 多分三脚を立てて写すと、草木のブレがなくなって、もう少し感じは良くなるでしょうが・・・。

 奥入瀬を抜けると十和田湖が見えてきます。
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 「今日はいいドライブだったな・・・・」
 さー、十和田インターチェンジまで降りて、盛岡の花巻温泉まで高速をぶっ飛ばさなくては。
by takeshi_kanazaw | 2009-07-06 14:16 | 東北旅行記 | Comments(0)
 「チョット待てよ・・・。今夜の宿の鉛温泉って何処にあるんだい?」
 十和田インターから高速をブッばして盛岡まで来たのですが・・・・。

 今回の東北旅ではすべての宿は「じゃらん」というネットで予約したんですが、付近のマップもコピーしておおよその場所は判るように車の中に積んでいました。

 「俺は花巻温泉にしたつもりなのに、南花巻温泉郷の鉛温泉って聞いたことないなー」
 自分で予約しながら、実にいい加減なもんですね。

 しかし、怪我の功名というか、鉛温泉はかなり田舎のひなびた温泉でした。
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 付近は田んぼが広がる小さな村。
 温泉郷っていっても、温泉宿は付近にこの宿一軒。
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 「なんだって? 秘湯を守る会?」 
 どうも普段泊まりなれた温泉宿と雰囲気が異なります。
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 「自炊部? 自炊部ってなんだ?」
 よく見れば、温泉宿の様子も少し変でした。
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 「あーそうか、判ったぞ。長期に温泉に逗留する人のための部屋があるんだ」
 思い出せば、東北の山沿いの道を走っていると、至る所に温泉がありますが、日帰り温泉だけじゃなくて長期逗留出来る宿舎みたいなものがありましたね・・・。

 私は「旅館部」なるところに案内されましたが、部屋にトイレはなし。
 長期逗留スタイル対応型が基本になっているみたいですが、それはそれなりに部屋は綺麗で、ちゃんと食事は部屋に持ってきてくれました。

 部屋の前には川。小さな滝も流れていて、別に宿舎風でもありません。
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 「この宿には温泉が5つありまして、〇〇の湯は湯船の深さが1.2メーターありますから、立って入ってください。このお湯は混浴です」
 「混浴? フーン混浴ね・・・・」

 その混浴とやらのお湯へ行ったのですが、お客はお爺さんばっかり。期待はずれ?
 のんびりと浸かっている人のよさそうな50前後のオジサンと少しお話を・・・。

 「ここは長期逗留の人が多いんですか?」
 「そうだね・・・。自炊すれば一日2千円ぐらいかなー・・・。ここだけじゃなくて、自炊ができる温泉は一杯あるよ」

 よくよく見ると、この温泉は以前テレビで見たことがあるような・・・・・。
 「そうさな、このお湯はテレビや写真で何度も紹介されてるよ。割合有名だな~」

 「ちょっと写真を撮っていいですかね」
 「うんいいよ、あの上の方から、蛍光灯を避けて撮るのがいいよ」

 本来は混浴ですから写真撮影は禁止なんですが・・・
 小さなコンパクトカメラで撮ったのですが、暗くて湯気が立っていて・・・
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 部屋に帰って夕ごはんを持ってきてくれた、チョット歳いきのおねーさんと雑談。
 「まだ長期逗留の人が多いの?」
 「そうですね、多いですよ。野良仕事が終わったお百姓さん達とか、ホタテ漁が終わった漁師さんとか」

 「どのぐらい逗留するの?」
 「一週間とか、一か月の人もいますよ・・・」
 「一か月ね・・・・・」

 この温泉だけじゃなくて、今回の旅行中には、ひなびた、でも結構大きな温泉が一杯ありましたね。そのお客の大半が東北の年寄り。(喋っている言葉で判る)
 「うーん・・・。ゆっくり温泉に入って暮らしている東北の人の方が豊かだな・・・・」

 温泉っていうのは、東北の温泉のように、長逗留してゆっくりお湯に浸かるもんなんですね。

 都会人?の私は、次の日もドライブが続きます・・・。
by takeshi_kanazaw | 2009-07-06 13:13 | 東北旅行記 | Comments(0)

海外や国内の適当に撮った写真の記録


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