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 朱家花園   雲南の旅 26   3.15

 雲南の南部の中心都市だった 建水 の観光。

 この地域で有数の豪商だった、朱一家の豪邸の跡を見学。
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 これは正面の門らしい。
 観光客が入るのは別の門。
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 「沢山中庭があって、部屋が200以上あります。 あまり多いので、迷子になりますよ」

 この朱一家、明の時代にこの地に来て、錫やアヘンなどを商い、広く中国各地に拠点を展開するまで大きくなったらしい。
 「明代と言えば、新大陸アメリカへの移民と同じ時代か・・・。 雲南の原住民と西部劇みたいなこともあったのかな~。 でも、商売は漢民族の方が上手いからな・・・」

 この豪邸は清の時代に30年もかけて作られたとか。 特長は庭が多いことで、その庭の周囲を部屋が囲み、その繰り返しが連続している。 蘇州などの大きな一つの豪邸というつくりではない。
 一番大きな庭。
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 どうも朱一家は、各庭ごとに家族が別れて住んでいたのかもしれません。 小さな門があり、各ブロックごとに分かれています。
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 各ブロックをつなぐ道。
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 こちらの庭には池はないですね。 こんな中庭が多いですね。
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 この朱家花園、調べると、庭の数は42、部屋数は214とありましたが、実際に歩くと、迷路みたいでよくわかりません。
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 少し歩くと、また中庭が現れるという感じです。
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 朱一家ですが、中華民国の時代に、新政府軍に負けて朱一家は離散。
 多分中華民国時代に生き残っても、次の共産党時代ではダメだったでしょうね。

 この花園、もう生活の匂いのするモノは残っていません。
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 雲南の地にやってきた 漢族の豪邸。 まさに漢族の家の様式を再現しています。
 ヨーロッパから来た人たちが、アメリカ南部に残した豪邸と似ている?

 山岳民族が暮らしている 元陽 を見てきたので、こんな中国式の豪邸を見ると、何時もの中国旅行と少し違った感覚で捉えてしまいますね。
Commented by odamaki719 at 2014-03-15 12:29
こんにちは!
 朱一家の豪邸の跡は素晴らしいですね。
色々と凝った造りで見ていると楽しいですね。
部屋が200以上あるのも驚きです。
Commented by takeshi_kanazaw at 2014-03-15 23:57
中国らしい建物ですね。
雲南という田舎にあるので、あまり観光客も居ませんでした。
中国は広いですから、各地にこんな建物があるんですね。
by takeshi_kanazaw | 2014-03-15 10:17 | 中国・雲南の旅 | Comments(2)

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